第百五十四話 アズラウルの浜辺で
ロッドの港町を出た俺とメルザは、海岸沿いに歩いていた。
目的地はアズラウルの浜辺。そんなに遠くはないらしいので、メルザのペースに合わせて
ゆっくり進んでいく。
「ちょっと腹減ったなー。どこかに果物とかないか?」
「そう言うと思って買ってきといたよ。これ食べるか?」
早朝リルと出かけた時に、通りかかった市場で果物を買っておいた。
珍しい果物だったので、その場で一つ食べてみたが、とても甘くて美味しかった。
パモがいればめい一杯詰め込んでおきたい程だ。
「いいのか? ありがとルイン! いつの間にこんなの用意したんだ?」
「気にするな。起きたらメルザが隣でよだれを垂らしてるのを思い出して、買っておいたんだよ」
メルザがぽんっと赤くなる。油断しすぎだぞ、我が主よ。
「もう少しで浜辺に着くからしっかりと食べて準備もしないとな。戦闘になるかもしれない。
そう言えばメルザが出してた幻招来術。あれってフェルドナージュ様に習った技だろ?
よくあんな事出来たな」
「ああ、そうだぞ。なんか蛇は想像しやすくてよ。フェル様も驚いてた。邪流出乃なんて邪の
適性がないと絶対つかえねーらしくてよ。俺様も不思議だったな。そもそも妖魔術じゃなくて
秘術って言うらしいぞ」」
メルザには特別な才能があるんだろうな。
前にリルも話していた。普通の幻招来術ではなく幻魔獣そのものを呼び出す力……だから
秘術か。我が主ながら末恐ろしい。
「これ美味いな! もっとあるか?」
「ああ、俺の分も食べていいよ。仕事が終わったらまた買っておくから」
メルザは果物を受け取ったが食べない。じーっと俺の顔を覗き込んでいる。
「どうした? 気にせず食べていいぞ」
「ルインはいっつもそうだな。俺様のために何でもくれようとする。よくないぞ!
俺様は親分なのに……もらってばっかりだ」
「それが子分の務めだろ? メルザが喜んで食べる姿が好きだし」
「なっ……! その、俺様もルインの優しいところは好きだ……」
目も当てられない位真っ赤になるメルザ。
言ってて自分の顔が赤くなってるのがわかる。
「さ、さぁ……さっさと食べて先に進むぞ!」
「むー、待ってくれよー。直ぐ食べるから」
メルザは急いで果物を頬張り、俺に駆け寄って手を繋いできた。
浜辺で手を繋いで歩いてると、まるでデートだな。
これから行く先はそれと無縁の場所だと思うが……少し嬉しいな。
しばらく歩くと目的地に着いたのか、砂浜が綺麗な場所に出た。
「ここじゃないかな。 打ち上げられた海洋生物の調査だったな」
「何も見当たらねーけど、もっと奥の方か?」
「どこからどこまでがアズラウルの浜辺なのかよくわからないな。ひとまずこの辺り
から探してみよう」
俺たちは海沿いの浜辺をしばらく歩いて探す。
潮風が冷たい。仕事が終わったら風呂にでも入りたいけど、無いんだよな。
久しぶりに燃斗風呂出来ないか聞いてみるか。
そんな事を考えていると、メルザが何か見つけたようで、こっちに来る。
「おーい、あれじゃねーか? 打ち上げられた海洋生物って」
「海洋生物か? あれ」
近づいて見てみると、どう見ても海洋生物ではない。
鹿のような角と牛のような顔をした四足歩行の動物。
横たわり既に息絶えた後のようだ。
「これは襲われた奴じゃないか? メルザ、警戒を怠るなよ」
「おー、こいつ喰えるかな?」
相変わらずの食い意地! 俺がしっかり守ればいいか………と、突如メルザの
近くの砂浜が大きく盛り上がった!
「メルザ危ない!」
バネジャンプを使って急ぎメルザに近づいて担ぎ上げ、そのまま着地して、再度斜めに
ジャンプする。
地面の中にいたのか? こいつは一体何だ。
デカい口がある。あれに飲み込まれたらどうなっちまうんだ?
砂浜からその巨体を出す。とにかくサイズがデカい! 砂を喰ってやがる。
メルザを下すと俺たちは臨戦態勢に入る。
海洋生物とは言い難いが、砂浜を自由に移動する砂のカバみたいなやつだ。
ミッシェ峠にいたケルベロスといいこいつといい、この辺はでかいモンスターばかり
いるのか?
……アドレスからカットラスを引き抜き警戒する。
「妖赤星の針!」
奴付近に赤星で攻撃するが、砂をその前に吐き出して防がれる。
巨体だけに当たっても効果はあまりないか。
「メルザ! 火で攻撃してくれ!」
「わかってる! 主として権限を行使。火の斗。改元せし一つの理。燃流出乃を我が下に」
メルザは燃斗エレメンタルのみを招来して奴の動きに警戒する。
――俺たちと砂カバとの激しい戦闘の幕が上がろうとしていた。




