第九百九十話 ベルウッドとルイン
七壁神の塔最上層。
その扉の前に立つと、自然と扉が開いていく。
「開いたぞ、開いた! なんだ? 変な爺さん一人しかいないぞ?」
「……日本人だ」
「知ってる言い方だな、こいつがベルウッドってやつなのか?」
「ああ」
「転生者。目の不自由だった男。一宮水花」
「やっぱりあなたは、俺を知ってるんですね」
「計画はお前が生まれ変わる前からずっと進めていた。もうこの通り年老いたが……名を鈴木栄一という。日本という差別される国にいて酷い仕打ちを受けたものだ」
「……」
「一宮君。随分と社会を恨み続けたよ。職場を、世間を、国を。無念のまま死んだことを。そうしたらどうなったと思う? 生まれ変わった! ただの人ではない能力を持つ者に。どれほど喜んだことか。どうにかして日本に戻り、苦しめたやつら全員を殺すことが出来ると。そのために様々な知識を、手段を身に着けた。使える男に取り入ってな」
「でも、ゲンドールから地球には戻れなかった」
「そう。そうだ。なんだ、君も帰ろうとしていたのか」
「いいえ。俺は……地球には帰りたくないですから」
「なぜだ? 君だって苦しめられただろう? 散々酷い目に合わされ、最後は死んだんだろう? 老衰ではなく」
「ええ。でも俺は、そうしたいと思って死んだだけです。生まれ変わってしばらくの方が不幸でした」
「ならばそんな世界、いたくもないだろう? ついに帰る手段を見つけたんだ!」
「ここに帰る手段があるんですね」
「そうだ。このエクスカリバーはわしと同化している。これを持ったまま地球へ戻り、そして何もかも破壊しつくしてやる。復讐だ……よくもよくも蹴り飛ばし、仕事を奪い、白杖をへし折り、歩行すればあざ笑われ、さげすんできた奴らを! 全員駆逐して! 生きたまま骨を一本ずつ粉砕してやるのよ」
「……その先に、何があるんですか?」
「すっきりするだろう! ウジ虫共を蹴散らし、何もかもスッキリするだろう!」
「その先は?」
「何もない。無だ。それで全ておしまいだ」
「つまり自害すると?」
「そうだ。そのためだけにずっと生きて来た! 復讐するためだけに生きて来たんだ!」
「この世界は嫌いですか? この世界であなたはさげすまれたんですか? ……ライデンはあなたをどう扱いましたか?」
「……あの男には感謝はしているが復讐のために利用させてもらった」
「それはあなたが受けた仕打ちと、何も変わらないでしょう! 自分の復讐のためならだれが犠牲になってもいいと? 自分が満足するためなら何をしても構わないと? それじゃあなたに酷い仕打ちをしてきたものと、何も変わらないじゃないか! 確かに酷い仕打ちをする人もいる。それでも、そんな私たちのような障がいを持つ人に、暖かく手を差し伸べてくれる人だって沢山いたはずだ。そんな人たちを巻き込んで、何になるんですか」
「……君だけは分かってくれると思っていた。あの病院の中で、あんな年齢から苦しめられた君なら分かってくれると」
「分かりません。俺はずっと、誰にも迷惑をかけず生きていたいと思っていた。あなたと俺では、考え方がまるで違う。だから俺は、あなたを正します。同じ元日本人。その罪は俺自身が背負いますから」
これが本当に最後の戦いとなる。
きっと……すべてはこの人から始まった物語なんだ。
この人は全てを知っている。
鈴木さん……あなたは荒くれで優しい人だった。
きっと、退院した後、ずっと酷い仕打ちを沢山受けて変わってしまった。
俺よりもずっと不幸だったのかもしれない。
誰も助けてくれなかったのかもしれない。
無念を残したまま死んだのかもしれない。
それは俺も体験したことがあるもの。
悲しくて仕方のないことだ。
だけど……「あなたを、殺してでも止めます」
「真のエクスカリバーとなった紫電級アーティファクト。それと一体化するというのがどういうことか分からないのか。神兵ギルティなど所詮は玩具。シラという女にしむけたのもこのベルウッドだ。この世界はいい。暴力に、残虐に、殺しに満ちている。いくら殺しても殺しても、何の罪にも問われない。最高の世界だった。だが、殺しても殺しても何一つ復讐が叶えられない。同胞を連れ、日本で惨殺の限りを尽くすつもりだったのに、とんだ的外れに育ってしまったようだな。ギルティに入るにしろそうでないにしろ、魂深くに刻まれた不幸は消えん」
「何を言ってるんですか? 俺は不幸なんかじゃない。生前も、今も、とっくに幸運です」
「何をバカなことを。知っているぞ、貴様は……」
「俺は結婚して子供がいて。多くの助け合える仲間がいて。暖かい国と美味しい食事。何一つ不自由ないものが今の俺にはある。それはたった一度、手を伸ばして自ら欲してつかんだ希望から生まれたもの。不幸を呪い続けただけでは決して手に入らなかったもの。全てはその、我が主が起こしてくれたものだ!」
もうここから先、言葉は不要。
全ては手を差し伸べてくれた我が主のために。
いや、自分自身に決着をつけるために。
「封剣……ベリアル、手を出すな。一騎打ちで勝負だ、ベルウッド!」
ついに転生者ベルウッドの正体が明かされました。
恐らく転生者というワードが出てから、ベルウッドってそっちか……? と思っていた方、正解です。
荒くれものと表現していた鈴木さん。
ルインが一宮水花だったころ、入院した同じ部屋にいた人です。
明日、今度こそ本当の最終バトル、ティソーナ、コラーダ対エクスカリバーが始まります。




