第九百九十五話 新流派 鈴狼流
「ハァーーーー!」
「だぁーーーーー!」
左右から弟子二人が真剣で斬りこんでくる。
左手側からはティソーナの気配。
右手側からはコラーダの気配。
その間に立ち、義足の反応を確かめながら、不気味に浮かぶ片手に一本の剣、右手に一本の剣を握りしめて攻撃に備える。
二人はフェイントを織り交ぜながら素早い動きで直線ではなく点で補足せねば分からないよう、複雑に絡めた動きで攻めてくる。
……いい動きだ。だが、手に取るように分かる。
「妖楼、二刀・赤星剣」
「うっ……」
「くっ……」
どちらも反転して片手を地面について攻撃を逸らした。
その位置には青白い文字が浮かび上がっている。
「ラモト・アダマ」
「っ! 瞬流移動、魔鳥プテラ!」
「神風!」
二人はそれぞれの能力を活かして、俺のラモト攻撃を凌いだ。
左手側は魔鳥を招来。その鳥の羽は鋼鉄製だ。
右手側は、シフティス大陸において、局所的に流れる神風を思わせるような突風を発生させていた。
こちらは曲刀にまだ慣れていない。
左手側には浮かびあがる手が持つ剣で。
右手側は神風を背後から回る形で移動して狙い撃ちする。
「王手だ」
回避した二人の首元にはそれぞれ、こちらの剣があてがわれている。
一本は蒼黒い手甲。レピュトの手甲と呼ばれる特殊な腕。自由自在に扱える左腕ともなる神の手。
もう一本はまともに動かすのが困難だった俺の右手用の義手。
ヤトカーンに作ってもらったのだが、張り切り過ぎたのか恐ろしく伸びる手となった。
「降参です。やっぱり先生の攻撃範囲が広すぎて、間合いにすら一度も入れないわ」
「俺たちかなり強くなったんだけどなぁ。ミレーユ、もっと魔術使ってくれよ」
「バカエンシュ! そんな隙与えてもらえるわけないでしょ? 無詠唱のメル様とは違うんだからね」
「メル様と比較なんてしてないだろ。俺を上手く盾に使いながら詠唱をだな……」
「はっはっは。お前たち、そうしてるとまるで恋人同士だぞ」
『先生、変なこと言わないで下さい!』
そう、俺は久しぶりに弟子二人に軽く稽古をつけていた。
治療を受けてから一年経っただろうか。ギルティと戦って六年にもなる。
リハビリを重ねつつ、シュイオン先生やマァヤ・アグリコラたちのお陰もあり、俺は随分と回復した。
残念ながら盲目に義足、義手という体だ。幻傭団メルでの活動は断念。
今は外交宦とルーン国名物の開発や子育てに勤しんでいる。
そして俺は世界でも名うての強者として知られるようになっていた。
これを吹聴したのは正式な仲間となった元ソロモン七十二柱、シャックスとフェネクス。
現在はルーン国部隊長を任せる魔族だ。
フェネクスにどうしてもと言われ、新しい剣の流派を作ることとなった。
その名も【鈴狼流】
今の戦いでは伝書の力も用いていたが、本来は剣術と拳術の実践内容を盛り込んである。
無論それぞれの持つ術……例えば妖魔なら妖術、魔術師なら魔術を織り込みやすいように師範代も多く存在する。
弟子は多い。ルーン国に在住するものの弟子を列挙してみよう。
クウカーン、レイン、ルティア。これらは俺の実子たちだ。年齢は六歳。
ライシィ、ラーザー……この二人はまだ三歳。ライラロさんの子供で双子の銀狼姉弟。
ウェメル……彼はシュイオン先生の息子。カルネと仲が良い。六歳。
イルナカーン。彼女はリルとカノンの子供。六歳。彼女が今のところ我が流派、子供の部最強。カルネをライバル視しているがカルネは異質なほどの能力者だ。常に勝負を挑んでは毒舌で泣かされている。
ラピン。彼はイビンの子供だ。イビンは兵士を続けて、町娘と無事結ばれた。侮るなかれ、イビンは数少ないスキアラの下で修業した兵士。巨大亀に変身出来る実力者で、ルーン国以外にも高い人気を誇る闘技場司会としても人気がある。奥さんはすごく美人だそうだが、見ることは出来ない。この子は現在四歳だ。
ベルギドラ、ベルギメラ。彼らは俺の親族、ベルギルガの子供たちだ。包容力のあるベルギルガ。今ではすっかりルーン国に溶け込んでいる。三歳と二歳だ。
ハーシェン、セフィーネ。結局ハーヴァルさんとセフィアさんは離れられず結婚することになった。苦労人は永久的に苦労するのだろうが、せめて子供たちはこちらで預かり教養をつけて上げることにしている。この子たちは三歳。
他にもモラコ族の子供や陽気な骨……と、ざっと子供組を挙げるだけでもこれほどいるし、なんならまだまだ子供は増えている。
大人組はミレーユ元王女とエンシュ、それからプリマやアメーダたち死霊族が見てくれている。
俺が稽古をつけるのは昇段試験のときだ。
相手は全て真剣で、俺を殺すつもりで受けさせている。
こんな体だが、はっきり言って大陸中探しても互角に戦える相手はベルローゼ最強師範代以外いない。
シーザー師匠は子供が産まれてから奥さんの監視が厳しすぎて、戦う方面ではなく以前の快哲屋へと戻りつつあるが、時折ベルローゼ先生と戦闘をして憂さ晴らしをしている。
俺の流派名の由来である二人。それを目立たせるために、フォニーさんへ衣類の依頼をすると、デザイン料は無料で引き受けてくれるどころか、俺とベルローゼ先生、シーザー師匠、エンシュ、ミレーユの超特別仕様服は無料にしてくれた。
フォニーはすでにゲンドール大陸随一のブランド【ベルローズ】を確立している。
そんな彼女は相変わらず先生のおっかけで、先生もそろそろ覚悟を決めて結婚すればいいのにと思っているのだが、シーザー師匠を見る限り結婚ハ難しそうだ。
この師範代向けの服がすごい。
何せフォニーさんは妖術使いだ。刺繍も見事ながら妖術をこれでもかと織り込んで作られた服は、生半可な鎧より防塵性能がある。
子供たちが真剣で斬りかかって、仮に衣類に当たっても切れたりはしない。
――などと二人の稽古を終えて考えにふけってぼーっと立っていると、ミレーユが車いすを押してきてくれたので腰を掛ける。
「先生。今日はこの後どうするの?」
「カルネを連れて買い物だよ。メルザが可愛がり過ぎて放してくれないから、俺と遊びたくて仕方ないらしい」
「カルネちゃんってパパッ子過ぎない? 毎日ツインと結婚するって言ってるよ」
「ん? まぁそうだな。少なくとも俺より強い男以外結婚は認めない」
「うわー……それ、一生独身でしょ。先生にどうやったら勝てる相手がいんのよ。オズワルでも蘇生させて連れて来いってこと?」
「おいおい。オズワル伯爵は立派な人だったが、力に溺れて最後は化け物みたいだったぞ……化け物と結婚はさせたくないな」
「じゃあ誰とも出来ないじゃない……」
「ははっ。案外異世界からひょっこりと現れるかもしれない。俺みたいにな」
「何言ってるの。もう絶対神もゲン神族もいないんでしょうに……」
そんな話をしながら、これからの詰まった日程を頭に巡らせていた。
カルネの買い物はついでに過ぎない。
行かねばならないところがいくつもあるんだ。
新流派と多くの子供たち。
紹介されたのは極一部。
これからぐるっと回りつつ、ゲンドールの情勢を見て参りましょう。




