第九百八十七話 これから
広がる青い空に冷たい地面。
一度何もかも忘れて、横たわっていたい気分だった。
ベリアルも覗き込むのを止めて、頭に手を置き一緒に横になっていた。
「あの後、どうなったのかな」
「俺が知るかよ。そーいやおめえの体も少し変じゃねえか?」
「ん? まぁ俺の体が正常だったためしがないから分からないんだが」
「封印が出来ないんだろ。それによ。おめえに施されていたマーク、消えてんな。封印出来なくなったのと関係あるんじゃねえか」
「そうかもな。管理者たちの力も感じない……あれ? ラーンの捕縛網もない」
「ティソーナとコラーダはどうよ?」
「封剣、剣戒……こいつらは出るな。だが、話言葉は聞こえない」
「おめえ、魔族じゃなくなったんじゃねえのか?」
そう言われればそんな気もする。
自分の体全体を確かめてみるが、化け物染みた力を感じない。
「んじゃ、俺たちどっちも転生したってことか?」
「それにしちゃよ。なんで俺たち二人ともガキじゃねえんだ?」
「いやベリアルはガキだろ」
「うるっせえなてめぇ!」
「あーいや悪い。そういう意味じゃなくて」
「じゃあどういう意味だってんだ? くそ、どうにか空飛べたらここがどこだか分かるってのによ」
ベリアルは起き上がると一生懸命飛び跳ねてみせる。
その体で空飛ぶなら術か何かだろ。手を広げても飛べやしないぞ。
鳥の姿が長かったから無理もないか。
「全員無事だったかな」
「そもそも俺たちが無事じゃねえんだ。期待はしねえほうがいいだろ。それよりもだ。そろそろ動かねえとじゃねえか」
「……ああ。ベリアル、お前武器とか技とか使えるのか?」
「舐めんなよ……クンストゥクウル リケ ワゲ ウンリト フィンミクステ テキスル ノミンスラ フィンミクステ ウングイス ファウニキ タァクスル……あれ? クンストゥクウル リケ ワゲ ウンリト フィンミクステ テキスル ノミンスラ フィンミクステ ウングイス ファウニキ タァクスル!」
「……何やってんだ?」
「失われた文字が出せねえ……冗談だろ。俺のエゴイストテュポーンが!」
「つまりお前、技が出せないんじゃないのか」
「考えたくもねえ。だが身体能力はあるぜ!」
「いや、お前もうトウマじゃないから」
「……」
「仕方ない。コラーダの権利を一時的にベリアルに渡すか。モンスターに襲われたら俺一人じゃやばい気がする」
「確かに……おい、早くした方がいいぜ。何か聞こえやがる」
ベリアルの言う通り、確かになにかの鳴き声が聞こえ始めた。
いきなりのお出ましか。急いでベリアルにコラーダの権利を譲渡すると、ベリアルが「剣戒!」と唱えて剣を引っ張り出した。
「やっぱりしっくりきやがるな。俺ぁティソーナよりコラーダの方が相性がいいみてえだ」
「そうか。なんかティソーナも気のせいかわずかに重く感じるんだが」
「フン。俺の剣裁きを見て驚きな!」
ブンブンと振り回すが、今の俺より酷いと思う。なにせベリアルの身長は俺の腹くらいまでの高さしかない。
そーいや俺と一体化してたときもあんまりティソーナとコラーダ、使ってなかったな。
「その剣裁きならまだ俺が勝ちそうだな……くるぞ!」
凍った森の方角から来たのは青色の鋭い爪を持つ鳥、二匹。
こっちの音を聞き分けて来たのか?
「ブリザラストホークだぜ! 氷術を使いやがる。気をつけな!」
「なに、空にいたって……バネジャンプ!」
……あれ。ダメだ。飛べない。
「何やってやがる! 人間なら人間として戦いやがれ!」
「いや、どうやって戦えってんだよ。ダメだ、ジャンプしても……結構飛べるな。鍛えてたからか」
「かー! これだから人間は。いいか! 人間だって術は使えるに決まってる。攻撃を避けつつ術で戦ってみろ!」
んなこと言われても、すごい速さで氷の塊を飛ばしてくる。
かわしながらティソーナで砕けるけど、こんなの突き刺さったら痛いじゃすまないぞ。
「燃斗! ダメだ。俺に幻術は使えない……妖陽炎! あれ?」
「おめぇ、遊んでる場合か!」
真横に伸びる俺。
妖術は使えた。なんでだ? 人間の体じゃないのか?
「妖術が使えるんなら話はええ! ベルータスの術、かましてやんな!」
ベリアルも戦いにくそうにコラーダで敵の攻撃を打ち払っている。
どっちも慣れない状態だ。
いや、ベルータスの術はタルタロスの力がないと無理だろう?
「ええっと……あれか。星の力は使えないだろうから。あれ、俺の腕になんか変な印!? 撃ってみるか! 赤星の矢・破!」
ブリザードホークに矢を構える仕草を取ると、二本の赤い星の矢をつがえていた。
それを撃ち放つと、二匹のブリザードホークを追尾して飛んでいき、突き刺さって落下させた。
「……なんだ今の?」
「俺が知るか。んだよ、人間の体っぽいが人間じゃねえのか?」
「さぁ……よく分からない。言えるのはただ一つだ」
「なんだ?」
「腹減ったからこいつら食うか」
「……はぁ。そいつぁまぁ、俺もだな」
「ベリアルの方はどうなんだよ。術、使えるんじゃないのか?」
「分からねえが、この体に慣れる必要があらぁな」
そう言って鳥だったときの姿勢のようにちょこんと座るベリアルを見て思わず吹き出してしまった。
慌ててあぐらをかくが、その姿勢もどこか変だ。
ブリザラスドホークを近くに引き寄せ、焼く方法を思案しながら再度ベリアルに語り掛ける。
「メルザ、無事……だよな」
「さぁな。だが、おめえの仲間ならきっと助けてくれたはずだぜ」
「そう……だな。なぁベリアル。どうしても行きたい場所があるんだけど」
「どこだ?」
「幻魔神殿だ。それと、七壁神の塔」
「構わねえけどよ。ここ、本当にゲンドールだと思うか?」
「空の雰囲気はゲンドールだ。俺たちの知らない大陸ってなら心当たりはある。シーブルー大陸かディマ大陸のどちらかじゃないかな。こんな氷の森があるならベルドが話していそうだし、ディマ大陸が妥当かな」
「んで、俺たちはなんでここにいるんだ」
「さぁ……」
「肝心なとこが何も分かってねえじゃねえか! どうやってこの大陸出るんだよ!」
「んー、歩くか」
「はあ? おめえ、マジか」
「ああ。他に方法あるか?」
「仕方ねえ。付き合ってやるよ。体を慣らすためだけどな」
「なんでもいいさ。食ったら行こうぜ。この氷の森、抜けられるかな」
なぜだろうな。俺はこの状況がとても楽しく思えていた。
それと同時にどうしたらメルザに無事を伝えられるかを考えていた。
「なぁベリアル。俺の安全をみんなに伝える合図って何だと思う?」
「知るか!」
未知なる大陸にいるベリアルとルイン。
元々一つだった彼らの小さな冒険。
氷の森には一体何が……?
ちなみにベリアルが唱えていたのは、ルーン文字で詠唱していたものと同じものです。




