第二百六十二話 闇の中
……体の節々が痛む。意識は少しずつはっきりしてきた。
手の感覚はある。この小さい体はメルザだ。寝ているのかな。
こっちのたくましい体は先生だ。けいこ中何度もぶつかった体だ。
たくましいけど痩せてる。甘い物好きなのに全部消費しているのかな。
……また、失明したのか? オペラモーヴは使ってない。でも目の前に広がるのは闇だけだ。
我が主の顔が見たい。先生の美しく戦う姿を見たい。
みんなの笑った顔が見たい……ずっと、見える世界に憧れていた。
そして普通に見える世界に慣れすぎた。
「ツイン、起きた。無事? 平気?」
「……何も、見えないんだ」
「ツイン、よかった。ここ、闇の領域。見えない、当然。落ち着いて」
「え? 俺たち、確かベルーシンと戦って……その時の意識がはっきりしないんだ」
「ベルーシン、退治。みんな、無事」
「そう……か。それじゃ俺たちはルーンの町に?」
「違う。海底の先。途中。呼んでる、イネービュの使い」
「どういうことだ? ここは闇の領域なんだろう?」
「海底、普通、行けない。海、一体化、必要」
「……そういや深海は数千トンの重りを乗せるようなものだったな。
生物も生半可な鉱石も、本来は構築できない世界で、地球も半分以上未知に包まれているんだったか」
「ツイン、頭、いい。知識、豊富?」
「どうかな。地上の生物が海底に行くことはできないよな。
そもそもこの世界……いや惑星はどうなってるんだ?」
「ここ、惑星、違う。この幻星が中心」
「幻星が中心? ここは惑星じゃなくて幻星っていう宇宙そのものだとでも?」
「宇宙とは、原理。理。人は、まだ、知らない。宇宙もまた、大きな幻星の中にある」
「うっ……頭の中の想像を越える……そんなこと、人間には想像すら不可能だ」
「そう。人、存在、小さい。原理、越えられない」
「話が難しすぎるな。今はみんな無事で、俺たちは海底に向かってる。
それでいいさ。ブレディー、助けてくれてありがとう」
「当然。ブレディー、ツイン、一部だから」
「ほかのみんなは……寝てるのか。意識を失ってからどれくらい経つんだ?」
「一日? 二日? わからない。みんな、おなか、空く頃」
「言われたら途端に腹が減ってきた……しかし、不思議な感覚だな」
ゆっくりと下へ下へと溶け込んでいく感じだ。どのくらい沈んだんdなろうな。
この領域がなければとっくにぺしゃんこになっているだろう。
宇宙そのものが星の中にある……考えた事もなかった。
前世でそう言ったら爆笑されて終わりだろうな。頭がおかしいと。
そう思われるのは慣れっこだけど。
けれどこの世界には地底の下に地下があったり、海の中に星があったり。
不思議な世界だが、前世では味わうことが出来なかった冒険をしてきた。
大変だったし悲しい出来事も多かった。今こうしてみんなといられるのは
幸せなのかもしれない。
闇の中、メルザを引き寄せぎゅっと抱きしめた。
「むぐっ」
「あれ……メルザ、起きてないか?」
「なんか、ルインが独りで喋ってるからよ。気になって」
「今仲間になったブレアリア・ディーンと喋ってたんだ。ファナの先生の」
「ファナの? それよりここどこだ? 暗くて何もみえないぞ」
動こうとするメルザを止める。
「勝手に動いちゃダメっぽいぞ。この空間から出たらまず助からない」
「そーなのか? けど俺様、腹減ったよー」
「まったく、貴様らは騒がしい。おちおちねてもおれんな」
「先生も起きてたんですか。今は出来る限り動かず、じっとしていましょう」
「もとより動けんがな……星の力、無理に引き出しすぎた」
そういえば先生のこと、わからないだらけだったんだよな。
けれど先生は教えてくれないだろうな。
「貴様には悪いと思っている。だが、お前に力を与えたことを後悔はしていない。
俺には使いこなせない力だった。赤星……それに白星、黒星。それ以外の星の力も
あの黒曜石の剣には封印されていた」
「……黒曜石の剣って、先生が使用していたあの武器ですか?」
「そうだ。なぜ俺にあの武器が託されたのかわからん。なにせあの武器を呼び出したのは
一人、森で倒れていてしばらくたったあとだ。貴様には話したことがなかったな」
「ええ。先生の生い立ちなどは特には」
「つまらん話だが、この暇な空間にはちょうどいいか……」
先生は俺に物心ついてからの話をしてくれた。
決して恵まれた環境で育ってはいない、辛い過去だった。
なぜあそこまで先生が強いのか、わかった気がした。
誰一人頼らず、自分で生きなければいけない環境。それが人を強くする。
「貴様もそうだったんじゃないか? 行動力、やり遂げる意思の強さ。そして結果。
どれを取ってみても甘い環境で生きていない者がなせる行動だ。そこが気に入った
んだがな」
「……そうですね。そうかもしれません。けれど俺の場合は誰かを頼ることもできた。
先生より甘さがあるのは、絶対的なものでは無かったから……かもしれませんね」
五歳で身一つ放り出され、生きてきた先生。どれほどの絶望を覚え、苦労して生きてきたのだろう。
俺の目からは自然と、涙がこぼれ落ちていた。
「ツイン。泣いてる。私だけ、見た。闇の抱擁」
闇の中ではわからないが、俺の悲しいという感情を感じ取り、拭い去ろうとしてくれているのだろう。
ブレディーは優しいのだろう。未だよくわからないが、彼女もまた、深い悲しみを知る者なのかもしれない。
「もうじき、一層。そこから先、大変。二層、遠い」
「ああ。わからないが覚悟している。ありがとな、ブレディー」
「いい。ツイン、一緒。ずっと」




