第三百九話 神の遣いに出来る事
「……ベリアールよ。人の子よ。我ら神々には人の意思を理解することは難しい。
だが、嬉しく思う事、懐かしく思う事。互いを思いあう事。苦しみを分かち合う事。それらは遥か昔より
見てきた。あの時いち早く静止出来なかったこのブネ自信を戒めよう……イネービュ様は何も語らぬ。
全てこのブネの好きなようにすることを見守っておるのだろう」
そう告げると、泣きながらメルザを抱く俺の許へ歩み寄る。
「その娘をこちらへ。安心して見ておれ」
「……え?」
ブネは自らの腕を切断し、メルザの片腕へ結びつける。
「……拒絶適応、構造構築、縫合、具現……宿る神の腕」
メルザが先ほど失った腕……とは逆の、元々無くした左腕に、ブネの腕が装着される。
その腕は真っ白で美しいが、神々しさがある腕だった。
「微生物なども排除した。適合率も高く拒絶反応ももう無い」
「ブネ、なぜ……」
「人の子よ。神とはただ見守る存在ではない。貴様ら……いや貴様がイネービュ様の庵を訪れてから。
ずっと貴様の行為、行動を見てきた。この娘のためならば、貴様は神ですら殺しかねないだろう。
その道が曇らぬよう、貸しを与えてみた。先ほど貴様は言ったな。
成し遂げてみよ。神々が不可能と思う事を覆して見せよ。
さすればきっと、イネービュ様もお喜びになる……いや、すでに喜んでおられるのかもしれぬ。
お主という存在に」
「メルザの左腕は、平気なのか? 自由に動かせるのか? ブネはメルザに腕をくれたっていうのか」
「……その娘の思いきりの良さと、貴様を思う気持ちとやらが気に入っただけのこと。
ちと高い褒美だが、な」
「……必ず成し遂げてみせるよ。あれだけ啖呵を切ったんだ。命を燃やし尽くしてでも」
「神魔化できるようになったばかりのひよっこに、どこまで出来るのやら。だが或いは貴様なら……
さて、私は貴様らの領域に戻る。娘は置いていく。その娘はもう、自由に出入り出来る。
我が一端を持つ幻魔の娘よ。失った代償は腕だけではなかろう。
だがお主は幸せ者よ。最愛の者がすぐ傍にいるのだからな……」
フッとブネは消えた。気になる言葉だけを残して。
宝玉の代償……あんな凄まじい治癒を施す代物に、何の代償もないはずがないか。
つまり最初に使用した幻魔の宝玉……あれにも代償があったのか。
メルザはそういえば体力がない。普通の女の子よりはるかに低い。そして特訓しても
体力は全くつかない。それはもしかして……。
ぶんぶんと首を振り、メルザに新しく出来た手を握る。
美しく透き通るような腕だが、元々のメルザの手ではない。
本人は苦しむかもしれない。俺と手をつなぐのが好きだった。
でもそれはもう、自分の腕じゃない。
それでもこれが、メルザの腕だと納得するしかない。
「なぁ。俺は二人が起きたらどんな顔すればいい? 何を離せばいいんだ。
二人共悲しませたくない。それにはどうしたらいいんだ」
「ヒヒン! やっとブネが消えた。いなくなったいなくなった。君と話せるね。話したいよね。
いいよね。ヒヒン!」
「おまえ……セーレだよな。やたらとうるさい喋り方だったんだな」
「しょうがないよずっと喋りたくても喋れなかったし。いいよね。いっぱい喋ってもいいよね。
だめって言われてもしゃべるけどね。ヒヒン!」
「お前にはいろいろ聞きたいことがある。だがその前に俺たちをティソーナの試練の場所へ
戻せるか?」
「いいの? 行けばその幼子、死ぬんでしょ? いいの? 連れてっていいの?」
「死なせない。言っただろ。それは絶対だ」
「不思議だね。君が言うとそうなりそうな気がするね。するんだよね。ベリアル。僕は優しいから。
連れてってあげるけどね。でも闇に耐えられないかもしれない。待つ方が賢明だね。待った方がいいね」
「ブレディーが起きるのを待つしかないのか? 出来れば急いで向かって、このふざけた試練をさっさと
終らせて、みなの許へ帰りたいんだ……後、そのうるさいのと煩わしい喋り方。直させるからな!
そうしないとシーザー師匠やベルローゼ先生にいつかぶった切られる」
「ヒヒン! そんなに急ぐなら、君がベリアルになって二人を乗せて運べばいけるよ。
きっといける、いけるよね。いけるに違いない。ヒヒン!」
「ベリアルの形態? どういう……」
「ヒヒン! 君、もうわかってるんじゃない? さっきので新しい形態になれることをさ」
「……燃え尽きるだろ、ああなったら」
「燃え尽きないよ。制御できればね。できたらだけどね。できるかな。できるかもよ。できるといいね。
ヒヒン!」
「ここでまごついてるわけにはいかないか……うまくいったら乗せるのだけ手伝えよ」
先ほどの覚えている自分を意識する。燃える戦車のようだった。
以前乗り物で風斗車を見てからバイクのような乗り物を検討したが、まさか自分の体が戦車に
なるとは夢にも思わなかった。燃えてるのを赤海水の力で消化すればいいのか? こう、上から
ばしゃーっと燃える戦車にかけるイメージで……。
「ヒヒン! 赤い体に水色の武装。かっこいい戦車だね。ヒヒン!」
「できた……のか。お? タンクになるってこんな感じなのか。足がおかしくないか、これ」
「おかしくない。おかしくないね。しいて言うなら燃えてないから違和感あるね。ベリアルっぽくないね」
「俺はルインだ。覚えておけ。ベリアルでもベリアールでもベリーベリーでもない」
「ヒヒン! わかったよルイン。その子たちを中にいれるね。よいしょっと……」
すーっと姿が変わり、羽の生えた人型になるセーレ。こいつ……もしかして最初からこうなれたんじゃ。
「お前、もともとその姿になれば喋れたんじゃないのか?」
「どうだろう。どうかな、わからない、わからない。この姿になれたのは君と喋れたからなのかもね。
そうだといね。ヒヒン!」
「その姿でヒヒン! っていうな! まったく。まぁいい、さっさと乗せてくれ。行くぞ!」
「ヒヒン!」
二人を俺の中に収納してペガサスに戻ったセーレは、棒状のようなものを俺にくくりつけて
再び闇へと飛び跳ねて行った。




