第九百七十三話 ユニカ族のライラロと血詠魔古里のベルベディシア
ルーニーをメルザの下へ送ると、俺の付近まで遠回りしてきたルインズシップが付近まで来た。
ギオマはそのままベリアルの方へ飛んでいき、こちらを一瞬だけ見ただけだった。
ベルベディシアを守るように伝えて置いてったから怒ってるのか?
そして……「妖魔君! あーちょっと受け止めてーーー!」
「血が足りなくて目が回りますわぁー!」
「お前ら二人同時に飛び降りてくる奴があるか!」
「三人なんで、自分も頼んますぜ!」
一、二、三とバネジャンプで落ちてくるヤトカーン、ベルベディシア、アイジャックをひっつかんで受け止めてやる。
普通に降りてこい! こっちは攻撃の手を緩められないんだよ!
「もう! 心配したんだよ! あんな姿になってたの見て、ベルベディシアが船ごとベオルブイーターに突撃しようとしてさ。止めるの大変だったんだよ?」
「べべ、別にわたくしはちっとも心配なんてしていませんわ。何言っているのかしら。血が少し不足していただけですわよ」
「なんならヤトの姉御もずっとおろおろしてやしたぜ」
「それはそうだよ! せっかく面白い妖魔に会えたんだから。それで、連絡受けたけど意味がよく分からないの。どういうこと?」
「お前たちはこのまま船に戻り、残された奴がいないか見回った後冥府に向かえ……と、今度はなんだ!?」
突然グラリと揺れた感覚に襲われた。
先ほどからのギルティのものとは大きく異なる。
何かが吹き飛んだ?
ベリアルが戦線離脱して、俺の下まで飛んでくる。
「おいルイン! ソロモン塔が一つ吹き飛んだみてだ! これなら泉から領域へ戻れるんじゃねえのか?」
「なんだって? ソロモンの塔って外から破壊出来るもんなのか? それなら今の形態で壊しに向かう方が早かったか」
誰がやったのかは分からないが、どうやら領域と地底の移動を阻害していた、復活したソロモン塔が破壊されたらしい。
そもそもこれが影響している推測は、ヤトと知り合った時点でついていた。
「予定変更だ。南東のフェルス皇国へ向かい、泉から領域へ入れるか試して欲しい。あっちにいるメルザを乗せていけ」
「え? 君はどうするの?」
「目の前の化け物が見えないのか!? あいつを止める」
「君たちだけで? 嘘でしょ? あんな化け物見たことないよ。お父さん、お父さんーー!」
ルインズシップに向けて大声を上げるヤトカーン。
聞こえるわけないだろと思っていたら、ズサカーンが飛び降りて来た。
「拾ってくれーい、義息殿!」
「だから義息って言うな!」
仕方なく拾ってやると、関心を寄せたような目でギルティを見ている。
俺はそんな行動をとりながらも、ギルティとシラの切断を継続したままなわけだが。
「このままだと地底の崩壊は免れない。絶対神が封印され、管理者ももういない。気がかりな点が沢山ある。こいつを一時的にどうにかして止めないと、もっと大変なことが起こるかもしれない」
「どういうことか分からないけど、お父さんを置いていく。だから守ってあげて。それが条件。君じゃあの存在がどうしたら対処出来るのか分からないんでしょ?」
「それはそうだが、お前、父親を見殺しにするつもりか?」
「……ほら! 君、死ぬつもりじゃん。だからあんな離れた場所にメルザちゃんを置いてるんでしょ。メルザちゃんたちだけ逃がすつもりで、最後に一人だけ残って……あれと一緒に死ぬつもりでしょ! 絶対させないから」
「わたくしこれでも絶魔王ですのよ。このわたくしに勝てる相手なんていないのよ、いないのね、いないに違いないのだわ!」
久しぶりに聞いた台詞だが、こいつが相手の実力を見誤るはずもない。
勝てないのは承知しているって表情だ。
「ウォーラス、セーレ、それからライラロさん、戻って来い!」
空を飛び回り視線を集めていた三名を呼びつけると、直ぐに眼前まで来た。
「ヒヒン! なになにー? 分体はいいの?」
「妖氷造形術、コウテイ、アデリー」
「ゥェィ」
「ウェーイ!」
「セーレたちの代わりにあいつらの錯乱を頼む。セーレはヤトとベルベディシア、アイジャック、ズサカーンを乗せてメルザたちの方へ。ラーンの捕縛網、モード、パモ」
「パーミュー!」
ラーンの捕縛網に無理やりヤトたちを吸い込ませると、セーレに託した。
悪いな。一度も領域へ入ったことが無いお前らは、メルザと共に泉へ向かってもらわないと困るんだ。
後々恨まれるだろうが……? ベルベディシアとライラロさんが吸い込まれていない?
「わたくしは嫌ですわ! 目の前に……目の前にわたくしの憎くて憎くて仕方がない相手がいるのに! あなた一人で戦わせるなんて死んでもお断りですわ!」
「というかあんたね。私にまで捕縛網使う? 何度も見てたし防げるからいいけど」
ガーディアンすら吸い込むモードパモの捕縛網をよく防げるな……違う何かを吸い込ませたのか。
すでに神話級の中でも俺へ適合した捕縛網はそう簡単に防げないはずなんだが。
いや、意思ある者で効果を知っていれば対策は取りやすいか。
「ライラロさん。シーザー師匠はベレッタにいるはずだ。そっちに行かなくてもいいのか」
「あんたね。敵を目の前にして尻尾撒いてダーリンの下に行ってみなさいよ。二度と口をきいてもらえないわよ。それどころか軽蔑されるわ。おめえがそんな薄情な奴だとは思わなかったって。ダーリンは私を守ったことに躊躇なんてしなかった。自分が死地に向かうっていうその姿勢、ダーリンと同じじゃない。本当バカ。男って、本当にバカよ」
「舐めないで欲しいですわね。ちょっとばかり短い時間で強い力を手に入れたあなたと違って、わたくしは太古より力を持つ種族。足手まといになんてなりませんわよ。分かったらさっさと血を寄越しなさい!」
……これが年上の女性の迫力ってやつなのか。
いや、そんなことを言ったら血を分け与えるどころか血祭にされるので言えないが、気圧されてしまった。
「しばらく修行してたのよ? イネービュの下でまた大会があるかもって。こんなところで使うことになるとは思っていなかったの。でも、いいわ。バカな弟子を持つと苦労するって、ダーリンと同じ感じするもんね……主として権限を徹底行使。古の水の斗。改元せし一つの理。古の水竜レヴィアタンを我が下に」
ライラロさんの目が白目へと変わっていく。
そして、レヴィアタンの傍らにゆっくりと浮かび上がっていく。
ユニカ族の角が伸びていき青白く光を放ち始めた。
海底で見た時よりもずっと長い角。そして周囲に漂う青白い光も広い。
「わたくしを封印なさい。それでバルフートを操りますわ」
「何言ってる。出来るわけないだろ」
「それならわたくしが単騎で突撃して死んでも構いませんわね?」
「だから領域へ帰れと言っただろう。お前にはベロアやビローネ、テンガジュウが待ってるんだ」
「ライラロさんと同じことを言わせるつもりですわね。わたくしの部下も尻尾を巻いて逃げるような臆病な竜を主とは認めませんわよ。それに……わたくしにあんなことやこんなことをしたと、ファナさんたちに告げ口してもいいんですのよ?」
「あんなことやこんなことって、俺何もしてな……分かった! 分かったから突撃しようとすんのは止めろ」
これじゃ脅迫だ。まさかこんな形でこいつを封印することになるとは思わなかった。
タイミングを狙っていたに違いない……絶魔王を封印なんて想像だにしたくなかったが、今更か。
覚悟を決めてベルベディシアを封印すると、直ぐに封印から満面の笑みを浮かべて出てきた。
……そのまま超巨体なバルフートを放出する。
こいつは俺の切り札なんだがな……バルフートに自らの血液を垂らしていくベルベディシア。
血詠魔古里ってのは対象の過去を見るだけじゃないんだな。
「あんたいつまでやってんのよ。先に行くわよ」
「待ちなさい。このわたくしより先に行くのは許しませんわ!」
ライラロさんとベルベディシア。
レヴィアタンとバルフート。
妙齢な女性二人の間に挟まれる俺は、まだグングニルで本体を攻撃し続けていた。
その神兵ギルティにようやく動きがみられた。
戦場へ戻っていたベリアルは一時的に攻撃を中断している。
ギオマは一度こちらへと戻ってきた。
「グッハッハッハッハァ! ルインよ。我を雷帝に圧しつけてこのような遊びをしているとは。ずるいぞ」
「遊んでるわけじゃない。手を貸してくれ……つっても攻撃が効かないから分析する時間をくれ」
ベリアルたち全員も一度こちらへ戻るように合図を送る。
攻撃を受けていないのはさすがだが、あの分体も攻めてこようとはしていない。
なんなら後方で戦っているベルローゼ先生たちの分体が一番戦っている気がする。
「ちっ。やっぱり分体の注意を逸らせても倒せねえ!」
「ゲイボルグは頂くっつってんだろう! しっかし何度やっても傷が元に戻りやがる!」
「ベリアルもシャックスも弱くなったか?」
「やんややんや。こういうときはフェネクスがいい案をくれる」
「……無駄、かな。主になった男も分析しているが、時間軸が違うか座標が違う。文明のレベルが違う生物、いや生命かどうかすら怪しい」
「ルインからの合図だ。一度戻るぜ」
「無理だろ。あの妙な生き物が下で挑発しているが、あれだけで引き付けておけね……あれは、ベオルブイーターを攻撃したやつか!?」
「おいルイン! そっから強制封印しろ! 出来んだろ!」
ベリアルが戻せと合図を出したので、ソロモン組は一度封印へ戻した。
セーレも無事にメルザ方面へたどり着き……ジェネストは言いつけ通りメルザたちを連れて移動を開始した。
上手く言葉を選んで伝えられたか。
後方の分体は先生とクリムゾンが抑えている。
さて、かなり時間は稼いだだろう。
戦場に残ったのは魂吸竜ギオマ、ライラロさんにレヴィアタン、ベルベディシアにバルフート、黒星のベルローゼ、幻魔人クリムゾンダーシュ。
そして……管理者の能力を持つ俺、ルイン。
「さぁ始めようか。戦慄のエチュードから」
ここまでが準備段階……といったところでしょう。
イメージをするなら飛翔中、魂吸竜ギオマ。
西手、ライラロ&レヴィアタン。東手、ベルベディシア&バルフート。
中央、グングニルを投げ続けるルイン。
ここまでは時間稼ぎに分析。メルザたちをルインズシップ方面へ逃がし、戦闘再開です。
最後のルインが言う戦慄のエチュードというのは、戦慄……即ち恐怖を乗り切るためのエチュード、練習曲、といったような意味合いを込めています。
これはあくまで楽器用語の部類ですので、明日の第九百七十四話、題目は戦慄のエチュードとなります(確定)




