第九百九十九話 我がまま
――氷の森奥深く。
その一角には大きな塔が二つ建設されていた。
「やんややんや。よーやく戻ってきたぞ」
「ひゃっひゃっひゃ。お土産はあるんだろうな?」
「ハルファス、マルファス。ちゃんと建てておいてくれたみたいだな。土産はある。ベリアル」
「勝手に取れよ。変なものくくりつけやがって。飛び辛ぇじゃねえか」
「ベリアルだ。荷物運びのベリアル!」
「ひゃっひゃっひゃ。一杯詰める運び屋!」
「てめえら! 食っちまうぞコラァ!」
この氷の森はとても寒いのだが、ハルファスやマルファス、フェネクスたちにとっては住みやすい環境らしい。
そんなわけで森の一部をミーミルより譲り受け、力が強すぎる魔族たちはここへ住まわせることにしたのだ。
そして俺も、俺自身をこの地へ封印している。
極限に魔族の力が弱まるこの場は訓練にも向いており、一つ目の塔は訓練場として建設してもらった。
そしてもう一つ。新しく建設してもらったのは陶芸用の塔。
陶芸なら視力が無くても十分出来る。
色付けは難しいので、そちらは別の者に任せる予定だ。
塔に近づくと、こちらへ話しかけてくる
「あら。戻ってきたのですわね」
「遅いわよ。カルネちゃんいらっしゃーい」
「びりびりとお水、いた」
「……その呼び方どうにかならないのかしら」
「……無理よ。バカ弟子の子供なのよ?」
「ライラロさんも来てたんだ。師匠は一緒じゃないのか?」
「あら。わたくしがいるのは当然みたいな言い方ですわね」
「ダーリンはシーブルー大陸に行っちゃった……本当に修行ばっかなんだから」
「そういうライラロさんもお子さんはどうしたんだ?」
「ハーヴァルに預けて来たわよ?」
「そ、そうか……南無三」
ここをよく訪れるのはライラロさん、ベルベディシア、リルやベルギルガなどだ。
来れる術があるというのが条件ともいえるだろう。
リルは俺に緑色のマーキングを施せば、一人だけ一緒に連れてくることも可能なので、運び屋的な存在にもなっている。
……まぁリルがいてくれるからメルザもたまに来れるんだけど。
「それで、わたくしに用事があるようですけれど?」
「ああ。デンジー兄弟に頼もうとしたんだが、本国の用事で忙しいみたいでな。少し電撃の力が必要なんだが……」
「そうですわね。ここですと力が制御されてあまり使えないのだけれど……血液を小瓶に三本で手をうちますわ」
「そう来ると思って用意してあるよ。パモ、頼む」
「ぱーみゅー!」
「パモちゃん。ずるい、もふもふ、カルネのー!」
「パ、パミュー!?」
塔の中に入り、パモにしまっておいた設備を出してもらう。
ここで陶芸をやるわけだが、この森で必要となるものは全て揃う。
陶芸は前世でも経験したことがある。
同じく目が不自由だった頃でも楽しめた。
今の場合、さらに指先の感覚が乏しい上、片方は義手だ。
それでも出来ないわけではないというのが生物の素晴らしいことなのだろう。
両四肢が機能不全にもかかわらず、口に筆を加えて絵を書き続けた画家もいた。
諦めないという気持ち、そして手助けしてくれる者がいれば、いくらでも人は頑張れる。
俺はこの世界で、それを片手で生きていた主から学ばせてもらった。
「ツイン。最初、何作るの」
「それはな……片手でもこぼさずに持てるコップだ。しかもフタをつけれるようにして、ひっくり返しても平気なように形を工夫して……」
「ツイン。メルちゃのこと、好き。カルネより好き?」
「ああ、そうだな……痛ででででで! 鼻を強く引っ張るなって。冗談だ。同じ位好きだよ」
「それじゃ、いつものように、見せるから」
「ああ。有難う」
カルネの持つ賢者の石。それは俺にも意識として見えるような世界を生み出してくれる。
自分の脳内に作りたいと思うものを強く想像させる手助けとなる。
この力が将来、自分の娘にどのような影響を及ぼすのかは気がかりだが、俺が生きている間はずっと見守ってやりたい。
「有難うカルネ。それじゃ製作に入るからお前は遊んでおいで」
「ううん。カルネ、ツインといたい」
「邪魔しないならいいが、面白くないと思うぞ?」
「それでもいい。また、会えなくなる。ここで暮らしたい」
「それはダメだって言っただろ。フェドラート先生の言うことを聞いて、勉強もいっぱいしないといけないし、今後はもっとしっかりした学校も出来るんだ。それにカルネはメルザの跡を継いで女王に……」
「いや。カルネ、勉強も、運動も出来る。ツインと一緒にいたい」
「……俺がもっと力の制御を長時間行えるようになれば帰れるから。それまで辛抱してくれって言っただろう?」
「だって。それ、ずっとずっと、先。寂しい。みんな、寂しいから……」
「こらこら。エイナやレインはちゃんと言いつけを守って頑張ってる。クウやルティアもだ。カルネはお姉ちゃんなんだ。あいつらをしっかり見て上げて欲しい。そうだな……父さんの大事にしていたものを一つ上げるから」
「なぁに?」
「紫花の髪飾り。昔メルザが使っていたものだよ。お前の綺麗なピンク色の髪によく似合うだろう」
「メルちゃのお下がり……」
「いやか?」
「いる。ツイン、好き」
「よし。それならちゃんといい子にしていてくれ」
「分かった。我慢する。でも、我慢出来なくなったら、来るから」
「ああ」
カルネの頭をもう一度撫でる。
これでまたしばらくは会えないだろう。
俺が寂しがるより、我が主が寂しがる。
ベリアルに合図をして、カルネが寝付いたら送ってやるように伝える。
これでいい。陰ながらでもメルザが喜ぶようにこの場所で勤める。
それが俺に出来る、ギリギリ生きることを許された俺の精一杯なのだから。
全ては我が主のために。そう思って長く生きて来た。
時にはそれが主のためなのか、悩むこともあった。
ただの人……そうベルベディシアに詠われた俺の子魚津は、完璧などではなかったろう。
何度も泣かせてしまっただろう。
悔やむ選択肢もあったはず。
それでも俺たちは互いに思いやり、生きている。
このゲンドールという、絶対なる神のいなくなった世界で。
いよいよ明日分が最後のお話となります。
自分としても灌漑深いものです。
明日の後書きは少々長くなりますが、読んで頂ければ幸いでございます。




