第三百八話 そんな結末、許さない
俺を拾ってくれたあいつは、気紛れなんかで拾ったんじゃない。
一人で寂しかったんだ。
拾われた俺も、寂しかった。
あいつと沢山冒険した。洞窟に行ったり島を渡ったり、地底に行ったり別の大陸に行ったり。
あいつのお陰で色んなものを見た。あいつのお陰で生きてこれた。
あいつがいたから世界が明るく光り輝いて見えた。
そしてあいつは俺が人として思う最後の望みも叶えてくれた……はずだったのに。
俺の体は元に戻って、守るべきあいつは両腕を失った。
あいつは優しいから、きっと俺を助けようとする。でもあいつは俺の願いも叶えようとする。
なのに俺は……ブレディーを見捨てられなかった。
その影響で、あいつが苦しむ事になるなんて。
「なぁ神様、頼むよ……俺の止まらない涙を止めてくれないか。
なぁ頼むよ。苦しむのは俺だけでいいんだよ。頼むよ、頼むよ。頼むよ! なぁ……なんで
メルザばかりがこんな目にあわなきゃいけないんだ。俺の腕をやるから、なぁ! なぁ……ああ……」
ルインはメルザを抱き寄せ、止まらない涙を流していた。隣にいるブレディーもまた、意識がない。
ブネは冷たい表情でずっと様子を伺っていた。
「ばかものめ。どのみちディーンは死ぬ。なぜベリアールだけ助けなかった。先ほども説明したであろう」
「それが人だ! あんたらにはわからないさ! 大切になった相手を見捨てる事なんて……そんなこと、人
として生を受けたら、できるはずが無い。できるはずが無いんだ……俺たち人間はそうやって、生きている
んだから……」
「それが人間……か。かつてベルーファルクが亡くなった時、フェルドランスは助けに向かい、死んだという。他者の心配ばかりをし、自らの命を投げ捨てようとする。神にはわからぬ感情だ」
「こいつは……こいつは誰よりも優しい。俺が出会ったどんな女性よりも優しい。俺はこいつが大好きだ。
温かくて実直で、こいつと居るだけで俺は幸せなんだ。平和に暮らしたい、こいつの笑顔が見ていたい。
そう願っただけでどうしてこいつが傷つく。俺だけで十分だ。こんな試練、受けた俺がバカだったのか?」
「うぬぼれるな! この娘が今お主に使った力を、別の機会に使った可能性は十分にあるだろう!
そしてその時はもしかしたら、命までも失っていたかもしれぬ! 今現状生きている事を幸せと考えぬか!
ティソーナ一つ手に入れられぬものが、アルカイオス幻魔であるこの娘を、守れるものか! 未熟者め!」
「……アルカイオス幻魔? それのせいでメルザが苦しんでいるってのか?」
「……そうだ。アルカイオス幻魔……原初の幻魔の血を引くもの。かつてこのゲンドール……幻ドールを
創設せし者たちと言われておる」
「つまり世界そのものを創造した一族だとでもいうのか」
「それは神の遣いたるこのブネにも計り知れぬこと。イネービュ様なら或いは知っておるやもしれぬ」
「それがなぜ苦しまなければいけない? なんでメルザはこんな酷い仕打ちばかりうけるんだ」
「力が強大すぎる。お主、そう感じたことはないか? この娘に」
「……ある」
「その力を制御することが出来なければ、多くの幻獣たちに飲み込まれてしまうかもしれぬ。
それは賢者の石を持たせたディーンも同じ事だったのだがな」
「ディーン……賢者の石……なぁ。さっき聞こえた、ブレディーと戦わなきゃいけないって
どういうことだよ」
「そやつの使命は闇を守る事。そして、神剣を守る事だ」
「守るために俺と戦うって、だからどういうことだよ。俺は奪いにきたんじゃない。
モリアーエルフの力を引き継ぎ、ティソーナを封印から解放しにきた。それだけだろう?」
「その封印そのものが、ディーンの体内に眠る賢者の石だ。そやつは身を全て闇に落とし、ベリアールと一つとなり、自らを献上してお主と戦わず、ティソーナを受け渡そうとしていたのだろう。
守護者の役目を放棄してでもな」
「……それが、神の所業かよ」
「そこまでは知らぬ。この海底神殿に封印したのはディーンと先祖のモリアーエルフだ。だが鍵は
賢者の石だ」
「ふざけるなよ。おまえら神がどうしようと、どんな理屈をつけようとも、俺は……俺はブレディーを
殺さない! ブレディーを救い、ティソーナを手に入れ! メルザの腕だって元に戻して見せる!」
「……不可能だ」
「人ってのは諦めが悪くてね。何でもはいそうですかってならないんだよ! 特に命に係わる事はな!
俺は死んでも諦めない。だって見ろよ……こいつらの顔。こんなにも安心したような顔、してるだろ。
どっちも、俺を助けてくれて、安心したからこんな表情してるんだぜ……ここで俺が諦めたら、バカ野郎は
俺だけじゃないか。おおばかだよ、本当にさ……」
ルインは下をうつむき、ポタポタと涙を流し続け、二人の眠る顔をじっと見て髪を撫でていた。




