第九百七十六話 崩落の狂騒曲
揺れ動く地面の中、十王にギルティをとどめさせている間にルインズシップを目指した。
「メルザ。一体どうやってジェネストの目を盗んできたんだ?」
「んとよ? 俺様とカルネそっくりの形をした、団子みてーのをカルネが作り出してよ。美味そうだったな」
……よく分からないが、ジェネストをだませるほどの何かをカルネが作ったのか。
さすがは賢者の石保有者。我が娘ながら将来が恐ろしい。
「ルイン。このままだと間に合わないね。主を先に領域へ戻して、フェルス皇国に向かった方がいいよ」
「嫌だ! 俺様、離れたくねーもん」
「でもそうしないと、ルインズシップに乗せたジェネストたちは死んじゃうけどいいの?」
「う……じゃあルインも一緒だ。それが条件だ」
「ふう。そうだね。それじゃ子供のカルネちゃんから連れてく。サラが待ち構えてるはずだから」
そう言って右拳にある緑色の眼を俺へ向けると、にこりと微笑むリル。その後カルネへその眼を向けると、一瞬にしてリルもカルネも消える。
メルザが俺の方を見て急に叫ぶ。
「うわーー! ルインの首にへんてこな眼があるぞ!」
「ヘンテコな眼? ああ、きっとマーキングだな。この能力、死霊族のものに似ているな。シカリーたちは無事脱出できたかな」
「なぁルイン。あれ、なんだ?」
割れる地面をギオマの背中に乗りながら、メルザが指で指し示す方角を見た。
なんだ? 地割れに何か引っかかってる? と考えていたら、リルが戻ってくる。
「時間がない。次は主の番だね」
そうして次々にリルが領域へ運んでいく。
メルザにはそのままフェルス皇国側へクリムゾンを連れて出るように伝えておいた。
「ふうふう。やっぱり疲れるね。あとは君と僕だけだ。あっちは大丈夫そうだよ」
「なぁリル。少しだけ、待ってくれないか」
神兵ギルティからの距離は大分離れた。
そろそろ十王も招来が解ける。
だが、メルザが示した方角が気になってしまった。
もし俺の仲間だったら。いや……そうでなくても助けられる者は助けたい。
「行ってみるかい? その竜の速度なら直ぐだろうし」
「ギオマ……すまないが」
「フヌゥ。分かっておる」
急ぎ砕けた地面すれすれまで飛んでもらうと、そこには見覚えのある男妖魔二人。見覚えのない男妖魔一人と女妖魔が一人いた。
……このままじゃ、死ぬ。
「リル。送ってやってくれ」
「数が多い。間に合うかな」
「顔見知りなんだ」
「あれ? もしかしてあいつ……フェルドナーガの? おかしな髪型だね」
「フェルドジーヴァだ。なぜこんなところにいる。そしてもう一人はベルギルガ。ベルータスの息子だ」
「あんなの領域へ入れて平気だと思う?」
「フェルドジーヴァはともかく、ベルギルガは大丈夫だ。ギオマ!」
「フヌゥ!」
砕ける地面に必死につかまり、死にかけの妖魔二人を助けているこいつらを、見ぬ振りなんて俺には出来なかった。
「お前は! 無事だったかぁー! だが、よせ。早く逃げろ! もう助からん!」
「リル、頼む」
「仕方ない……ね。それが君だもの」
フェルドジーヴァから順番に送っていく。
一番最後に残ったのがベルギルガ。
一体ここで何をしていた?
「おい、ヘドロまみれのルイン。いや、ベルアーリ。へへっ。お前の親、助けてやったぜ」
「俺の……親?」
「さっきいた女。あれはお前の母親だろう?」
……俺はその場で強いショックを受けた。
全く分からなかった。
もう一人いたのはたまに聞こえて来た男の声の方か?
俺の、母親? そんなもの、もう……。
「ルイン。しっかりして。もう一人送るから……あ、ああ!」
「リル?」
「ごめん。そんなまさか。回数に制限があるの? ダメだ、ダメだよ。これ以上発動出来ない」
「少し高度を上げてもらう。二人ともつかまっていろ!」
地底が次々と崩落していく。
俺、リル、ベルギルガを乗せたトウマは上空へと昇っていく。
そして、地底深くにあった水が地面にあふれ始めた。
さらに……神兵ギルティの姿はもうどこにも無い。
……自分の分体を求めて移動したか。
「ベルギルガ。せっかく助けようと思ったのにすまない」
「俺とジーヴァをなぜ助けた。お前らだけ戻れば、生きられたんじゃないのか!?」
「二度も同胞を置き去りになんて……出来るかよ」
「くっ……ヘドロまみれのルイン! お前ってやつは……」
「君、ヘドロ使いになったの?」
「そんなこと話してる場合じゃない。手を考えろ……」
「見てよ。空が……!」
そう言われて地底の空を見上げた。
地底の世界というのは地上と変わらないような世界が広がっている。
つまり空に境目などはない。
だが、空は闇におおわれ始めていた。
「光が無くなるよ、どうしよう」
「リル、封印へ。ベルギルガ。お前を封印する」
俺はリル、それにベルギルガを半ば強引に封印し、何か手がないか付近を観察していた。
しかし、周囲は闇に飲まれ始め、地面はほとんど水に飲まれている。
自分が死ぬことを考えると、過去の思い出がよみがえるというが……。
水、か。あの日も激しい雨に打たれていた。
俺は何かの乗り物に乗せられ……地上へ。
地上へ? 一体どうやって?
アトアクルークからか? あの湖は地上へ繋がっていた?
それはどこだ。
ジャンカの森にあった……泉か。
それならば……「ギオマ。アトアクルーク湖跡地まで行けるか!?」
「ウヌゥ。可能だが、フェルス皇国とは逆方向だ。よいのか?」
「ああ。それでだめなら、せめてお前たちだけは全員、アルカーンの領域へ送る。その後どうなるかは分からないが、このまま水に飲まれ、地底と共に死ぬよりはましだろう」
「我は構わぬがなァ。眠りから覚めてルインと共にモジョコを助けたり、楽しかったぞ」
「ギオマ……ああ。お前に乗って空を飛び、地底を飛び回るなんて思ってもみなかった」
――狂乱の終着点、アトアクルーク湖跡地。大渦が発生していて、既に浮かんでいた神殿は跡形もない。
残骸だけが渦へ飲み込まれている。
「ギオマ。封印へ」
「溺れてしまうぞ?」
「ああ。神に愛され、神に嫌われた者。絶対神イネービュの加護にでもかけてみるさ」
「我ら封印されし者は貴様を必ず……ルインよ。何があっても死んではならぬ」
「まだ、死ねないさ……スペリオルタイム!」
ギオマを封印すると、俺は単騎、荒れ狂う水流へと飛び込んだ。
地面、あるいは上空にあったあらゆるものが押し流される中だが、この状態なら泳げる。
頼むよ、俺はまだ……死ねない。願わくばまた、あの雨の日のように。
俺をジャンカへ誘ってくれないか。
この、崩落の狂騒曲とともに……。
ついに垣間見えたルインの親族は、ベルギルガが助けていてくれました。
一度ならず二度まで助けてくれるベルギルガさん。彼はルインの残された数少ない親族です。
狂騒曲、これはカプリッチョとも言われますが狂詩曲……つまりラプソディと紙一重です。
狂騒曲の方が気まぐれ感が強いというか、狂詩曲も気まぐれだなぁと思う部分が強調されていて、あれ、同じかな? とも思います。発送的には詩の内容が気まぐれで面白い。
狂騒曲は舞台に合いそう、ということで狂騒曲にしてあります。
読み方はラプソディでもカプリッチョでもいいと思いますが、カプリッチョって響きよりラプソディの方が格好良く聞こえるのはなんででしょう? ラプソディ、すごくいい響きだと思いませんか?
ちなみに幻想水滸伝4の番外でラプソディア、というゲームがあったのですが、これがすごく好きでした。
本編よりこっちが本編じゃない? って感じたのを覚えています。




