第九百八十九話 ミーミルの森から七壁神の塔へ
賢者ミーミルの話によると、この地に引き寄せられたのはウガヤによる影響とのことだった。
そして、俺たちは転生したのではなく、この森の影響で姿がおかしいという話を聞いた。
「つまり俺は元の体に戻れるってわけだな?」
「そうですね。この森は強すぎる魔の者を抑える働きがあるのです。ここに来るまでモンスターに遭遇しましたかな?」
「ああ。ブリザラスドホーク? という鳥型のモンスターや小型のモンスターんかには遭遇したな」
「それらは古代から住む純粋なモンスター。弱かったでしょう?」
「俺らも弱くなってるからな。苦労はしねえが技や術が使えねえから不安はあった」
「お二人の実力はもはやこのゲンドールにおいて危険と推測されるほどお強い。もし将来住む場所が決まっていないのなら、この森にでも住まうことをお勧めしますぞ」
「いや。俺はメルザの下へ戻らないといけない。でも……きっとメルザたちと一緒には住めないんだろうな」
「おめえ何言ってんだ? ギルティをぶちのめしたんだ。あとは戻ってルーン国を盛り立てるんじゃねえのか?」
「それは俺の役目じゃない。俺の役目はメルザを、他のみんなを守ることだ。もし俺の力が失われているわけじゃないなら、俺があの場にいること自体が危険なんだ」
「分かっているようですな。あなたの中には神の力があります。それは危険すぎる力です」
「んじゃ、取り除けばいいじゃねえか。んな力よ」
「恐らく出来なかったんだ。破棄はしようとした。封印の力もこの森から出たら戻ってしまうんだろう?」
黙ってうなずくミーミル。
だったら、俺はメルザとは暮らせない。誤ってメルザを封印してしまうかもしれない。
近づいてきたものすべてを封印してしまうかもしれない。
ならば役目を終えた後、俺は俺自身を封印しないといけないんだ。
それでもメルザはきっと一緒にいたがるだろうが……。
「ふん。まぁ考えてみりゃ俺も行く当てはねえしな」
「お前にはナナーやビュイがいるだろ」
「あいつらには団子屋があるだろ。俺ぁ団子が食えりゃ文句は言わねえよ」
「そんなこと言って、お前死ぬ間際にナナーの団子が……」
「あーうるせえうるせえ! とにかくここを出りゃ一度元の姿に戻れるんだろ?」
「はい、それは間違いなく。それでルイン殿。転生者の件はどうするおつもりですかな?」
「予想通り七壁神の塔にいるんだろう? 対話を試みるよ」
「対話、ですか。エクスカリバーという剣の話はご存知ですか?」
「ああ。ライデン……いや、ヴェライから聞いた」
「左様ですか。せっかくここまで訪れたあなたをむざむざ失うのは忍びない。あなたにとっては酷な相手かもしれません」
「それはどういう……」
「いえ、行けば分かります。しばらく同行しましょう」
「えっ? あなたはここから出られないのでは?」
「ええ。わしはここからは出られない。しかし使い魔はおりますゆえ」
そう告げると、賢者ミーミルは立ち上がって狭い部屋の床に何かを刻んでいく。
不思議な模様だが……その描かれた模様は描いたそばから踊りだすように動きまわり、中央へと収束していく。
そして――「たっははーーー! おいおいクソジジイ。何千年振りだよ! 危うく干からびるところだっただろ!」
「これがわしの使い魔で、お二方に同行するラッピーです」
「ちょっと待てクソジジイ! 誰が誰に同行するって?」
「ラッピー。お主を通してわしの言葉を伝えるように。ゲンドールを支配出来るほどの強さを持つ方々だ。くれぐれも粗相のないようにな」
ラッピー……それはパモよりも小さく蛇のような顔立ちに、頭にはトサカが生えた黄土色の変な生き物だった。
これはもしかして、可愛いペット候補なのか?
「ふーん。全然強そうには見えないけどな。こっちは獣人か?」
「おい。うるせえと食っちまうぞ」
「なんだとー! やってみろこの獣め!」
「おめえも獣じゃねえか」
「おい。それよりもどうやって森から七壁神の塔へ行くんだ?」
「七壁神の塔? そんなとこ何しに行くんだよ?」
「お前はいいから黙ってな」
「わしが移送します。そのままお待ちくだされ」
「森から出られりゃこの姿ともおさらばか。寒いからよ。さっさと行こうぜ」
「……ああ。ここで暮らすかはまだ分からないが、賢者ミーミル。またお会いしよう」
「ええ。わしもまたお会い出来ることを楽しみにしていますぞ。さぁゲートよ、彼の者たちを七壁神へ誘わん!」
再び賢者ミーミルが床に文様を描いていくと、俺とベリアル、ラッピーはその文様に引きずり込まれていった。
――これが移送か。体がずるずると吸い込まれた感覚。結構気持ち悪いな。
家の中から風景が一変して、見覚えのある場所に立っていた。
そしてベリアルは……「おお、本当に戻りやがった! 見てみろルイン!」
「……ぶふっ」
「……おいてめえ。何噴き出してやがる」
「なんだーこの面白い生物は! おいお前。獣より変な生物だ!」
ベリアルは狐耳と尻尾の生えた鳥になっていた。
……合体したのか? 一体どうなってんだ。
これじゃ笑うなって方が難しい。
「嘘だろ? トウマの姿ならどうだ!」
「よせって。それ以上笑わせるなよ。そんな雰囲気じゃないぞこの場所」
以前訪れたときと雰囲気が随分違う。
七壁神の塔上空だけ夜に包まれているみたいだ。
「ここに転生者ってのが間違いなくいやがるんだな?」
「ああ。ほぼ間違いないだろう。この塔、どう考えても最初来たときから異常だったな」
「そーいやぶっ壊れても元通りになりやがるんだよな。おまけに魔の力を封じる元となっているんだよな」
「なんだお前ら。ここに来たがってたのに七壁神の塔のこと知らないのか?」
「ああ。今はそれよりも先を急ごう。あまり悠長にしている暇は無さそうだ」
七壁神の塔再び。
ここから地底へ行けたのは、まだ記憶に新しいのですが……確かに異様な場所です。
そしてここにいるのは……?




