第九百八十六話 絶対なるもの同士の戦い終焉 魂を捧げ、魂を砕く パリスの審判
ベリアルと分離して行動するようになってからずっと考えていたことがある。
性格はひねくれてるし、発言も傲慢だ。だが、自分勝手に行動するわけじゃない。
常に俺のそばにいて行動してくれた。
俺の封印は別に束縛されるような力じゃなかった。
自由気ままにいつだって俺から離れられたんだ。
なのにあいつは俺のそばで戦い続け――「だから俺はさ。あいつ、大嫌いだったんだよ。なのにあいつはさ、俺から離れようともしない。結果、これだよ。本当、バカ野郎はどっちだよ……」
俺はライラロさんとベルベディシア双方にあるレヴィアタンとバルフートを、自らにラーンの捕縛網で繋げていた。
彼女たちは俺の表情を見て、涙を流しながら下を向いていた。
「あんたの心と繋がっちゃってるのね。もう、いいわ。戻れなくてもいい。好きに暴れなさい。ここまでずっと、私だって一緒だったんだから」
「そうですわね。ずっとずっと、大切に思っていたんですのね……」
俺はシラと対峙し、自らの体を取り込ませながら奴を切り刻んでいた。
治癒と切断、その双方を繰り返し、シラに痛みを与えていた。
「人はこんなにも辛く悲しい心をもってしまうのですわね。わたくしには見える。人こそ最も、愛に苦しむ生き物なのだわ。わたくしにはこれほどの悲しい心、耐えられませんわ」
「私もよ。ルインはずっと暗くて狭いところで生きていた。こんなの、ただの生き地獄じゃない……」
バルフートとレヴィアタンに、俺の身を打ち砕くような攻撃を行わせ続けた。
それでも俺は死なない。ただ苦しく、痛いだけだった。
それは体の痛みなんかじゃなく、張り裂けそうな心の、痛みだった。
「ウガアアアアアアアアアアアアア! ナゼ、ナゼ……完璧ナ存在ガ」
「俺の一番大切な主はメルザだ。だけど、俺がメルザをそう思うように、あいつは俺を……主としてそう思っていたんだ! だから……取り残されたメルザの気持ちがようやくはっきり、分かったよ。でも……」
シラは無表情のまま叫び声を上げ続ける。
これはもうただの……人形と同じ。
顔と体の半分が、機械にへばりついているだけの存在。
そこからしゃべっているように見えるだけ。
だから――「二人とも、もう、いい。メルザを頼んだよ。レヴィアタン、バルフート。俺ごと滅ぼせ。パリスの審判! そしてイネービュよ。全ての封印者を、俺から解放しろ!」
レヴィアタンとバルフート双方は大きく天を仰ぎ、持てる力全てを無理やりに引きずりだされる。
その攻撃は、神の怒りに触れた生物が幾度も滅びるほどの高威力を俺とシラに向けて放出した。
ウガヤの洞窟ごと破壊し、洞窟の崩壊が始めるとともに、ライラロ、ベルベディシアたちは大きく泉へと吹き飛ばされた。
それをリルとベルギルガがキャッチして、泉へと飛び込んだ。
「僕たちには、ただ見ることしか出来なかった。彼の思いを受けて、彼女たちを救ってやることしか出来なかった」
「お前、泣いてるのか」
「当たり前だよ。僕にとって彼はかけがえのない友だった。でも、彼に差し伸べられる言葉が、僕には無かったんだ」
「俺は泣かないぜ。だってよ。あいつは死なねえ! あの鳥だって死なねえ! 俺はそう信じているぜ」
「君……変わってるね。本当にそうなってくれればどれほど嬉しいことか」
「ルイン! ルイ―ン!」
「ダメだってメルザちゃん! もう、もう!」
「主? なぜまだここに!」
「見せるんじゃねえ! ああ……遅かった」
「ダメだ、もう崩壊する! 泉の中へ急いで!」
「ルイ……ルイーーーーン!」
――俺はシラと一つに結びついているような感覚だった。
最後の攻撃の瞬間、俺はシラに完全に取り込まれていた。
シラ……神兵ギルティ……俺こそが、神兵ギルティの本体。攻撃しても倒せるはずがない。
そんな予感はしていた。欠けている穴を埋めたベリアルと、そして俺。
半分ずつ攻撃したからこそ、完全体にならず、消滅させられた。
どちらの魂も必要だったんだ。その魂を捧げ、打ち砕く。
これで、世界は救われるんだ。
シラの記憶が俺へと流れる。
正常だったころはずっと、メルザを探していた。
最初は腕を集めるなんてことはしていなかった。
シラの歴史もまた、壮絶なるものだった。
だが、これで全ては終わった。終わったんだ……ただただ、ルーイズへの想いで、埋め尽くされていただけだった。安息の地。そこにいけばルーイズと二人、幸せに暮らせると。
そんな幻想の一欠片だけがわずかな記憶に残っていた。
「まだ、この洞窟の褒美を受け取ってはいないだろう。カイオス」
「あ、れ……」
「何を望む。このウガヤに。絶対神をまとわぬお前に敵意は無い。さぁ選べ、カイオス。お前はかつての友であった俺に何を望む。富か? 自由か? 不老不死か? 世界を支配したいか?」
「ベリアルを、直してくれ。みんなを、メルザを……頼むよ」
「変わらんな、お前は。欲張りで、その欲は全部他人のため。幾千年時が経とうとも、カイオスのままだ。だからこそ言える」
「それ、は……魔の宝玉……?」
「まだ、やることがあるんだろう? さぁ立て、カイオス。お前は俺たちにとっての……」
――俺は、気付いたらまったく見覚えのない場所にいた。
ここはあの世じゃないのか? かなり気温が低く肌寒い。肌寒い? 久しく味わっていない感覚だ。
周囲は……氷の森のようだった。
そんな景色を見渡して、直ぐに気付いたことが一つある。
それは、小さな尻尾の生えた子供の男の子がいたからだ。
頭の上には狐のような耳まである。
こいつが俺を助けた? いや待て。神兵ギルティそのものか!?
うかつに近づいて平気なものかどうか……だが、待てよ。
俺、確かに死んだよな。
「それにしても一体、どうなったんだ……地獄、天国なんて世界、今じゃ信じられるけど」
「……おお? あー、ああ。あーー! んだよやけに体が重てぇ……あれ? 魂じゃねえな。どこだここ」
「……おい」
「ああっ? なんでおめえがこんなとこにいんだよ。まさかおめえ……せっかく助けてやったのに死んだのか?」
やっぱり、ベリアルなのか。
てことは俺たち死んだんだよな。
「ベリアルの攻撃だけじゃ、シラを倒しきれなかった。だから俺を犠牲にして、それで……」
「クッ……そうかそうか。つまりおめえもおっちんだってわけか。ちゃんとシラは倒したんだろうな」
「俺とお前が神兵ギルティの本体だったんだよ。だからどっちも死ななきゃ倒せなかったんだ」
「ふーん。まぁトドメをきっちり刺したんなら良しとしようじゃねえか。んで、ここどこだ?」
「俺が知るか。混乱してんだよこっちも」
「情けねえな。ちったぁしゃきっとして考えろや」
「考えてるって言ってんだろ! 少しは静かにしろ! 全く。悲しんだ俺がバカみたいじゃないか」
「そーいやお前泣いてやがったよな? ハッハッハッハ! このベリアル様が簡単にくたばると思ってやがるのか」
「……だから俺たち死んだんだって。はぁ……それにしてもベリアル。お前その恰好」
「恰好? 恰好っておめえ……うお、なんだこりゃ。狐人か? なんでこんな姿だよ、おい」
「俺が知るか。あー――! 混乱してわけがわからん。いったん封印に戻れ、ベリアル……? あれ、封印、誰もいないどころか黒衣すらないぞ。どうりで寒いわけだ」
「なんだと。そんじゃもう中に入って屁をこけねえじゃねえか」
「……お前な。その辺の岩で殴ってやろうか」
「上等だかかってこいや! 人型で殴り合えるんならちょうどいいぜ。根性無しのその面、思い切り殴ってやるぜえ! って手が短けぇ! おいおい、子供じゃねえか、この体よ」
「はぁ……ダメだ。少し横になる」
俺はドサリとその場で仰向けになった。
考えるのは止めだ。
今は見上げられるこの空を喜ぶとしよう。
ベリアルと共に――「顔覗き込むな。少し空を見上げたい気分なんだ!」
イネービュではなく、助けたのはウガヤでした。
そしてウガヤの恩恵を消したのは絶対神の加護。
全てを解放しウガヤが手を差し伸べ……ルインとベリアルは無事に、どこかへ放り出されたようです。
神兵ギルティの魂が無いのは、ルインとベリアルの魂が神兵ギルティの魂で、その穴埋めを施していたのがシラ、という設定だったんですね。しかしシラは既に亡く、機械的に破壊の意思で動く存在となり果てていました。
と、大分複雑な設定を考案していました。
とにかく、ベリアルが無事? で作者は一安心。
皆様には一話分間が空き苦しい思いをさせてしまいました。すみません。
さて一体どこに飛んでこのあとどうなるんでしょう?
今しばらく物語をお楽しみ頂けるよう、引き続き毎日頑張って書きます!
パリスの審判について。
これはギリシャ神話に登場する戦争の火種となる話です。
これはトロイア戦争にかかわるとても面白いお話なので、気になる方はギリシャ神話を見てみてくださいね。
神話というのも後ろに話がつくくらいなのですから、基本的には物語なんですね。




