第二百八十一話 ブネの声
一人海底神殿に入った俺は、床や天井を確認する。
コラーダを取りに行ったときに見かけた場所のような造りだった。
しかしあそこよりは格段に広い。
こんな海底にあるから造られて相当経過しているだろうが、傷一つなく、埃っぽくも無い。
何かしらの術でプロテクトされているのだろう。
天井も相当高く、美しい。
そして……神殿というと中央に神を祀る祭壇があるイメージだが、光が差し込む造りになっている中央
には、花畑があるだけだ。その真ん中は円になっている。他には何も見当たらない。
「自分で考えて進まないといけないな。たった一人、こんな風に行動するのっていつぶりだろう。
幽閉の辿り以来か? あの時はレウスさんの陽気さに助けられたから……もっと前、ファナを救う時か」
気を紛らすように一人呟く。この建物に入ってから、滝の音がしない。俺の声が響く。
カツカツと歩みを進めて、光が差す花畑へと着いた。
「この花、ヘリオトロープだ。綺麗な紫色だな。ピアニーインパルスの色にそっくりだ」
少しかがんで花を見る。こいつの花言葉は熱望だったな。昔一生懸命覚えたっけ。
前世では正確な色がわからなかった。だからこそ覚えたくて、花と色と花言葉を覚えたんだった。
美しい赤や紫とはどんな色なのか。こうしてみると本当に美しい。
今までも地上で花を見る事はあったが、光が差し込むこの場所で見るヘリオトロープはとても美しかった。
中央の円に向かい、かがみこみ、心から熱望してみた。ティソーナ……必ず手にしてみなを守る力を。
そう願いを込め祈ると、辺り一面のヘリオトロープが輝き出す。
美しい紫色の光に包まれ、周りが見えなくなる。
その光が落ち着いた時には、先ほどと違う場所にいた。
「よく来たな。神に嫌われ、そして神に愛された者よ。待ちわびた。海底はどうだ? 悪くないだろう」
突如として声が鳴り響く。どこかで聞いたことがある声な気がした。
「あんたは……海星神の庵ってとこにいた……いや名前は聞いていないな」
「我が名はブネ。海星神イネービュに仕える者であり、またその一部。貴様に力を与える。だがその前に
知れんを受けよ」
「俺はここにティソーナを取りに来たんだけど、それとは別なのか?」
「そうだ。貴様はティソーナをも扱うというのか? モリアーエルフではないようだが」
「イーファは俺の一部。そしてその力を受け継いだ。これが証拠だ……剣戒!」
コラーダを出現させる。これもイーファの力無くしては手に入らなかった。
「コラーダに相違ない。神剣を二振りそろえ、何に使うつもりだ」
「俺の大切な人たちを守りたい。強力な敵対する者を退けたい。それだけだ」
「貴様の強い意志を感じた。真実しか述べていない。無欲な者の名を我に刻め」
「俺の名はルイン。ルイン・ラインバウト。妖魔だ」
「ルインよ。試練は二つ。我が与える力、それとティソーナの試練。どちらもこなしてみよ」
「ああ。どうすればいいんだ?」
「ここから真っすぐ進め。部屋が十か所ある。その各部屋で質問に答えたり、神獣と戦ってもらう。
それが我の試験。それらが終われば再びここへ戻れ。改めて別の試練が貴様に与えられる。
心して挑むがよい」
「ここから真っすぐ? その先に扉なんてないぞ」
この立方体の部屋は何もない。いや……ここにもヘリオトロープの紋様が描かれている。
「望めば道は開かれる。最奥にて貴様を待つ」
「わかった。必ず辿り着いてみせる!」
俺は正面のヘリオトロープの紋様に向けて、強く願った。
みなを守れるような力が欲しい……と。




