第九百八十一話 絶対なるもの同士の戦いその二、壮大なる賢者の石
「こんな世界を見られるなんてな……」
「……すっげー」
俺とメルザは巨大な淡く光る、やや紫がかったいびつな石の前にいた。
ここは思念の世界。メルザの手中にある賢者の石。
そして俺の中にある管理者、ブレアリア・ディーンが持っていた賢者の石。
その二つがそれを見せる世界なのだろう。
二人でその石に手をつけ、俺たちは世界中の事象、理などを目にしていた。
この石は、引き出したい情報を簡単に引き出せるものではない。それに関わる別な情報が邪魔をするのだ。
例えば石を索引するなら、石とは何を表す言葉なのか。その定義を知ることになる。
そして、石に分類される情報一覧が出てきてしまうわけだ。
読み解くのが容易なはずがない。
俺が調べたのは神兵ギルティについて。つまり範囲が広すぎる。
あの本体を倒していいのかが分からない。なぜ封印出来ないのかも分からない。
絶対神すら封印する俺が封印出来ないということは、こいつ自身が俺と同等の封印者ではないのか。
そう考えたのだが……読み解く限りそんな兆候はない。
読み進めていると、隣にいるメルザが声を上げた。
「昔の世界はこんなだったんだな。ジャンカの森もねーしよ……あ、そんな高くに行っちまうと見えねーって!」
「メルザ。遊んでる時間は無いぞ。ここは恐らく時間軸が同じだ。読み解く部分をわずかにしないとベリアルが墜落したら酷い落ち方になるから」
「んー、分かった。へへっ。俺様はずっとこうしててもいいんだけどな」
肩に寄りかかってくるメルザ。
すまないな。まともに甘えさせてやることも出来なくて。
それだけでも嬉しそうにしているメルザに、読み解いている手とは逆の手で引き寄せ、頭を撫でてやった。
「続きを読むぞ」
俺が見ているのは過去の出来事。神兵ギルティという個の存在を追っている。
元々は本当にただの残忍な神兵だった。
身体能力が高く、見ている神魔対戦においても十全な実力を発揮する猛者。
だが、俺たちが今対峙している化け物の姿かたちとは程遠い。
過去のギルティはただの人間そっくりだ。
神の力を有するほどには見えないが……「メルザ、手を離して見るのを止めるんだ!」
急いでメルザだけ手を離させた。
こいつは狂っていた。
仲間と敵双方に手を当てて……飲み込んでいった。
死体でも生きていてもどちらでもだ。
飲み込んで力が増すのはまるで妖魔のようだが、取り込むと飲み込むの違いだな。
仲間から恐れられ……一人で戦う者になった。
そして最終的に双方から攻撃され、封じられた。
だが、封じられる前には既に、個ではなくなっていた。
追い込まれた孤独から別の存在を生み出す能力を得て、各地にばら巻いていた。
もしかしたらこいつを倒すヒントは分体にあるかもしれない。
……と、賢者の石を読み解いていたら、メルザに手を握られた。
少し没頭し過ぎていたようだ。
「すまない。残酷な情景が浮かんだんだ。もう大丈夫だ」
「うん。俺様はもう見なくていいや。この手……握ってる方が落ち着くからよ」
「ああ、分かった」
メルザは、片腕しかなくなった。
……両腕を一度失ったメルザは、ブネに片腕をもらい、もう片方の腕を再生させた。
その再生させた幻魔の片腕を、シラが持っていたギルティに奪われ、失った。
残っているのはブネの真っ白な腕だけ。そしてブネは、アクソニスと一つの存在だった。
アクソニスはシラを操り……と、皮肉で残酷なことがメルザには起こっていた。
だからこそ、メルザにはシラが本当の親であることを知られたくない。
「今のところめぼしい手がかりはない。やはり鍵はシラにあるんだろうけど」
「なぁなぁ。俺様、幻魔なんだろ? 幻魔ってなんなんだよ」
「それを調べてみようか」
時間さえあればもっと調べたいことはあるんだけどな。
それにしても、カルネに宿った賢者の石こそ本物の賢者の石だ。
新しく生まれたブレアリア・ディーンに与えられていた賢者の石は若いんだ。
同じものとは到底言えない。だが、それも賢者の石であると言える。
――再び賢者の石に触れると、幻魔についての情報……いや、これだと大量の知識が発生してしまう。
何か……そう、幻魔神殿について調べよう。
情景が一変して幻魔神殿が目の前に現れた。
アルエス幻魔神殿のような建物が見えた。
この神殿にはろくな思い出がない。
だが、神殿とはそもそも神を祀るものだ。
そして幻魔……つまりゲン神族を祀るものに違いない。
常闇のカイナのボスであったシラが、ここを拠点にして活動していたのは、奴自身がアルカイオス幻魔だったからだろう。
レミはどうか分からないが、キャットマイルドたちも幻魔側の者だった可能性がある。
全ては神魔対戦から続くゲン神族と絶対神との争いか。
この神殿の中には祈りを捧げるものがいた。
「主よ。お導き下さい。我々が平穏に暮らせる場所へ。どうか、どうか。金の幻、銀の幻、祈りを持ってかの者の真髄を呼び覚まさん。持つべき力を幻の形に。どうか、どうか。金幻様、銀幻様」
今のはジョブカードを使い職業を変更するときの祈り……いや違う。そうか、あれは神に祈る儀式なんだ。
絶対神側の生み出した者をゲン神族側への力と変える儀式?
そして、金幻と銀幻。そう呼んでいた者がゲン神族か。
「抗いなさい。戦いなさい。屈服させなさい。支配しなさい。あなたたちの住む場所を守りたいのなら」
「支配されるか。支配するか。生物はその二つしかない。殺生。表裏。勝敗。盛衰。迫る者共を打ち崩す。そのための力を授けよう」
これがゲン神族か。絶対神とはまるで異なる理。
この二柱……戦の神だ。
少し透き通って見えるが、この二柱にどんな平穏を説説いても無駄だ。
祈りを捧げていた者は姿が大きく変化していく。
元々は紅色の髪に瞳だったが……力強くたくましいモンスターへと変わってしまった。
これが過去の幻魔神殿の秘密か。
今更だな。もっと早く知りたかったよ。
そして神兵ギルティの姿が変わったのは……ゲン神族の力が影響しているかもしれない。
「おいルイン!」
ベリアルの声が聞こえて、俺は急いで手を離し、賢者の石の世界から戻った。
戻った場所は空中。かなりの高度。
下から無数の手がこちらへと迫ってきていた。
「急に暴れ始めやがった! もっと上行くぜ。しっかりつかまってろ!」
「どのくらい時間が経った?」
「そうさな、呼吸を百回くらいする時間は経ったぜ」
あれだけでそんな時間を取られたのか。
まずいな……これ以上探れそうにない。
「なぁルイン。やっぱあの女を倒しちまえばいいんじゃねーのか?」
「フェネクスは最初からシラ狙いだった。シラ本体をなぜか攻撃出来ないんだ。それで腕を切り落としたんだよ」
「んじゃよ。あの本体ごと燃える大きさの炎で包んだらどうだ?」
「そいつぁ今の形態じゃ試してねえが無駄だろうよ。前の形態では完全に無効だったからな。形態を変えて劣化するとは思えねえ。むしろ形態を無限に変えて強化される可能性すらある」
ベリアルの言う通りだ。奴が神そのものであった場合、倒すのは不可能だろう。
魂を封じるしかないわけだが、奴からその魂が感じ取れないでいた。
だから行動も機械的で……機械? 待てよ。神兵ギルティという存在がいた。
そしてそいつは封印された。
そいつが復活して……そう思い込んでいただけじゃないのか?
あいつは機械で、単にパーツ集めを自動的に行っていたならどうだ。
シラがついているから本体? シラをどうにかすればあれが止まる?
あれは世界を滅ぼそうとしている?
その前提が全ておかしいとしたらどうだ。
「そうか……分かったかもしれない。ベリアル、ヤトカーンの下へ向かってくれ。この手は俺が対処する!」
飛び出そうとしたがメルザに裾を引っ張られた。
そうだった、メルザを……「なぁルイン。俺様さっきからずっとよ。言われたとおりにガラポン蛇出そうとしてたんだ。そしたら……出ちまった」
「シャアーーーーーー!」
……なんだと?
本日分は非戦です。
しかしながらようやく幻魔神殿の謎が。ちょっと懐かしいですね。
金幻と銀幻。さてさてどう絡んでくるのでしょうか。
そしていいところで終わりました……。




