第九百九十七話 ラインバウト大陸
海底第一層を抜けると、そこは大きく変わった元ベッツェン跡地周辺に出る。
ここはニンファ・ウル・トリノと元フェルス皇国の皇帝、フェルドナージュ公が統治する二国協和国家が新しく設立された。名をルーンフェルド皇国という。
我がルーン国の入口はこの場所以外では、ある泉を通らないと入ることが出来ない。
一番近い泉は東にあるジャンカ都市に存在する。
このルーンフェルド皇国西側への開拓が大きく進み、西側から南下する船も多く出るようになった。
南下していけば港町ロッドへたどり着くことが出来るし、ロッドを経由して西にあるキゾナ大帝国へ向かうことも可能。
まず先に、このルーンフェルド皇国に用事がある。
ここに新規オープンした店、【クインズベルローズ】というベルローズ派生型の王族、貴族ご用達専門店に向かうのだ。
そこで子供たちの衣装を購入する予定だ。
ルインズシップ改は巨大だが、その規模の船がいくつも停船出来るスペースが、皇国には多く存在する。
その一角へ近づくと、下から歓声が上がる。
「すっげー。最新鋭艦、ルインズシップ改だ! 初めて見た!」
「おお、女王様が乗ってるのか? ルーン国、万歳ーー!」
「あれは、太守殿じゃないか? お怪我はもう平気なのか?」
船上から下を見下ろして、カルネの手を取り振ってみせる。
きっと喜んでくれているだろう。
停泊所に船を止めてもらうと、直ぐに駆け寄ってくる者たちがいた。
「主様。またなんとも無茶な抱え方を……」
「全員抱っこしてくれと言われてな。クウは空を飛べるから、軽くて助かるんだけど、持ち辛いな」
「三人同時にはいくら何でも無茶でしょう。大事なお体であることをゆめゆめ忘れてもらっては困ります」
「ああ、ルジリト。気を付けるよ。息災だったか?」
「ええ。その言葉はお返ししたいくらいですよ」
「もう一人は……ジェイクだな。久しぶりだ」
「……相変わらず化け物じゃんよ。本当は見えてるんじゃないのか? 新しい酒、造っておいた。言われた通りの倍は持ってきたじゃん」
「ははは。見えてないよ。お前の雰囲気は独特だからな。それに、強い酒の匂いもする」
「まぁ、酒でバレるのは仕方ないじゃんよ。ジェイク印の酒、沢山売り込んでおいて欲しいじゃん」
「そんなことしなくても飛ぶように売れると評判だよ。倍でも足りないくらいだ。今後も新しい酒の開発は期待してるよ」
「人出が欲しいじゃん。レッジたちだけじゃもう足りないじゃんよ」
「新たにレグナ大陸から人を寄越してもらう予定だ。この大陸も、既に人口六千万近いって話だ。気候も穏やかで過ごしやすいこのラインバウト大陸なら、世界で一番人口が増えるかもな」
「まだまだシフティス大陸には及びませんが、近い将来必ずそうしてご覧にいれます。特にジャンカ都市は既に住居が間に合いません。ルーンフェルド皇国の開拓が済んでから順次住居を増やす予定でしたが……おっと、国政の話は戻ってからにいたしましょうか」
「ああ。新しく手掛けた商品の話もある。やることが多くてもう一人ルジリトが欲しいくらいだ」
「はっはっは。それは私も同じく、主がもう一人いれば……いえ、これ以上無理難題を増やされても困りますな。さて、フェルドナージュ公とニンファ公も、もう直参られるでしょう」
「ああ。その……母さん……は?」
「現在も変わらず、です……残念ながら」
「そう……か。いや、いいんだ。妖魔の血が濃いんだろう。まだまだ時間は掛かりそうだ」
俺の母親……神の遣いの生まれ変わりの妖魔は、俺と一度だけ面会した。
彼女は、髪色が変わるほど罪の意識にさいなまれたという。そして怯え、震えていた。
謝ろうにも謝ることすら出来ず、ずっとブルブルと身を震わせて泣いてばかり。
その状況を見て、一言だけ声を掛けた。産んでくれてありがとう、と。
悲鳴染みた鳴き声を後に、彼女をフェルドナージュ公に託した。
それ以来一度も会っていないが、俺がうらんでいないことや、出来る限り優しく接して欲しい旨だけを伝えてある。
メルザや孫のことも少しずつ話してはいるが、彼女が落ち着くまでには長い年月がかかるだろう。
子供たちも祖母と接したいに決まっているが、今はそのときではない。
母のことを考えていると――「ルインよ、待たせたな」
「お久しぶりですの」
後ろから二人の声が聞こえた。
フェルドナージュ公にイーファから跡を継いだニンファの声だ。
直ぐそばにはベルローゼ先生の気配もする。それともう一人、側近となったフェルドジーヴァの気配がする。
「お久しぶりです。フェルドナージュ公」
「公などつけんでもいいと言っているだろう。お主は既に太守。メルザ皇女の夫でもある。示しがつかぬぞ」
「そうですの。お母さまもいつも呆れていますの」
「二人とは対等の立場にあると思っている。俺としては未だにフェルドナージュ様、と呼びたい気持ちもあるんだけど。何せその方が格好良いししっくりくるもので」
「変わらんのう。童たちは先に乗船して待っておるからな」
「はい。少々お待たせすると思いますが、良い酒がありますので。ニンファ、イーファはどうしたんだ?」
「……相変わらず、農作業に夢中ですの。レウスさんとセーレさんと一緒に」
「またか。いい加減再婚相手でも見つけたらいいのにな」
「うふっ。ルイン様だったらいいですが、それ以下の男と結ばれるつもりはない、だそうですよ。お母さまをもらって下さいますの?」
「下さいませんって。ヤトカーンだってほぼ無理やりだったんだぞ。まるで人質だよ、はぁ」
「なんじゃ。男なら嫁の十や百くらいもらってやらんか。そうすればお主の子供だけで立派な妖魔軍団が誕生するというものを」
「妖魔軍団再興に熱意があるのは分かるが、そういうのはフェルドナージュ公にお願いしたい……」
「ふむ。それこそ答えはイーファと同じじゃな。では、ジェイクの新作を頂いておくとしよう。行くぞ、ニンファ、それにジーヴァよ」
「はいですの」
「はっ! どこまでもお供します!」
ふう……英雄色を好まずなんていうけど、俺には荷が重い。
フェルドナージュ公とニンファにはしばらく船内でくつろいでもらうとして、こちらの用事を済ませないと。
「バネジャンプ」
「……俺も行くぞルインよ。バネジャンプ」
「先生……ってバネジャンプ出来るんですか!?」
「貴様がずっと使い続けていたからな。弟子と同様に扱えるようになっておくべきだろう?」
「これ、扱うの結構大変なんですけど……」
俺の師であるベルローゼ先生。
先生は相変わらずフェルドナージュ公の護衛を第一に行動している。
フェルドジーヴァはその後、フェルドナージュ公に仕えるようになった。
どこか父であるフェルドナーガの威光に触れている気がするのだろう。
時折父を思って泣いていると聞いた。
地底から避難した者たち……フェルドナーガの配下などは、全てフェルドナージュ公の下で再編され、新たな妖魔国として統治され、まだ日が浅い。
しかしそれらを上手く統治しているフェルドナージュ公こそ、王の器だと言える。
そしてニンファもそうだ。彼女は妖魔国にて統治を学び、立派な王女となった。
残念ながらジオと結婚に至ってはいないが、ジオは現在も熱烈な求婚をニンファに送っている。
しかしジオも遊んでいるわけではない。キゾナ大陸再建に向けて日々努力……しているはずだ。
「お父様ー! こんなに高く飛べるなんてすごいっぴょ」
「ツイン、もっと。上、上ー」
「あうー。父上、恰好良いー」
「ふふっ。バネジャンプの凄さをもっと見せてやるぜ!」
「おい。店を通り過ぎたぞ」
「あっ……」
調子に乗り飛び過ぎた俺はクインズベルローズを通過。
先生の指摘を受けて、慌てて戻った。
――そして、クインズベルローズ店内に入ると直ぐに懐かしい声が聞こえて来た。
「いらっしゃいませ。ルイン、会いたかったよ」
「アネさん。どうも。子供たちに合う衣装、用意出来てる?」
「もちろん。エーさん。お願いね」
「了解であります! さぁ、こっちでありますよー」
この店の担当はアネスタさん、それに、シフティス大陸で共に行動したエーだ。
二人は結婚こそしてはいないが、なかなかにいい関係。
アネさんがなぜここで働いているのかというと、とにかく女性客を引き付けるからだ。
お陰でクインズベルローズの売り上げは爆増。
なんならアネさんを見に来るだけの冷やかし女性客もいるほどだ。
スタイルも良く、クインズベルローズの衣装に身を包んだアネさん自身が看板娘となっている。
本人としてはフェルドナージュ公の近くで働ける上、妖魔皇国もルーン国も行けるこの場所が好きらしい。
「三人ともとても良く似合う衣装を用意した甲斐があった。君に見せられないのは悲しいけれど」
「いいや。視覚なんて無くても俺には手に取るように分かるよ。エイナとレイン、イルナの分もあるか?」
「そっちは私が後で持って行っておくよ。そうしないと喧嘩になるでしょ?」
「やっぱアネさんは優しいな。助かる」
「そうそう。フォニーからベルローゼさん用の新しい衣装も預かってるよ」
「ふう……またか」
またかって、そんなに服をもらってるんですか。
これ一着いくらするか知ってるんですかね。レギオン金貨百枚以上ですよ?
しかも先生のものは気合の入れ方が違う。一着五百枚コースに違いない……。
まぁ先生は何を着ても様になると思うけど。
「さて。そろそろ行くよ。道草しているとコーネリウス辺りから文句を言われそうだし」
「ふふっ。そうだね。君のことだから文句より戦いを挑まれる可能性の方が高いと思うけど」
「それはいい。俺も少し試合がしたくてな」
「あーはいはい。子供がいない時なら受けますから。行きましょう、シフティス大陸へ」
こうして船に戻り、子供たちが自分たちの衣類の説明を細かく俺にし始めた。
これはカルネがいつも先にやりだすこと。
俺の目が不自由であるからこそ、こうすれば伝わるというのを理解してやってくれる。
子供たちをよく導いてくれる。それがカルネの一番の長所だろう。
こいつは、メルザの血を引いているだけあって、毒舌だけど本当に優しくて、いい子だ。
「ツイン、お鼻、お鼻」
「……これだけは何歳になっても変わらなそうだな……」
大きく変化した、トリノポート大陸改めラインバウト大陸。
小説内で説明出来なかった一部ラインバウト大陸の位置などをご紹介します。
この大陸には元々、トリ……つまり三つのポート、港が存在していました。
現行ではジャンカ都市港、ルーンフェルド皇国北部、西部、港町ロッドの四か所に存在します。
ジャンカの森が存在したのは大陸北東部周囲一帯で、村となり、町となり、都市となりました。
このジャンカ都市から西寄りに南下していくと、カッツェルの町(シン老師がいる町)があります。
そのカッツェルの町から西にミッシェ峠を越えた先(現在は峠の岩部分をくり抜いていき、地上からのルートが存在)に港町ロッドがあるわけです。
さらに南部一帯は開拓がまだ進んでおらず、本物語では極めて一部……ミレーユ王女がハルピュイアに変化していた頃に出ていた程度となっていました。
本物語の核であったこの大陸は、作者の脳内にばっちりと描かれております。




