第九百七十四話 戦慄のエチュード
神兵ギルティ本体を中心に取り囲むように、分体が三体。
西、中央、東に一体ずつ。
色は猛毒のような紫色へと変貌し、腹が引き裂かれ口のように変化。そこから無数の手が伸びている。
目は顔面、肩峰部、上腕部、胸郭部分、脚部分にそれぞれある。
そんな奴が本体を含めれば四体、目の前にいる。
恐らく先生が戦っている後方の一体も同一の形状だろう。
正確にはゆっくりと移動しながら戦っている。
狙いはメルザか、あるいは幻魔たちなのか。
観察は続けているので、何か起こる前に直ぐ対応は出来るだろうが……俺は先生を信じている。
「二人とも。最初は様子見だ。そいつらを倒していいかどうかも分からないんだ。ぬかるなよ! 封剣、剣戒!」
「あんたも言うようになったわね。私を誰だと思ってるの? あんたの妻の師匠なのよ?」
「戦闘経験ならわたくしたちの方が上。経験の浅い青二才は黙っていなさい!」
逆に突っぱねられてしまった。ぐうの音も出ない。
ギオマ、ベルベディシア、ライラロさん。全員一体何歳なんだろうな。
この世界で年齢など、関係ないか。
「先に行くわ! 全てを埋め尽くす水よ。あらゆる生物を濁流に飲み込み、息絶えさせよ。我が振るうは慄
水の調べ。これが最高最悪の、愛しきベルディスに捧げる愛の形! 混沌の大海嘯!」
海を司るあらゆる海獣の中で最も崇高で扱うのが難しいレヴィアタン。
四つの角と洗練された青で統一された竜のような姿を持つそれは、前爪を地面にぎりぎりと縛り付けるようにし、首を後ろに引いて、発射砲台のような形成を取ると……口からあふれんばかりの大海嘯を発生させた! 見渡す限りが海水でいっぱいとなるほどの水量。
これが、神イネービュも驚嘆したレヴィアタンの真の実力か。
俺が昔使っていたような生易しい海嘯とはまるで違う破滅的な規模だ。
シーザー師匠にそんなものを捧げたら怒……あれ、なぜだろう。笑いながら対応する師匠が見えるようだ。
大海嘯にに分体と本体は飲まれ、遠方のアトアクルーク湖跡地まで押し流されていく。
ダメージは与えられずとも動かすことは可能、か。
さらに言うなら海嘯が近づいた段階で腹の口部分から伸びていた無数の手が、海嘯を捕まえようと水にばしゃばしゃと触れてもがいているようだった。
「血詠魔古里ほど、生物を操るのに長けた種族はいないのですわ! あなたの能力、全て詠んで差し上げましたわ。いきますわよ! 破壊と殺戮の衝動、海とて我が意に敵うはずも無し。踊れ、叫べ、血に惑え! 最古にして無気の力。我が名はバルフート也。世界崩壊!」
レヴィアタンの隣に構える数万の翼を持つバルフートが、浮上したと同時にその翼を海嘯に飲まれている神兵ギルティに向けて撃ち飛ばしていく。
数万にも及ぶ羽の攻撃を加えながら、口元に爆熱の光を発し……光のボムのようなものを幾度も打ち放っていく。
「ば、やりすぎだ!」
一発が着弾しただけで、天高く轟く爆煙と爆炎が上がる。海嘯の水が高々と撃ちあがると、それは熱で気化していく。打ち終わりが止まらない。
言うなれば一つ一つがMOABに等しい。
さらに追い打ちでギオマがありったけのブレスを放出していく。
集中攻撃に次ぐ集中攻撃だが、これでは近づけない。
切り込もうと思ったが、とんだエチュードだよ。難易度が高すぎる。
「ああ、気持ちい! ようやくぶっ放せる相手が出来たわ! 地上で使うとベルディスが嬉しそうに怒鳴るのよね」
「いいですわね。戻ったらあなたと殺り合うのもいいのだわ!」
「それもそうね。でも……私たち、戻れるかしらね」
「効いていないわね。あり得ない。あり得ないのよ。あり得ないのね。あり得ないに違いないのだわ!」
神兵ギルティは、あれほどの攻撃を受けても、その形態に何一つ変化がない。
こいつはやはり、事象のずれか、あるいは存在そのものが傷を負わない存在か。
シラの様子を見るが、あちらも変わっていない。
あれを引き剥がさない限りこいつらにダメージは通らないって読みが一番しっくりくる。
「二人共。爆破系ではない攻撃で引き付けてくれ。ギオマ! ベルローゼ先生の援護を。攻撃が通るようにならない限り向こうもじり貧だ!」
「通るようになるのだな。期待しておるぞ! グッハッハッハッハァ!」
「わたしたちの魅力で引き付けられない相手なんていないわ」
「……いますわよ。そこの男なんか特にそうですわね」
「あら、案外ちょろいものよ。あんたに足りないのは積極的な押しだったんじゃないの? サラって子を見習うといいわ」
この状況でおかしな会話をする二人だが、まだまだ戦えそうだ。
それにしてもレヴィアタンにしろバルフートにしろ、火力があり過ぎる。
あれでは燃費が悪いだろう……「二十秒。今の俺の限界点。スペリオルタイム……」
バルフートやギオマを放出しているとはいえ、凄まじい力を感じる。
スペリオルタイムを使用して一気にギルティ前まで躍り出ると、分体の方から俺へ向けて手が伸びる。
それを水圧のブレスで弾き飛ばすレヴィアタン。
俺の上空は鋭い羽が幾度も通過してくる。こちらはバルフートだろう。
伸びる手の数が尋常ではないが、羽での攻撃も尋常ではない数だ。
数には数で対抗ってのは理に適っている。
本体の肩まで流星で上ると、ギロリと肩にある薄気味悪い目がこちらを睨みつけてくる。
まずは、コラーダの力を用いることにした。
「リーサルレデク・ルージュ……いける!」
目の力を乗せ、シラが生えている部分を切断しにかかる。
ギリギリと紅色に染まったコラーダが、神兵ギルティの本体へ突き刺さる。
分体に動きが見えないのはなぜだ……。
その肩部分を切断はするが、切断したそばから元に戻るのは変わらない。
「悪いなコラーダ。そこではまっててくれ」
シラとギルティの境目より少し離れた肩峰の切断部分にコラーダをねじ込んだまま、もう一方の剣、ティソーナでさらに切断しにかかる。
気色悪い色の血しぶきが上がるが、この状態でも切断部分は戻り、コラーダが奴に埋まる。
そしてティソーナも同じく切断部分に埋まったままだ。
「ラモト・ギルアテ!」
さらにそのティソーナが埋まったところに青白い文字を発生させ、肩に大爆発を起こさせる。
一瞬シラと腕ごと吹っ飛んだのを見て、すぐさまそれを抱えて離脱した俺は、ギルティに吸い込まれるような感覚とともにギルティに密着していた。
やはりおかしい。今、肩から先は確実に吹き飛ばした。
「封剣、剣戒……戻れ」
流星で再び距離を引き離し、ライラロさん、ベルベディシアの位置まで戻る。
「おかしいわね」
「そうですわね。あれは再生じゃありませんわ」
「ああ、間違いない。こいつは切断されたことを無かったことにしている。切断されたことは間違いないが、切断という事象が起こった後にそれを無効化してるんだ」
「どうするのよ。対応方法ある?」
「かなり厳しいんじゃありませんの? わたくしですら思い浮かびませんわ。たとえ電撃を当ててもその効果が無かったことになるなんて」
「ある。俺は……管理者の力を持っているからな。ただ、都合よく何でもってわけにもいかないんだ。特に闇の賢者の力は読み解くのに時間が掛かった。カルネもいつか気付くんだろうな。さて、エチュードは終わりだ。次は……死神のカンターレといこうか」
ミールストームというのは本来、大渦という意味になります。
バルフートとレヴィアタン。それぞれが使用する技はルインが使うとどんな技になるんでしょうね。
肩峰のお話です。肩峰について詳しく書くと医学用語を並べないといけないので表現を分かりやすく簡潔に。首側面から繋がる(鎖骨や肩甲骨側に行かないで)肩の上部分を肩上部と言いますが、その一番上腕骨寄りの先端部分の骨を肩峰と呼びます。ここを指標にして長さを測ったりもするので、洋服を作っている方などにはなじみが深い言葉かもしれませんね。
さて、明日分第九百七十五話は、ルインの言葉通り【死神のカンターレ】という題目になります。
カンターレとはイタリア語で歌う、という意味合いになります。
引き続きお楽しみ頂ければ幸いでございます。




