第二百八十三話 第二、第三の間
次の部屋に入ると、そこには一つのぬいぐるみが置いてあった。マーナのようなぬいぐるみではない。
ボロボロになり、汚れた人を模した小さなぬいぐるみ。
俺が部屋に入ったその時から、それは浮き上がりこちらを見下ろしている。少しぞっとする光景だ。
「やぁ、待っていたよ。一の間突破おめでとう」
「……ああ。ここでは何をすればいいんだ」
「ぼくと会話をして欲しい。君に僕はどんな風に映ってる?」
「ボロボロの人を模した小さなぬいぐるみだ」
「つまりそれは、今の君の力のまま突き進んだ場合の末路さ」
「このままの俺だと、ぬいぐるみに変えられ、ボロボロになりうち捨てられると?」
「そうだろうね。君、今一人だけど、常に誰かに助けられて生きてないかい?」
「……なんでそう思ったんだ?」
「僕も神の一端に触れるものだからね。君は常に危機を乗り切るとき、誰かの力を借りている」
「こうやって一人で行動するのは相当久しぶりだ。確かにそうかもしれない。強敵と対峙した時、俺は
俺だけの力で乗り切れないかもしれない。それでも、自分の力だけで乗り切りたくはない。
何でもできるチート最強勇者なんかじゃない。俺は弱い。弱いからこそ工夫して、頑張って
生きてるんだ。人一人の力が、そんな強大であってたまるものか」
「つまり君は、仲間と協力しあい、戦っていきたい。そう言いたいのかい?」
「俺が仮に世界最強最悪の力を手にしたとして、その俺が暴走したら、誰がそいつを止めるんだ?
操られたら、誘惑されたら、恐慌に陥ったら、誰が俺を止めるんだ? 強い力は必要かもしれない。
だが本当に必要なのはその強さを止められる力だろう。俺の周りに強い奴は沢山いる。足を引っ張ら
ないようにするのがやっとだ。そんな中、俺一人だけ強くなるわけにはいかない。みんなで強くなりたい。
そのために必要なのが力であり武器だ」
「その結末がこの形だとしてもかい?」
「いいや、その結末にならないために力を欲する。その力を制御できる方法を
模索して、仲間に委ねればいい。俺を殺してでも止める方法つきでだ」
「死ぬのが怖くないのかい?」
「死を恐れない生物はいないだろう。どれだけ強がっていても、死の間際にそんなことを言える
生物はいないだろうし。けれど死よりもっと怖いものがある」
「それは何だい?」
「大切な者の死だ。自分が思う最も大切な者が目の前で死ねば、その人と同時にその者も死ぬ。
魂が、心が完全に死んでしまう。それを守るためならば、命をかけれる。それが人だと俺は思う」
「人の心を大切にする者よ。先に進みなさい。君がこうならない事を、僕は心から祈っているよ」
「ありがとう。あんたとの問答、大切な時間だった」
再びパリーンと割れ、道が開か羅れる。
次の部屋は沢山の箱があった。大きい箱から小さい箱まで数は全部で四十程あるだろうか?
部屋に入るとやはり声が聞こえる。
「力を欲する者ヨ。ぬしが望ハどのような力なのカ。正当しうるはぬし次第。
選択せシ」
「選べって言われてもな。全部同じ箱に見える。違いがあるとすれば大きさくらいだろう」
「この部屋ニおいて質疑は無駄。己を信ジ見定めロ」
やれやれ、三つ目にして既に難関か。戦う方がまだいいが……箱一つ一つを調べよう。
開けれるのは一つ……なのか? ただ選べとしか言われていない。開ける必要があるわけじゃないか。
一つ一つ箱を注視してみる……持ちあがるか試すと、簡単に持ちあがった。
ただの空箱と思うほど軽い。そして宝箱の底面には花の紋様が刻まれていた。
別の箱にもそれぞれ刻まれている。
他にこれといって見定める特徴はない。
全ての箱を見るまでもなく、一つの箱を選んだ。
「望むのはこれだ。これでいい。開ければいいのか?」
「開ケ。中身を伝えロ」
言われた通り中を開けると、一つの花包みが入っていた。
「箱の中身は洞庭藍。俺が前世で探した事のある花だ」
「お前ハ、花を望むのカ?」
「違う。こいつは……この花、ベロニカ科の花言葉は忠義。そしてこの洞庭藍が
持つ花言葉は、【汚れない心、常にほほえみを持って欲しい】だ。
俺が望むのは、俺を救ってくれたあいつが常にほほえんでいられる、そんな世界である事。
ただそれだけだ。前世では結局見つけることが出来なかった洞庭藍。
希少な花だ、無理もない。ここでこうして見れたことを嬉しく思っているよ」
「そうカ……力を欲する者ヨ。純粋デ美しイ心の持ち主ヨ。願わくばぬしト……」
再びパリーンという音とともに道が開かれる。手にした花包みは消えることが無かった。
「ありがとう。この花、頂いていいんだよな。持ち帰って大切に育てるよ」
俺は洞庭藍を手に持ち、先の道へと進んだ。




