第百五十話 ミッシェ峠道の出会い
俺たちはカッツェルの町を救い、安全になった町で一晩過ごした。
翌日名残惜しむ町民に別れを告げて、カッツェルの西にある峠道を目指していた。
「ここがミッシェ峠よ。そんなに越えるのが難しい峠ではないわ。
峠の中腹に少し広めの休める空間があるの。まずはそこを目指しましょう」
峠道を歩いた事はあったが、見える目で歩くのは初めてだ。
山間に道が出来ていて、人が往来した後が見受けられる。
「ニーメとマーナは大丈夫か?」
「これくらいの道はシーザー師匠と採取に行ってたから平気だよ。マーナは軽いから僕が
担いでいく」
「ニーメちゃん、恥ずかしいよう……」
鍛冶には様々な材料が必要だから当然か。あの年でしっかり体力もついてるとは将来有望だ。
メルザを見ると……頑張っているけど直ぐにバテそうなので早々に背負うことにした。
「ありがとルイン。俺様体力だけは本当つかねーんだ。なんでだろな」
「これだけ小柄で痩せてるからな。もしかしたらその分幻術使いまくってもバテないのかも
知れないぞ」
「そうか! 俺様の体力は術のためにあるんだな!」
落ち込んでいたが、直ぐ元気になったメルザを担いだまま峠をすいすいと進む。
トウマの能力が備わってから随分と力を感じるようになった。
出発前に確認したのだが、峠道を全員歩いて進むのは正直反対だったので、リルのシャドウ
ムーブを使えないか聞いたら、ベルータスの拷問時に邪術の力はかなり失ってしまった
らしい。サラも糸で操る程度しか今は出来ない。
力を戻す手伝いを少しずつ行う予定だ。
――歩き始めてそれなりの時間が経つが、フェドラートさんとアルカーンさんと
ライラロさんはぴんぴんしている。
まもなく峠の中腹に差し掛かる……がそこでとんでもない光景を見た。
「あれはケルベロスだ。こんなところに何故いる」
アルカーンさんが静止を呼びかける。よく見ると、誰かが一人で戦ってる!
直ぐ助けに行こうと思ったが、とてつもなく速い動き。手を出せば邪魔になる。
「通心拳、絶、破、砕!」
ケルベロスの三つの顔に何かを打ち付けている。格闘術に思えるが、動きが速すぎて
見えない。何発入れたんだ?
ケルベロスは怒り狂っているが、攻撃を受けて怯んでいる。
「強いな。あの男一人で倒せる」
「信じられないですね。人間がケルベロスを一人でなんて」
妖魔の重鎮が驚いている。俺から見ても強すぎる相手に思えた。
「盛者必衰」
拳からでかい何かをぶっ放した。ケルベロスが消滅していく。
美しい身のこなしだ。何者だろう。
「そちらの方々、もう大丈夫です」
俺たちは結構遠くにいたのに気付かれたようだ。
警戒しながら近づくと、礼儀正しい挨拶をされたのでこちらも返す。
「旅の方々ですか? 私はフー・トウヤと申します」
はて、どっかで聞いた覚えがあるような……。
「フー・トウヤですって? あの格闘技最強の? こんなに若かったのね。驚いたわ」
「おや? あなたは闘技大会優勝者のライラロさんでは? お初にお目にかかります」
「こんな所で何してるのかしら? さっきのモンスターはどこから湧いたの?」
「ロッドの港町で謎の巨大モンスターが現れた報せを受けて、退治依頼をこなしておりました。
何故ここにあんなモンスターがいたのかは私も存じません」
「そう……悪かったわね。別に疑ったわけじゃないわ。あなたの話はベルディスから聞いてるし」
「おや、随分とお懐かしい名前ですね。彼は元気ですか?」
「勿論元気よ。伝えておくわ。あなたに会ったと聞いたら驚くでしょうね」
ライラロさんの話を聞いて思い出した。師匠が話していたんだ。
格闘最強の男。あの技を見る限り納得出来る。
「皆さんはこれからロッドの港町に?」
「はい、その予定です」
「それでしたら私も同行しても良いでしょうか? 旅の話などお聞かせ頂けると幸いです」
俺たちはカッツェルの町の話をしながら休憩する。
すると……「申し訳ありません。このままロッドの港町に帰ろうと
思ったのですが、カッツェルの町の治安を考え、そちらを訪れる事にしました。
人々の心に安寧が訪れるよう努めるのが私の役目。ご同行出来ず申し訳ありません」
「あの町の人々の不安はまだまだ拭えないでしょうし、フー・トウヤさんが町に向かって
くれるのなら心強いでしょう。よろしくお願いします」
「では御免!」
そう言い残し、突然フー・トウヤが峠から飛び降りる。
おいおい、人間じゃないだろあの人。
凄まじい速さで俺たちが辿って来た道じゃない崖の方を降りていく。
少し呆れながら彼を見送った。