第百六十三話 偉大なる兄
リルが部屋に帰還すると、そこにはアルカーンが来ていた。
普段あまり接しないようにしているリル。
いつも頼ってばかりな自分が悲しくなる。
リルは決して妖魔として弱くない。フェルドナージュ様にも認められ、既に上級妖魔。
妖魔には下級、中級、上級、特級、絶級、そして神級がある。
アルカーンは絶級でベルローゼに並ぶ妖魔界の最高実力者のうちの一人だ。
その力を欲する者は多く、フェルドナーガ様もその力を狙っている。
彼の秘術の中でもレア中のレア、時術を行使できる彼は、妖魔の界隈で時限のプリンスとして
知らぬ者などいない程有名だが、変わり者としても有名。
また製作技術に優れ、モンスター作成能力まで保有している。
リルで無かったとしても劣等感は抱いてしまうだろう。
いつしかリルは、アルカーンに苦手意識を持つようになった。
アルカーンは自分の頼み事を断らない。勿論物は要求されるけど、断られた事は無い。
哀れな弟に同情しているのだろうか。アルカーンは他の者の頼みはそうは聞かない。
けれど劣等感を抱いている自分は、余程困ったことが無い限り、アルカーンを頼りたく
はない。
弟として、この程度の事も出来ないのかと思われているようで嫌だった。
負けたくないという訳じゃない。勝ちたい訳でもない。認められたい……のかもしれない。
ただ、どう接したらいいのかが判らなかった。
「どうしたんだい、アルカーン。僕の部屋に何かようかい?」
「お前に渡す物がある。これをやる。受け取れ」
「急に何だい? これは……もしかしてプログレスウェポン? どうして」
「誕生祝いだ。おめでとう、リルカーン」
「えっ? 何だい? 今までそんな事してくれたこと無いのに。ずるいや」
「すまんな。弟にもう少し優しく接するようあいつに言われてな。別に冷たくして
いる訳では無かった。少しお前に避けられてるような気がしていた。それだけだ」
リルは下を俯いて動けなかった。自分はアルカーンに嫌われているのだと。
弟として相応しくない。勝手にそう決めつけていた。
アルカーンはずっと、自分の我儘を聞いていてくれたじゃないか。
住む場所に困っていたら家を貸してくれた。
ルインの体を治すのに領域を貸してくれて……今も一緒に旅に……そうか。
アルカーンがついて来たのはもしかしたら、妖魔として弱った僕とサラを助けるためか。
「リルはいつもアルカーンの事を兄とは呼ばないな」
――ふとルインの声が聞こえた気がした。
僕はずっと、アルカーンを兄と呼んでいない。
彼がそれを心配するために、アルカーンを動かさせたなら……僕はそれに
応えるべきだ。
「ありがとう、兄さん。大事に……大事にするよ」
「ああ、弟よ。お前が俺に劣等感を抱いているのは知っている。だが本来なら
お前の力は俺以上だ。模倣を極めればお前は誰より強い妖魔となる。お前はお前の
いい所を伸ばせ。それが、無き母上から託された意志だ」
……なんだよ。ずっと僕らを見守って助けてくれてたのに。
結局意固地になっていたのは、僕なんだ。
僕は僕自身のいい所を……か。ずっとアルカーンの背中を追っていた。
時術を使えたら! アーティファクトを作れたら! って。けどそれはきっと、亡き
母上に見せれたらって思う意志だったのかもしれない。
母上そっくりなフェルドナージュ様に見てもらいたかったのかも知れない。
……それはもう、止めよう。
今度は僕自身の力を伸ばして。
兄であるアルカーンに褒めてもらおう。兄の力を模倣するんじゃなくて、僕自身の力を。
優しい兄のために。