第二百七十六話 三層、それは美しい世界
「ブレディー、三層までどのくらいで到着するんだ?」
「もう少し。三層、海底神殿と、綺麗な泉。ブレディー、泉、休む」
「その間俺が海底神殿に行けばいいんだな。しかし、こうして闇の中にいると、俺が現世で生まれた頃のことを思い出すな」
「うーみーは広いーな、大きいーなー」
「カノン? その歌も知っているのか。前世と現世の記憶が入り乱れるな……どちらも
懐かしい記憶になってしまった」
「ツイン、現世、過去? 知りたい」
「それは私も気になるわね。メルザには話したことあるの?」
「いや、誰にも話した事はない。聞いても楽しい話じゃないぞ」
「知りたい。ツイン、過去。みんな、知りたい」
「そうか……じゃあ三層の泉とやらに着いたら、全員に話すよ。今のままだと
ベルローゼさんやメルザには聞こえないだろうし、突然話しても困惑するだろう」
「わかった。三層、もうじき。そこから、泉への道、綺麗」
「それは楽しみだな。今のところ地上ほど美しい世界ではないし。海底っていうより
海が上にあったから、水族館の下から覗くやつみたいな感じだったんだよな」
「何それ? 面白そうね。帰ったらルーンの町に作ってみない?」
「そうだな。ガラスの作り方をニーメに教えれば、簡単に作ってくれるだろう。
そういえばガラス時計を……いや、やめておこう。アルカーンさんが絶対夢中になる」
「君はアルカーンのお気に入りだからね。一生まとわりつくと思うよ」
「いいな。リルさんのお兄さんに気に入られるなんて。私、全然話してくれないのよ」
「あの人が興味を持つ話を持っていけば、カノンにもとりつくぞ。そしたらリルがやきもちを
焼くからやめときなさい!」
「え? う、うん。サラちゃんには気に入ってもらえてるんだけどね……」
「あら、私だけじゃないわよ。ここにいる全員なんだから。ね? ベルディア」
「当然っしょ。私人魚族。あんたの歌、大好き。ずっと歌っていて欲しい」
みんな、仲良くなれてよかった。ドーグルとレウスさんとイーファも頷きあっている。
この三人はモンスター仲間で、やたらと仲がいい。
本当は馬もいるんだがなぁ……あいつは相変わらずヒヒーンだけだし。どうしたものか。
「もう着く。ドルドー」
「わかってるっすよ! 闇の泥籠!」
展開された闇が溶けだしたと思ったら、籠のような形をしたものに
俺と先生とメルザが入っていた。
それはゆっくりと高度を下げていく。
ブレディーが先ほど言っていた、綺麗という意味がよくわかった。
俺たちは、少し遠目に見える美しい滝に目を奪われた。
キラキラと七色に光る滝を見ながら、ゆっくりと沈むように下へ落ちていく。
ゴォーーと音を奏でる巨大な滝の下部分には、青銀色の神殿が、ひっそりと
建っていた。
間違いない。あれが海底神殿。泉はまだここからでは見えない。
「凄いな……この世界で初……じゃないか? 滝を見るのは」
「ああ、すげーぞ! あれ、滝っていうのか? 俺様はじめてみた! すげー!」
「自然が起こす美だ。実にいい。おい、菓子はないのか? ……あれを見ながらベルディスと
談笑したいものだ」
「残念ながらありません。でも、師匠と先生が談笑しているのを見ているのは好きです。
二人共、本当に美味しそうに焼き菓子とか食べてくれますからね」
「ふっ……戻ったらメロンパイ? というのを作ってくれる約束だったな。楽しみにしているぞ」
「はて、そんな約束したっけかな……カカシにメロンを託した時の話を聞かれていたのか……」
ついに話していないメニューまで聞いてくる先生。どんだけ甘い物食べたいんだよ!
俺も食べたいから作るけど! パイ生地作る方が骨なんだよなぁ……
妖牛クリームとやら、地味に高いし。
「そろそろ地面が見えてきた……えっ? あの木……桜じゃないか?」
「ルイン、本当? あの歌に出てくる? やよいの空は 見わたす限り
かすみか雲か 匂いぞ出ずるいざやいざや 見にゆかん」
「そう、その桜だ。外に出て感じたこの気候。確かにこの環境なら桜が咲いてもおかしくないが……」
「綺麗。紅色の花は沢山見てきたけど、あんな淡い色……何色っていうのかしら」
「ピンク色……いや前世ではこの色自体が桜色と呼ばれる、世界でも屈指の人気を誇る伝統の木だ。
年に一度、ある時期にしか咲かない。儚く、美しい。そしてとてもいい香りがするんだ。
そうだ! あの葉でくるんだ伝統の食べ物……いやしかし、コメがないんだよなぁ。
なぁブレディー、コメってわかるか?」
「コメ。コメ。知らない」
「待てよ……いや、コメではなく稲ならどうだ?」
「稲。沢山、ある。地上。大陸」
「本当か! 案内も可能?」
「可能。ツイン、何に、使う?」
「おお、ついに米の軌跡をたどることが……いやいやそう簡単には作れないが……だがそれなら!
先生。あの桜の葉っぱがあれば、和菓子という変わったお菓子が食べれます。お茶に物凄くよくあう
やつです」
「必ず持ち帰る。例えあの木がモンスターであってもだ」
「木そのものを持って帰るつもりですか!? あ、でももしかしたらパモに収納できるのかな」
「パーミュ!」
「ならば切り倒して担ぐ必要はなさそうだな。手間が省ける」
「本当、パモには世話になりっぱなしですよ。物資を届けた時も、パモに入れてたから無傷だったし」
「エンシェントパルーム、海底、住処。いる」
「なんだって!? パモの仲間がこんなところに?」
「ぱみゅ?」
「そう。極わずか。地上、いたの、不思議。変」
「そういやパモは宝箱に入ってたんだよな。ウガヤの洞窟の。あれももしかしたら
メルザが呼んだものなのかもしれないな」
そう話していたら、三層の地面に着地した。
日本の春を思わせるようなその場所には、巨大な桜の木と、遠くに見える巨大な滝。
これ以上ないほど美しい光景に、俺たち全員が圧倒された。




