第九百九十八話 皇子メーズリック君
シフティス大陸への航路は主に海路を利用する。
ルインズシップ改は空海両用であり、海上移動容易い。
目的地へ到着するまで時間もさほど要さずに向かえるのは、高い文明と技術を併せ持つことができた、ヤトカーンとフェネクスのお陰だ。
――シフティス大陸、アースガルズ国に到着すると、出迎えてくれたのはコーネリウスだった。
既に伯爵位から侯爵位となり、摂政の大半を担っている。
――アースガルズ皇帝、メイズオルガ卿前。
場内へ案内される最中は、兵士が慌ただしく行動しているような足音が聞こえた。
「ルイン殿。此度の招待、大変うれしく思う。また、献上品の数々。感謝の極みである。堅苦しい挨拶など不要だ。楽にして欲しい」
「メイズオルガ卿。感謝します。少々慌ただしいご様子ですが、何かありましたか?」
「ふふっ。君は本当に見えているように語るな。なに、息子がはしゃいでいるだけだ。気に障ったら許してくれ」
「いいえ。それなら我が娘たちも同様です。では、挨拶を」
「うむ? まだ六つと聞いたが挨拶が出来るのかな?」
「はい。カルネ、クウ、ルティア。順番に挨拶して」
「カルネ・ラインバウトです。ツインより少し背の高い皇帝。お初にお目にかかります」
「うっ……俺が気にしていることを」
「はっはっは。この子がメルザ女王の娘か。しっかりしている」
「クウカーン・ラインバウトです。あの、皇帝陛下。皇子さまは優しいですか?」
「そうだな……誰に似たのか気性が激しいが、優しい子だよ。友達になってやってくれるか?」
「はい!」
「ルティア・ラインバウトですわ。皇帝陛下! ああ、素敵な響き……っぴょ」
「ううん……語尾はベルディアに似ていて少し変わってますが、気にしないで下さい」
「ふむ。この子は随分と美しい髪をしている。皇子が虜になってしまうかもしれんな」
「はっはっは。よかったなルティア。皇子に気に入られるかもしれないぞ?」
「皇子じゃなく、皇帝がいい……ぴょ」
玉の輿より本命皇帝、か。本当に大人びた子供だな。
さて、挨拶も済んだし、子供たちはコーネリウスに預けて城見物でもさせておこう。
ここアースガルズは、以前多くの領区に分かれていたが、現在はそれらすべてが取っ払われている。
一度は滅びかけた国だが、現在は他国との関係も改善され、商売も盛んに行われている。
シフティス大陸は西と東で大きく分かれている上、神風により上空からの移動は困難。
だが、神風橋とは別にさらに大きな橋の建設を行うことにより、東の国々との貿易が開始されてから、人々の生活は格段に良くなった。
さらに南側にあるラインバウト大陸とも盛んに貿易を行い、両国家の関係は親密なものとなっている。
ミレーユがメイズオルガ卿の腹違いの妹であるが、彼女自身は既に王位を破棄。
立場上は外交官という形を取っているが、自由奔放に暮らしている。
……メイズオルガ卿の訪問は、そんなミレーユにくぎを刺す意味もあるのだろう。
失踪してしまった前皇帝については知る由もないが、メイズオルガ卿の統治も素晴らしいものだ。
今回持参した引き出物の数々も、自分たちの使用目的ではなく国民たちに大半が振る舞われる。
私利私欲にかられることなく、広く民を愛し統治する。
賢王だからこそシフティス大陸に住まう多くの者がアースガルズへと集まっているのだ。
「さて、ゆっくりと対談していたいところだが、そろそろ向かおうか」
「……メイズオルガ卿。大変失礼だとは思っておりますが、俺は……」
「ああ、分かっている。世界を救った英雄、ルイン殿へ全員敬礼を」
『敬礼ッ!』
恥ずかしいな。敬礼されてもその仕草は見えないのだが。
これで俺の役目は終わりだ。
おっと、皇子にだけは挨拶しておこう。
「メイズオルガ卿。卿のご子息は?」
「今すぐ旅立つのか? せめて一度ルーン国に寄ってはもらえないか?」
「申し訳ありません。あちらで企画事を手配してあります。俺はこれ以上の潜在は危険。だからこそ妻にも散々連れていけと言われました。これからベリアルと共に、ミーミルの森へ向かいます」
「そうか。メーズリック! こちらへ来て挨拶をなさい。お前の大好きな英雄だ」
「お父上ーー! あの女がいじめるんですー!」
大声を上げながら玉座前へ来たのはメイズオルガ卿第一皇子、メーズリック君だ。年齢は五歳。
カルネの一つ下だ。カルネたちはコーネリウスに連れられて城を見物していたはずだが……。
「雑魚。イルナより弱い。無力」
「お姉ちゃん、つおすぎる!」
「ううーん。残念だけど好みじゃない……っぴょ」
「カルネ。一体何をしたんだ?」
「勝負を挑まれた。勝ったら勝手に泣いた」
「はっはっは。さすがは英雄の子。お前も相手が悪かったな」
「ひっく。たまたま調子が悪かっただけなのにぃー!」
「ほら。それよりも英雄に挨拶をしなさい」
「は、初めまして。この国を救った英雄様……?」
「済まない。目が不自由でね。初めましてメーズリック君」
「……あの。目が見えないってすごく辛くないのですか?」
「ん? そうだな。辛く無いよ。沢山の楽しいことがある。沢山やれることがある。それはすごく幸せなことだと思わないか?」
「でも……上手く歩けないし、剣だって持てないでしょ?」
「はっはっは。果たしてそうかな? メイズオルガ卿。木剣はありますか?」
「ああ。これはもしかして英雄殿の剣舞を見られるのかな?」
「剣舞ではありませんが、少しだけメーズリック君の相手を。せっかくの鈴狼流派ですからね」
「木剣を三本用意してくれ。一本は皇子の練習用だ」
『はっ!』
「えっ? でも……危ないんじゃ……」
「あなた相手ならカルネでも勝てる」
「なんだとぉ! 見くびるなぁ! ちゃんと毎日練習してるんだぞ!」
ふう。全く子供ってのは可愛いな。
この子はカルネたちといい友達になってくれるだろう。
そんな子供に少しでも伝えてやりたい。
「あ、あの。本当に危ないですよ。ちゃんとした剣術習ってるんですから」
「大丈夫だ。俺はこの場から一歩も動かないし、君に木剣を当てたりはしないから」
「む……分かりました。でやぁーーー!」
五歳……か。五歳とは思えない、いい突進力だ。
それに靴がアーティファクトだろうか。さらに……「我が意思の力を持ち我に力を与えよ。万物ありておおいなる風を身にまとわん。ウィンドクラッド!」
風の魔術、初歩だが適切に使えている。
素晴らしい。きちんと修練を積んでいる証拠だ。真面目に頑張っているんだな。
ミレーユにも少し見習ってほしいものだ。
メーズリック君は一刀両手持ちで飛び上がった。
飛んだ高さは俺の顔面にも届くくらいだ。
「食らえ!」
「いやいや。お見事」
木剣二本をもらったが、一本を腰に差して二本指で木剣を受け止めた。
そのまま後ろに少し傾けてみる。
そのまま上手く着地するように後方へぐっと押す。
さらに追撃で足への攻撃を木剣で反対側へ誘導。
もう一度飛び上がって胴体へのナギ払いを再び二本指で止める。
「我が銀狼流はあらゆる武器を使いこなす。そして年齢性別問わず誰でも習得すれば確実に強くなる」
「くっそーー! 一撃も当たらない!」
「そして、たとえ木剣でも……はっ!」
腰に差していた一本の木剣を上へ投げた。
「バネジャンプ」
そして上空へ飛び上がり、その木剣を真っ二つに斬り裂く。
「……すっげーー」
「たとえ木剣でもこの通り。君は思い切りもよく、攻撃も理に叶っている。修練を積めば強くなるだろう」
「銀狼流……あの。弟子入り出来ますか?」
「歓迎しよう。ルーン国に到着したら……そうだな。イルナカーンというカルネのライバルがいるんだ。その子に聞いてみるといいさ。頑張るんだよ」
「はい! あの、失礼なこと言ってすみませんでした」
「構わないさ。五つなのに礼儀正しく、いい子だ。俺の子供たちとも仲良くしてやってくれ」
「はい! う……でもこいつは……」
「弱卒。ツインに負けて悔しそう」
「ふ、ふん。英雄に花を持たせたんだ!」
「この子……もうそんな言葉を覚えているのか」
こうしてメイズオルガ卿に挨拶を済ませた俺は、引っ付いて離れないカルネを抱っこして、眠ってしまったクウとルティアをヤトカーンに預けた。
ルインズシップ改はそのまま本国に戻り、ミーミルの森へはベリアルと共に向かう。
そこが俺の住処だ。
忘れ去られた氷の森。
……強すぎる自分の力を抑えるための特訓を続けるために。
はい。これが実際のルインの現状部分です。
文字通り力の制御が上手く出来ていなかったルインは、この森で現在も修行中。
夫婦は離れてしまっていますが、時折帰宅して色々と作業をこなしているんですね。




