第百七十五話 絶壁の先はどう進む?
「……ぼうやのお守りは……どこへ行った。あの山こえて、里へ行った」
……懐かしい声を聴きながら、少しずつ意識がはっきりしていく。
「おはよ……う。無事ね?」
目を開くと、そこには疲れ切った少女がいる。
すぐ横にはリルがいた。今は眠っているようだ。
全員、生きてる。捕らわれていない。
「カノン、すまない。ずっと看病を……っつ」
「まだ、動かない方が……いいわ」
「駄目だ、お前寝てないだろう? 封印する」
「酷いわ。……ううん。あれでよかったのよね。きっと」
「すまないとは思った。出入りは自由だ。ただ、俺たちと生きていかなきゃいけない」
「ううん。いいの。私にはもう、帰る場所も、何も、無かったから……」
「そうか。だったら俺たちがお前の家族だ。今はもう休め」
「そうするわ。リルさんの事、よろしくね」
彼女を封印して休ませる。俺はリルの方を見た。
酷かった傷も大分良くなった。リルも封印しておこう。
その方が安全だ。
ミドーを見ると、なんら問題なく元気だ。
一体どのくらい寝てたんだろう。お腹が凄く減っている。
持っていた食料はあるが、そう多くはない。予定よりかなり遅れているのだけは
確かだ。
全員起きたら食事を取れるようにしないと。
「生きてただけで御の字だ。まったく。行く先々でこうも不幸にみまわれるかね……」
やるせなさを吹き飛ばすように呟き、ミドーの方へ向かう。
こいつにも感謝だな。
「有難う、ミドー。俺たちを守ってくれて」
「シュルー」
表情は無いが嬉しそうだ。
さて、あの後どうなったんだろうな。
どうにかカノンを封印出来ないか試したところ、無事封印出来た。
最悪そこから囮を使って逃げる予定だったんだが、そこから先の事は
覚えていない。
ミドーを穴の入口から移動してもらって外を見ると、大分明るかった。
早朝かな。置いてあるアドレスを蛇籠手に収納して、身体全体の調子を確かめた。
……ここでじっとしていても埒が明かない。
ミドーに乗り、先を急ぐことにした。
木に開いた空洞を出ると、食いちぎられたような跡がそこら中にある。
林の殆どにかぶりついた傷跡が残ったままだ。
暗くて見えなかった所もあるが、こんな形だったか?
――しばらく道なりに進む。
道中襲われるか心配はしたが、ミドーのおかげか敵に襲われずこの林を抜け出る
事が出来た。
目の前にあるのは幸福の絶壁。どの辺が幸福なんだ?
名付けた奴の意味がわからないな。
この断崖絶壁。上から落ちればまず助からない。助からない? ああ、そう
いう事か。
死ねば幸福。生きている間は捕らわれの地獄。そう言いたいのか。
だが死んで生まれ変わった俺には理解出来ない。
幸福かどうか決めるのは自分だ。死んでも不幸な場合はある。
生まれ変わりたての頃は、不幸で地獄だった。
人との出会いが俺を変えた。それでも手を振り払い、共に行動しなければ
不幸のままだったかもしれない。
自分自身で切り開いて幸福をつかみ取るしかないんだ。
そのために互いが歩み寄り生きていけばいい。
死ぬ前に全くやらなかったことを、二度目の生で行う事が出来た。
だからこその幸福。失う訳にはいかない。
幸福の絶壁を見ながら先へ進むと……巨大なトンネルがあった。
警戒しつつ中を覗き込む。
一本道だと待ち伏せには有利。姿を消せる幻馬車と違い、俺たちは丸見えだ。
常闇のカイナがまだいるかも知れない。
一本道は通りたくない。
疲弊した状態で正規ルートは避けるべきだ。
少し思案しながら絶壁を見上げる。
いくつか上方に穴が開いてる。
何かの巣だとも考えられるが、一応確認しよう。
「バネジャンプ」
蛇佩楯とバネジャンプの応用で高く飛翔する。
ニーメの靴のおかげで着地に痛みも無い。
穴の空いた場所を見ると、中は真っ暗だった。
少し入ってみようとしたが……何かいる!
土の塊? いや青銅? 寸胴か何かか? それは突然襲ってきた!
不用心だったか。慌ててバックステップで回避する。
「ここまで上がって襲いに来たか、人間!」
「っ! 喋れるってことは意志疎通できるのか? こいつ」
「何を言ってる! どうせ追い回して殺しを楽しみにきたのだろう?」
「違う! そもそも俺は人間じゃない! 敵対するつもりもない!」
「なぬっ。人間じゃないと? ちみは人間に見えるが」
動きを止めた。どうみてもそいつは土偶だ。
青銅で出来たへんてこな奴が喋っていた。




