第九百九十四話 奇跡の果実は甘酸っぱい
それからどれほどの間休んだのだろうか。
目は……見えることが無かった。
爆発を防ぐため、前に出していた左腕全体が無い。
右手はあるが動かすと痛みが駆け巡る。神経は通っているようだ。
足も左足を前にだしていた。そちらは吹き飛んだ。
右足は無事だった。
最も被害が大きかったのが左腕なのだろう。
こんなボロボロでも、俺は生きている。
生きているのがなぜなのか。
それを知りたくて、念通でリルに聞いてみた。
――リル。目が開かないんだけど、ここはどこなんだ?
「ようやく少しは話せるようになったかな? ここはね。懐かしい場所だと思うよ」
勿体ぶらずに教えてくれ。ここがどこなんだ?
「ここはデイスペル国。幻魔神殿の地下さ」
幻魔神殿の地下? つまり俺が死霊の館から地上へ戻った場所か?
「そうだよ。君を生き続けさせるのにね。アルカーンの力が必要だったんだ。アルカーンは君の中で眠りに着いたんだよね……だからね、その力を引き出したかった。それがこの場所。ちなみに死霊の館を作ったのって、アルカーンなんだよね」
そうだったのか。時の管理者の力で、俺の生命を引き延ばしていた?
「ううん。違うよ。君、タナトスの力も持ってるんでしょ? それならまだ、自分の死を感じるかい?」
いや、今は感じないな。だからこそ不思議なんだ。
死の管理者の力が外れるなんてことあるのか?
「ううん。間違いないよ。君、死んだんだ。きっと少しの間ね。魂だけここに留められたんだよ。それで無理やりボロボロの肉体に直ぐ戻した。無茶苦茶だよね。全部ヤトカーンとズサカーン、それにミーミルってお爺さんのお陰だよ」
そう……だったのか。一度死んだ? 電気ショック治療で戻ってきた人みたいなものかな。
「それでね。ヤトカーンを嫁にすることが条件だったけど、なんでもいいから助けてくれって主がね」
……それ、ズサカーンの殺し文句だろう。いや、今はそれより……メルザは?
「まぁ慌てないでよ。君の体……つまり器だね。あまりにも酷かったんだ。もう気付いてるよね。左の腕から手にかけて。それから左足も。元には戻せない。だから義手と義足で生活することになる。ごめんよ」
ああ。そんなことはどうでもいいんだ。
「それに目も……君からは多くの力が失われたと思う。アーティファクトは君に契約されたものは残ってるから。返却されたものも含めて保管してあるよ」
全て、問題ないことだ。俺は本当に生きていられたんだな?
「うん。お帰り、ルイン。しばらくは押し車の生活だと思う。あちこち痛くて辛いと思う。でも……君と。ううん、アルカーンとまた一緒に……兄さん。そして叔父上。愚かな僕をどうか、許して……下さい」
リル。そうか、お前はフェルドナーガが……なぁリル。お前を一番助けたかったのはアルカーンだった。いつもリルを頼むと言っていたよ。
アルカーンはいつも苦しんでいた。
自分が兄として相応しいのか。お前たちの兄として行動出来ているのかを。
だが、あいつはお前たちを愛していた。それだけは間違いないことだから。
「ううっ…ずるいや。僕、アルカーンにも子供を見せてやりたかった。でもね、いいんだ。君はルインだ。だけど僕にとっては友でもあり兄でもある。そう思っているから。さぁ、念通を切って動き出そう。大きな砂時計の中なんだ」
そうなのか? そういえばあのとき……死霊の館で巨大な砂時計がいくつもあった。
下から上へと砂が戻っていたっけ。
その砂時計の左から五番目だけに触れるよう言われてそうしたが、他の砂時計も様々な用途があるんだった。
その効果までは把握していないが……きっと特別な効果があったんだろうな。
しかし、それを利用出来ているってことは、地底は……いや、今は考えるのを止めよう。
「うんっしょっと。はぁー、疲れた。カノン。いいよ、主を」
「うん。メルザちゃん。一番にルインさんを」
「う、うん。ルイン。右手、触っていいか?」
「あ……あ」
「ごめん。直ぐしゃべらねーでくれ。ルイン、ルイン……ルインの手だ。やっと、触れ……」
俺はかろうじて動く手を触るメルザを、力いっぱい引き寄せて抱き締めた。
全身に激痛が走るが、声も言葉も出なかった。
「う、うわああああああん……もう、もう二度とこうして会えないかと思った。いつもいつも置いてかれて、俺様を遠ざけてよ。俺様を守るために自分ばっかぼろぼろになってよ。バカ、バカバカバカバカ!」
「ごめん……な。失うことが、何よりも怖……くて。さ……」
「ダメだよメルザちゃん。ルインさん、きっと激痛なんだから」
「でも、でもよ……俺様、俺様……ずっとずっとずっとずっと……我慢してたんだよぉーーーー!」
「り……る。果物……あ、るか」
「あはは。はい。口下手な君らしいね。あるよ」
リルから渡された果物。それが何かなんて見えなくても分かる。
「メル……ザ。口、開けろ」
「うわあーーーーモガッ!?」
「ふふ……甘酸っぱい……だ、ろ」
それは俺たちの口づけなんかよりずっとずっと甘酸っぱいスッパムの実。
俺とメルザが何よりも愛したジャンカの森の奇跡の果実だ。
よかった。本当によかったです。
ですが、本編のラストを飾るのはもう少し後。
何せこの物語は本当に多くの登場人物がいますから。
ルインとメルザ、カルネにベリアルたちのお話をもうしばらくお楽しみ下さいね。




