第二百九十話 神格化
ベルローゼ先生に親指を立てて合図をしてから、ずっとブネの話を聞いていた。
それから目を覚ますと、十人の何者かに囲まれ光に包まれていた。
声一つすらまともに出せない状況の中で、勝手に生きる道を決められた。
身体一つ動かせない中、勝手に操られ先生に襲い掛かった。
俺は無力だ。そして、役立たずだった。力が欲しい。大切な者を守りたい。
この世界にはまだまだ脅威で溢れている。神に魅入られた奴と戦わなければいけない。
……けれど、俺自身が神に操られるのはまっぴらごめんだ。
ブネが話してる最中、声をあげられなかった。
だが優しく俺を見守るそいつを、好きにはなれなかった。
だって、当然だろ? 勝手に体をいじくられたんだぞ。
神魔? 天使? 俺は俺でいたかった。
……いや、はなっから人間じゃなく妖魔だったんだよな。今更か。でもな……。
「安心しろ。変化はない。神格化するだけだ。本来触れられぬものに触れられるようになる。
それと理解できる言語もより増える。稀に人でも神格化する者はいるぞ。
仙人などと呼ばれるがな」
それは本人の努力によって変われるものだろう? 俺のは違うじゃないか。
それに勝手に人の意思を読むなよ。
「マミムメモマミムメモヤ、ユ、ヨ。あなたはわかっていないんだね。
十の試練を乗り越えた。いいかい、良く聞きなよ。
ブネの試練の物語を。その頭にしっかり刻みなさい」
何者かから音が聞こえる。それはまるで歌のようだった。
一、エーナ 自らが行動し。
二、ディオ 他者に委ねる思考を持ち。
三、トゥリス 己で選択せしめ。
四、テーセラ その道をひたすら向かう。
五、ペンデ 時には仲間を思いやり。
六、エークシ 時には辛いものを見て。
七、エプタ 苦しめられる事もあるだろう。
八、オクト だが諦めない。
九、エンネア その心こそが、自分自身を強くする。
十、ブネ 君自身の生きざまなら、きっと大丈夫だ。
「私たちはあなたを信じた。十の試練。甘いものでは無い。そしてティソーナへの試練。
きっと無事手に入れられるだろう」
「忘れんなよ。苦しみを見て自分をいさめろ。そうならないためにもな」
「死と生を知り、命の儚さと尊さを、もろさを」
「現実から目を背けるな。立ち向かう力を手に、その力を恐れるな。たとえ相手が竜種で
あっても、戦え、くじけるな、諦めるな」
「時には仲間を頼り、笑いあい」
「大切を追いかけて追い求めて」
「見定めロ。その者のためニ」
「自分自身の強さを」
「貴様自身の生きざまを」
『イネービュの名のもとに。神格化せよ』
「……ぐっ……ああああ……」
何かが抜け出て、何かが入って来た感覚に陥る。
そのせいか、感覚に明らかな異常さを感じた。
味覚はわからないが、視覚や触覚、聴覚がずば抜けて鋭い。
神になったわけではないだろうけど、ただの妖魔であったころとは明らかに感覚が異なる。
「第十神格、ルイン。いや、その形態の時はベリアールと名乗るべきだろう。
区別するといい。妖神魔ベリアールと」
「あ……あ……喋れる……やっとか。好き放題やりやがって! よくも先生を攻撃させたな!」
「それも試練。自らの意思で動ければ、そうはならなかったであろうが」
「くっ……神ってのは勝手だな。人の意思なんてお構いなしかよ」
「お主、本当にファルクと似ておるな。あやつと一言一句たがわぬ事を言う」
「誰なんだよ、それ」
「ベルローゼの祖父。争いの続く地底を統一した者。貴様の先祖であり、かつて海底を訪れた者だ」
「つまり俺と先生が親族だとでも言いたいのか?」
「その通りだ。顔つきは断然、あちらの方がいいようだがな」
「そりゃ先生は俺より断然かっこいい。憧れってのもあるけど」
ブネってやつと話していると、ふわふわした感覚になる。一度操られた……いや体の中に入られた相手。
こいつが岩を切った時にいた奴で間違いないだろう。海底に来れば力を与える……ね。
こんなのが本当に力なのか?
「……この神格化ってのはそんなに力があるものなのか?」
「それはベルローゼの神格化が終わった後に説明してやろう」
「またかよ。お前ら本当によく話すな」
「無礼な奴だ。対話は大事だぞ。その前に神格化を解放しろ。それと今は、決して神格化中に
妖真化を行うな」
「それはどういう意味だ? 神格化を解放?」
「通常状態とは違い、体力の消耗が激しい。説明は後だ。脱力してアペレフセロスィと念じよ」
「よくわからないが……アペレフセロスィ……あ……」
その場にぱたりと倒れ込み、意識を失った。




