第九百九十二話 魂核爆死
「うっ……」
「不老不死という相手に挑むその精神。絶望的な武具の差。叶えたい野望の差も含めて恐ろしいと思う。何故お前は戦うんだ」
既にいくつのエクス・プロージョンを落としたか分からない。
ベルウッドは全く疲弊せず、しかもエクス・プロージョン以外の技を見せないままだ。
なぜベルウッドが地球に戻らなかったのか。
なんらかの条件をクリアして初めて地球に戻ることが出来るのだろうか。
それが何なのかを探ろうとしているのだが、その意図が不明のままだ。
そしてベルウッド自身、俺の能力を把握しているとは到底思えない。
だからこそ今は耐えている。
「何かを狙っている。そんな表情だ。差し詰め強力なモンスターを放出するつもりだろうが、このエクス・プロージョンの中、そんなことは出来まい」
「いいや、鈴木さん。あなたは勘違いをしている」
「私はベルウッド! 鈴木などと呼ぶな!」
「もう日本に戻っても、あなたのことを覚えている人間なんて、誰もいない。あなたが死んでから、長い年月が経っているんでしょう? だったらただの、無関係の人をなぶり殺しに行く犯罪者だ。そんなことさせたくはない」
「会社は残っているだろう! あいつらは俺を強制解雇した。潰してやる!」
「もうその会社だって潰れて無いかもしれない。確かによくない会社は多いです。労災すらまともに使わせてもらえない企業も沢山あります。でも、会社を恨んだからって働いてる人たちは同じ犠牲者でしょう?」
「うるさい! 黙れ、黙れぇーーーー!」
エクスカリバーの構え方が変わった。
……来る。エクス・プロージョンよりはるかに強い攻撃。
「スペリオルタイム」
「貴様もろともここから転生する! さらばだ一宮水花! グランツオブナイツ!」
「……転生、それが最後の方法ですか」
エクスカリバーから十二の騎士のような恰好をした者たちが放出された。
それらは、あるいは馬に乗り、あるいは杖を持ち、またあるいは軽装な片手剣を持ち俺を取り囲んで攻撃してきた。
……これがエクスカリバー最大の攻撃か。
さらにベルウッドがその中に混ざり攻撃してくる。
だが、もう俺は……次元が違う。
「ふざ、ふざけるな! エクスカリバー最大奥義だぞ!? なんなんだ貴様は!」
俺は一匹ずつ確実にそいつらを切り裂いていく。
こいつら一体一体それぞれが、あのオズワルと同程度の実力がある。
だが、今の俺にとっては、その動きすら止まって見える。
「俺は、本当に神に愛されていたんだな。全ての神と、全ての管理者の力を受け継いだ。そうなんだろ、ラッピー」
「ふん! ミーミルに感謝するんだな!」
「全ての神? 全ての管理者だと? お前は神に愛されて、俺が誰からも愛されないのはなぜだ? なぜなんだ!」
「あなたが復讐を望んでいるから。俺は誰にも復讐なんて望まなかった。死んだときも、社会を嘆くことはあっても、誰も殺したいなんて思わなかった。ただひっそりと暮らしたい。それだけを望んだんだ」
「く、くそ。だが俺は不老不死だ!」
転生させてしまえばあなたは復讐心に駆られた悪魔となる。
それならば……「共に生きましょう。あなたを律するために。鈴木さん。私はあなたが嫌いじゃなかった。子供ながら、あなたの涙を見て安らぎを覚えました。どうかせめて、あなたの気持ちが落ち着くまで。私の中に封印されてください」
「……俺は、俺は……」
グランツオブナイツすべてを引き裂き、ベルウッドの背後から二剣で串刺しにした。
ベルウッドは、涙をこぼしていた。
それは痛みのせいなどではない。
「全てを封印せしめる者、それが俺です。あなたに人の心がある以上、俺に封印出来ない道理はない。不老や不死など関係ないんです」
「一宮水花……頼みがある」
「もう封印の束縛からは逃れられません」
「違う。俺にはどん底にいたお前を殺せない。気絶させて同じ転生処理を施し、無理やりにでも日本へ連れて行くつもりだった。もう一度あの世界で、健常者として生きて欲しかった。俺とは遠く離れた場所で。安全に、幸せに」
「ですから、それは俺の望むところではないと……」
「違うのだ。俺は、お前と違う場所で転生し、大爆発を起こす算段だった。その爆発は今の状態でも引き起こされる。この場から離れろ」
「それを信じろと? あなたはこのまま転生して逃げ……」
「不可能だ。不可能だったんだよ。だからそうなるように細工した。エクスカリバーと一体化すれば不老不死。つまり転生出来ない。それを解けば、ただの無力な老人。転生して奴らを殺すにはそうするしかなかった。魂に刻まれた爆発。それは日本の本州半分を吹き飛ばすほどの爆発となる」
「……今の状態で爆発させることは?」
「一つだけ聞かせてくれ。一宮水花。俺はどうするのがよかったんだ? お前に言われて何度も動揺した。同じ苦境に立たされた者だからこそ、心に響いてしまった。俺は、話を聞いて欲しかっただけなのかもしれない。だから苦しかったのかもしれない。スッキリすると思った。でも、その後に死んで、また孤独に戻るだけだ……障がい者は孤独だ。ずっと、孤独で嘆いていた」
「もう、答えはあなた自身に出ているでしょう。爆発を止める方法は本当にないのですか?」
「エクスカリバーを解き、爆発して死ねば、転生後には爆発しない。だが、爆発の規模は膨れ上がり、この周囲一帯の大陸も消し飛ぶだろう。俺はこの世界に未練はないが、迷惑をかけたくはない」
「それなら俺が止めますから」
「無理だ。エクスカリバーは一体化を解除すれば、未教化状態のアーティファクトに過ぎん。つまり不老不死となって防ぐことは出来んのだ」
「俺は神のような存在ですから。きっとどうにかできますよ」
「神とはいえ肉体のある人神など、人と変わらぬ構造だと聞く。とてもじゃないが生きられん!」
「そうなったらあなたと転生するんでしょう?」
「……そこまでしてでも、俺を止めたいのか」
「ええ。自分に封じてでも止めたいんですから」
「俺の、負け……だ。だがお前には大切な者がいるのだろう?」
「俺には沢山仲間がいますから。それに俺にはこの世界に沢山の未練があります。だから死にませんよ」
もし俺が、メルザに出会わなければ……ベルウッドのようになっていたのだろうか。
……いや、性格が違いすぎる。俺は臆病だ。
だからそんな大層なことは考えられなかっただろう。
ベルウッドの話が偽りなら封印に戻す準備は出来た。
だが……あの目は噓をついていない。
それどころか、エクスカリバーの権利を俺へ譲渡し、しわしわの老人へと姿を変えるベルウッド。
「この世界に来て……まだ五十年だが、この姿だ」
「種族は、短命種の何かだったんですね」
「そうだ。すまない、肩を貸してくれ。そこの瓦礫前に頼む」
「はい」
「大きくなったな。一宮君」
「俺、もう子供もいるんです。前世じゃ叶わなかったけど。五人もいます」
「そうか。君は幸せになれたんだな」
「はい。でも俺は、俺が不幸でも構わないと思っています。気付いたんですよ。俺自身が不幸な境遇でも、俺を取り巻くみんなが幸せであれば、それは俺にとっての不幸じゃない。そして、そいつらが俺を幸せにしてくれる。だから俺自身が周りの奴らに幸せになってもらうよう努めるんです」
「そうか……自己犠牲が過ぎる君らしい答えの出し方だ。願わくば生まれ変わったら、今度こそ幸せになれるのだろうか」
「鈴木さん。幸せになれる、じゃなく幸せになるため、頑張るんです」
「君に教わることが多かった。一宮君、これが最後だ。すまなかった。君に……いや、これこそ神の救いなのかもしれんな」
「鈴木さん。哀悼の意を示します」
「……有難う。魂核爆死」
人の行為を正せるのは寄り添える言葉。
苦しみを解放してやれるのもまた、言葉だけ。
ベルウッドをただどうにかするだけでは結局防げなかったであろう転生後の大殺戮を防ぐ。
そのための手段を講じれたのは、同じ転生者の彼だけで、ベルウッドは止めて欲しかったのかもしれませんね。




