第三百二十話 これからの事、考えて
「脱出!」
そう唱えると、俺とメルザは一瞬賢者の石に吸い込まれた。
暗闇が見え、すぐさま神殿入口へと出された。これは便利だ……しかし不思議な石だな。
「すげー、俺様もあんな術とか使えたらなー」
「俺もそう思う。空間を操るような術……そう、アルカーンさんのような?
いやいや、ああなるとおかしな研究に没頭し始めそうだ。さぁ行くぞ、メルザ」
「ちょっと待ってくれよー。もう反対の手でいいか?」
「ん? いやおぶっていくから背中に乗ってくれ」
「いーのか? 俺様体力がすぐなくなるからよ。助かるぜ!」
「何言ってんだ。お前をおぶっていられる時は、俺も幸せなんだよ。
だから遠慮するな。いつでもおぶってやるさ」
「う、うん……その、ありがと……」
「よし、しっかり捕まれよ! 神魔解放! ひゃっほーう!」
「うわあーーー! こんな高さから飛んだらあぶな……」
「セーレ! たのむぜ!」
「ヒヒン! 全く僕の使い方あらいよね? そーだよね、でもこうやって誰かを
乗せて空を駆けるのは気持ちいいね。最高だよね」
「すげーー、空中でハネウマに乗るってすげー。わぁ……上から見る桜って綺麗だな……」
「ヒヒン! 空を飛ぶ者の特権さ。ここは確かに綺麗だね。君たちの町も早く
飛んでみたかったんだ。これからは自由に出れるかな。出れるよね? いいよね」
「構わないがセーレ、お願いしたい事が沢山あるんだ。協力してくれるかい?」
「ヒヒン! いいよ。僕とベリアルは友達だしね。これからはずっと一緒さ。一緒に
冒険しよう。ヒヒン!」
「ヒヒンは相変わらずだが……まぁいいか。あの泉らへんに降ろしてもらえるか?
あそこから戻れるんだよな、メルザ」
「ああ。ルーンの町にかえろーぜ。みんな待ってるよ」
「そうだ、どーせ飛びついてきそうなファナたちを予想して、獣化して戻ってみるか」
「えっ? ファナたちが飛びついてくるの嫌なのか? いつもぽいんして喜んでるのによ」
「おいちょっと待て! 誤解、誤解だぞ! 別に大きいのが嫌いとかそーいうんじゃなくてだな」
「俺様の胸、ちっともおおきくならねーしよ。どうすりゃあんな風になるんだ?」
「ファナのは完璧遺伝だろう……あんなスタイルの良さ、誰でも憧れるぞ」
「はぁ……あそこまででっかくならなくてもサラくらいは欲しかったぜ……
俺様のお母さん、どうだったかな」
「……なぁメルザ。イネービュに会った後、アルカーンさんの方が平気そうなら一度
メルザの故郷、訪れてみるか? 今ならセーレもいるし、行くのは難しくないと思うんだ」
「え? ルインは俺様の故郷がどこなのか、知ってるのか? なんで?」
「ミリルに聞いたんだ。黙っててごめんな」
「どーして教えてくれなかったんだよ。俺様、戻ってみたい。誰か生きて……」
「いや、残念ながら難しい。もう話してもいいよな。メルザには俺がいる。そして
俺もメルザも強くなった。メルザの居た村や近隣の町は……不死者の
巣窟になってるらしい。もしそうなら……辛い者を見るかもしれない。それでも行くか?」
「……行く。お父ちゃんとお母さんが死んじゃったなら、ちゃんとお墓、作ってやりてーんだ」
「そうか……メルザの居た村はドラディニア大陸の外れにある小さい村らしい。
そこから流れ流れてジャンカの森に着いたんだろうな。さすがにシーブルーやシフティス大陸
みたいな、遠い大陸じゃないとは思ったけど」
「なぁルイン……俺様の父ちゃんと母さんがもし……」
「メルザ。それ以上は言うな。その時はメルザを連れてその場を離れる。いいな?」
「うん……父ちゃん、母さん……」
やっぱり辛いんだろう。メルザは思い返しながら背中で少し泣いていた。
過去を思い返し悲しむ事ができるのもまた人だ。
辛い過去があるからこそ、人は強く生きていける。
楽しい現実があるからこそ、立ち直りまた笑っていけるんだ。
「さぁもう着くぞ。俺たちの楽しく明るい今の場所に」
「ぐすっ……ああ! 俺様、ルインたちと一緒で幸せだよ!」
セーレがゆっくりと泉の前に着地して、封印へと戻っていった。お疲れさん、ありがとう。
泉に着くと一本の桜の木に文字が彫ってある事に気付いた。
【更に精進しろ。アトアクルークの地できっと再び会うはずだ。ベルーロゼよりベリアールへ】
美しい文字だ。先生、ここに居てくれたんだな。何か用事が出来て先に行ったってことか。
しばらく会えないのか。帰ったらメロンパイ、焼かなきゃって思ってたけどな。
アトアクルークの地か。ベオルブイーターさえいなければ上空からすぐにでも向かえそうだけど。
これでまた一つ、やらねばいけない事が出来た。
仲間の現状の把握。必要なら助けを。メルザとの結婚。
四層に行きイネービュに会う。メルザの故郷へ行く。常闇のカイナとの決着。
トリノポートの現状を確かめる。アトアクルークで先生と落ち合う……か。
幻妖団メルの活動もしないとな。お金……そろそろ心もとないだろうし。
桜の木の前で悩みふける俺に、メルザが後ろから裾を引っ張る。
「なぁルイン」
「ああ、悪かった。やることを整理してたんだ。まだまだ忙しいしやる事万歳だな」
「そうじゃなくてよ。そのー……」
「ん? どうした? またキスしながら戻るか?」
「ち、ちげーよ! それはその、そうだけど。そうじゃなくて!」
「どうした? 忘れ物でもしたか?」
「俺様、腹減ったよー……」
「……はぁ。メルザは相変わらずだな。安心するよ。さ、戻るか!」
「ああ!」
俺たちは泉へと飛び込んだ。再びキスをしながら。
自分たちの住む町へ戻るために。
互いに結ばれるために。




