第百五十二話 早朝のリルとお話
いつの間にか意識を失い眠っていた俺たち。
メルザは相変わらず朝が弱いので、髪だけ撫でてやると「すっぱむぅー……」と口ずさみ
よだれを流している。
我が主の朝は大抵ロマンスに欠けるようです。
クスリと笑いよだれを拭ってやる。
まだ早朝だな。だいぶ早く目覚めたようだ。
部屋の外に出て鍵を解除……する前に扉の先に人の気配がする。
小声でごにょごにょと話す声が聞こえるので、勢いよく開けてやった。
ズザァと押し倒すように綺麗に滑り込んでくる三人。
「……何してるんだい、三人共」
「えっ? それはそのー……何時間待ってもなーんの声も聞こえてこないから心配になって
ねー。夜も眠れず話してたら気になって気になって」
「そうよそうよ、如何わしい事をしてたら混ざって既成事実なんて考えてないわよ」
「あんたって本当に下品ね。私はメルザとルインが上手くいってくれればそれでいいと
思ったのよ。何してるか気になるけど。メルザ優先で次は私だし」
「はぁ? 何言ってるのよ。。私が先だわ! 主ちゃんにも譲りたくないわね」
「はぁ?」
「何よ!」
「あーまた始まった。あんたらは本当に……ルインちゃん、目が怖いわよ。
あの……すみませんでしたーー!」
二人の首根っこをつかみ、ぴゅーんと部屋に戻るライラロさん。
果物を求め、よだれを垂らす主がそんなに気になるのかい?
お陰でどっと疲れたが、あの三人……寝てないならこれから寝るんだろうな。
気を取り直して鍵を掛け、部屋から出る。
今のうちに宿屋周辺を確認しようかと思っていたらリルがいた。
「おはようリル。昨日は良く眠れた?」
「やあルイン。とても良く眠れたよ。僕もフェドラートも穏やかな性格だからさ。
彼の知識や冷静さはとても興味深いものが多くてね。昔から仲がいいんだ」
「そう言えば二人は幼馴染なんだよな。これから町を散歩する予定なんだ。色々話さないか?」
「うん。試したい事もあるし、話したい事もあるから行こうか」
俺たちは宿屋の主に一言伝えて外に出る。
昨日の夜、宿屋へ向かう最中はあちこちの建物……といっても
杖なんだが、杖の先端からまるで魔法が唱えられる時のように光が出ていた。
それらの光が街灯となり町を照らす。
不思議な町だが、特徴がありとても面白い。
港町だから人々の往来もかなりあるだろうな。
「妖魔の町にもこういった個性的な建物を持つ町はあるのかい?」
「こんなヘンテコな町は流石にないね。フェルドナージュ様の領地には珍しい町もあ
るけれど地底の国々の多くは煌びやかさと優雅さ、残酷さと暗黒が続く場所。四皇国
の趣味嗜好が強いから」
「フェルス皇国は煌びやかって感じだったな。フェルドナージュ様の及ぼす魅力っぽい
のを感じた」
「そうなんだよ。君はやっぱり話がわかるね。フェルドナージュ様は素晴らしいお方だ。
あの方のためならいつでもこの命を差し出すんだけど」
「それはダメだ。リルもサラも救い出すのに凄く苦労したんだぞ」
「ごめんよ。今のは言葉の綾ってやつさ。それにもう、僕とサラは君の一部として
生きている。勝手な行動は出来ないよ」
「そういえばこの話をするのは初めてだな。封印されてるってどんな感じなんだ?
何か不都合とかあるか?」
リルが少し困惑して考える仕草をする。
「実は少し君の意志が流れてくる時があるんだ。近くに居れば……だと思うけど。
訓練すれば直接話さなくても僕らに指示を出せるんじゃないかな」
「それは出来たら便利だけど、考えが伝わり過ぎるのは嫌だな」
「僕は楽しみだけどね。君って面白いし。早いとこサラと結ばれて兄弟になろうよ。
なんなら呪術で手伝うから」
「おいおいお兄ちゃんや。既成事実をこれ以上作るのはやめておくれよ」
冤罪を思い出して冷や汗をかく。あれはないわー!
「ところで試したかった事って?」
「うん。シャドウムーブを少しね。フェドラートに話したら出来るかもって。
あれないと不便なんだよね」
「ピーグシャークの土潜りを使ってなかったか?」
「ううん、あれは星黒影の流れ星の術札。ベルローゼにお願いして作ってもらったんだけど
やっぱりうまく発動出来なくて。ちなみに少し勘違いしているようだけど、妖魔によって
例え封印しても同じ技が使えるとは限らないよ」
「そうだったのか!? てっきり全員同じ技が使えると思ってた」
「ううん。君、前にフィリスドラゴンの技がプラネットフューリーって
言ってたよね。僕そんなの使えないよ」
「リルの事だからアレを連発してたのを想像してたんだが違うんだな。どんな技が使えて
たんだ?」
「見てて。フルフライト」
そう言うと、空中をビュンビュン飛び回る。
俺は口をぽぁーんと開けて眺めていた。
地底では無重力っぽい動きをみせてたのに。
地上では空を飛び回るってか。
けれどしばらくしてヨロヨロと落ちかけのハエのように降りてくる。
心配なので受け止めてやった。
「ありがと。まだダメだぁー。しんどい。僕のフィリスドラゴンの技はフルフライト。
ファナのピクシーキャットの技はローフライトって技さ。どっちも今はあまり使える
状態じゃないね」
「無理せずゆっくり力を戻していこう。俺も出来る限り手伝うからさ」
「うん。だいぶ日も登ってきたしそろそろ宿屋に戻ろう。朝食を食べ損ねてしまうよ」
「おっとそうだったな。町も大分見て回れたし、戻るとしよう。あまり長い時間出かけて
ると皆が心配するし」
――宿屋に戻ると、リルも一旦部屋に戻るといい、そこで別れた。
俺は部屋の鍵を開けて中に入った。
「わっ。ばか! 急に開けるな! あっち向け!」
「ごめん! メルザと一緒の部屋だったの忘れてた!」
ちょうどお着換え中でした。くるりと反対を向いてメルザのいない方向に土下座する。
「べ、別に嫌な訳じゃない……けどよ。その……可愛いの今度買ってくる」
「ん? 何か言ったか?」
「何でもねーよ! ルインのバカ!」
後ろを向いてる俺に枕が容赦なく襲う。
すみません! 罰としてこの枕、甘んじて受けます! 主よ!
ボフーンと枕の感触を楽しみ、着替え終わったメルザと
食事処に向かった。