間話 過去編 連続話 シーザー・ベルディス ライラロとの出会い~その二
「おい、おめぇが臭ぇっていうから着替えてこようとしたんだぞ」
「男ならここで着替えなさいよ。それくらい出来るでしょ」
「はぁ? 何でおめぇみたいなガキの前で着替えなきゃならねぇんだ」
「だから言ったでしょ、一人になりたくないの! それに襲われたらどうするのよ」
「はぁ……めんどくさくなってきた。しょうがねぇ、服だけ取って来るからまってろ」
「……早くしてね」
なんで俺がガキの言う通りに行動しなきゃならねぇんだ。なぜ逆らえねぇ。
何か術でも使ってやがるのか? ……いやあんなガキにそんなことできるわけねぇか。
「ほらよ。おめぇの分だ。それとこいつを足につけな。ユニカ族のガキなら使えるだろ」
「これ、私の足……ほんとだ。ちょっとださいけど動く!」
「おめぇはいちいち一言余計だな。……これでどうだ。この俺を臭いといったことを取り消せ」
「有難うおじちゃん!」
「てめぇ! おじちゃんとはなんだ! 俺ぁまだ二十代だぞ!」
「だってほら。あの鏡見なさいよ」
「あん? ……くそ、やっぱりおかしい。どうなってやがる。何で俺が獣人になってやがるんだ」
「わからない。さっきのおじちゃんもウェアウルフになったんじゃないの?」
つーことは相当やべぇ状況か。どうする……このまま外を調べに行くのは危険か。
そうシーザーが考えている時、突如として声が鳴り響く。それは町全体を覆うような違和感のある声だった。
「この都に住まう人々、或いは獣人、或いは亜人。今日ここを訪れた運の悪い者を除き、全ては
ベルディスとなる。時は七日。全てのベルディスは争い、奪い、殺し合う。たった一人のベルディスだけが
一つの褒美を許される。供物を怠った者共。貴様らが生きる術はたった一つ。戦う事だけだ」
『グルオオオオオオー-!』
外からけたたましい狼のような遠吠えがこだました。それは無数に広がり喧噪となる。
「……なんだ今の声は。ライラロ。てめぇにも聞こえたか?」
「うん。聞こえたよ。私、今日ここに来たからその姿にならなかったってこと? 私以外に
も来た人いるのかな。どうしよう。どうなっちゃうの? 私」
「知るかよ。だがこりゃあやべぇ。七日までに生き残る? 俺がベルディス? 意味がわからねぇ」
「シーザー。置いていかないで。助けて」
「くそが。いってぇ何が起こってやがる……どのみち迂闊には動けねぇ。
こっちへ来いライラロ」
ライラロの手を引っ張り、洋服ダンスの中に放り込んだ。
「おめぇは少しの間そこにじっとしてろ。食料を確保してくる」
「う、うん。わかったわ。早く戻ってね」
ちっ。仕事つっても何で俺がこんなガキを……あぁまったく。いらつくぜ。
こんな仕事辞めて、さっさと甘い物を喰いにどこかへ行くべきだった。
失敗だぜ……しかし本当に誰もいねぇな。
他の奴隷商共はどこいきやがった……ここにも一匹また死んでやがる。
ちょうどいい。結構な食糧積んでおいたばかりだな。
一週間は持つ。さっさとガキのとこに戻るか。
食料を大量に奴隷監視部屋に運んだシーザー。ライラロを外に出し、食事を取る。
眠たそうなライラロを再び隠して見張り番をする。
寝すぎない番は慣れていたが、どうにもおかしい。まったく眠気がこない。
「……これがウェアウルフの体ってか。悲しくなるぜ……寝なくても平気な種族か」
「……シーザー。眠れないの?」
「ガキはさっさと寝ろ」
「私がいい子いい子したら、寝れる?」
「寝れるわけねえだろ! こっちに構うな。おめぇに万が一のことがありゃ……」
「万が一があれば……?」
なんだってんだ。万が一があればどうなる? こんなガキ、おっぽりだして逃げちまえば
いいのか? ……いや、さっきの声の話が本当ならやべぇ。
俺ぁ戦わなきゃいけねぇんだ。きっと。
「なんでもねえよ。さっさと寝ろ」
「うん……わかった。どこにも行かないでね。おやすみ」
……やっと寝たか。まったくうっとおしいガキだぜ。
さて、食料は十分にあるし、入口さえ塞いじまえば、鉄格子だらけだ。どうにかなんだろ。
シーザーは部屋を出るとカギをしめ、入口をとことん塞いだ。
奴隷牢は地下にあり、監視部屋も地下。
地下への入口も封鎖して外に出る。辺りは真っ暗だがウェアウルフに暗さは関係ない。
「夜目が良くききやがる……早速おでましか」
「グルウウウウウウ!」
「なんでこいつらは正気がなくて、俺にはあんだ? 意味がわからねぇな!」
奴隷の館にあった手斧を二本軽々と持ち、対峙したウェアウルフを切り裂く。
順調に切り裂いていくが、何匹も相手にするたび、傷が増え、血を流し、息も切れた。
数日戦い尽くしたころには、既にヘトヘトだった。
「いってぇ何匹いやがるんだ。きりがねぇ。そろそろ戻って休憩を……」
「グルウウウウウ!」
「ちっ。だめだ、一本壊れやがったか。片手斧は得意じゃねぇ……」
対峙するウェアウルフは剣を持っている。相手もここまで戦い抜いたのだろう。
十分な実力者だった。
「斧重裂撃! ……全然威力がでねぇ」
「ウガルウウウウウ!」
相手のウェアウルフが素早く切り込んでくる。どうにか片手斧と体さばきで躱すが、もはや限界。
「ここまで……か。くそ、何だってこんな」
「シーザーーーーー! 水竜の息!」
突如として現れたライラロが、ウェアウルフ一匹を押し流した。不意を突かれたウェアウルフはそのまま
柱に激突して動かなくなる。
「おめぇ、どうやって……なんできやがった」
「一人にしないでって言ったじゃない! 何でどこかいっちゃうのよ! もう、もうずっと
離れないんだから! ……おいて、おいていかないでよ……うぅ、うぇぇ……」
「ちっ……助かったよ。おめぇは立派な戦士だ。俺を殺そうとした奴を殺るとはすげぇじゃねえか」
「わからない。夢中だったから。外に出るのだって大変で……これ」
「……果物か。俺ぁ甘い物が好きでよ。こいつを持ってくるとは、おめぇとは気が合いそうだな」
「本当? 私、ずっとついていく。シーザー……ううん、あなたはベルディスになるのよ。
たった一人のベルディス。そして私があなたの勇姿を知っている存在になるの。
だからずっと、ずぅーっと一緒よ。ベルディス」
「……ベルディスとやらになって生きるのも悪くねぇか。店をやるときはシーザー。それ以外は
ベルディス。それでいくか」
「何それ、店なんかやるつもりなの? うまくいかないわよ。あんた商売下手そうだし」
「うるせぇな! ほっとけ! それよりまずは、ベルディスとやらにならねえとな。おめぇもついて来い。
やばくなったらさっきの術、頼むわ。武器も調達してぇ」
ベルディスはライラロにそう告げ、美味そうに果物を口にした。




