第九百七十二話 強気意思芽生えし鳥に託す者
「こいつ、一体だったときより視界が広い! 全ての眼が繋がっているかのようだ、気をつけろ!」
「黙りやがれシャックス。おめえごと死ね! エゴイストテュポーン!」
鳥型のまま放つエゴイストテュポーンは、神兵ギルティ単体の倍はあるサイズのブレスで、横一列を扇状に薙ぎ払っていく。
本体は分体の背後にいるが、貫通すればひとたまりもないだろう。
慌てて地面すれすれまで低空飛行をしたシャックスは、グンと弾丸のように加速して、鳥の蹴撃をベリアルにお見舞いしていた。
あの加速もあいつの能力か? しかし鳥同士でじゃれ合っている姿はなにか微笑ましいものがあるな……。
「てめっ、まじで殺すつもりだっただろうが! この、この!」
「ちっ。外したか……いびつな動きしやがって。ちっとも変わってねえ」
攻撃を受けた神兵ギルティの分体四体は、やはりというか何事も起こらなかったかのように全て修復されている。
本体に至っては攻撃が届いておらず、そしてやつの様子はどんどんと変化している。
分体はまだ本体を守るようにしているだけだ。
「大体てめえはいっつも背後から攻撃ばっかしやがって……」
「こっちの台詞だ。ちったぁ頭冷やせ。おめえはいつも突っ込み過ぎだとフェネクスにも言われてやがっただろうが!」
「お前らがノロマなのがいけねえんだ! ……あっ」
「やんややんや。守塔建設!」
「ひゃっひゃっひゃ。お前らよそ見し過ぎ」
鳥の蹴り合いを始めた二匹に分体の一体が無数に生える手を伸ばして捕縛しようとしていた。
その正面に巨大な塔を建ててみせるマルファスとハルファス。
伸びた手にも目があるのか、その塔を回避してベリアルのいる方角へ進んでいる。
あの手は攻撃可能範囲にいる何者かが攻撃してきたら捕縛する、か。
あの様子、まだ養分が不足しているのか?
地面は相変わらず揺れたまま。この地底そのものを養分として取り込んでいる最中か。
ジェネストとクリムゾン。
地底へ出発する前に、いくつかの非常事態マニュアルを告げていた。
一つ。自分たちで状況を判断し、女王の命に深く関わる不測の事態が起こった場合は幻魔界へ退避すること。
一つ。メルザが駄々をこねて泣いたら、四幻とお前たちでメルザを楽しませてやること。
一つ。国を建てるのはルジリトやクリムゾンなど良識ある者たちがいれば十分。よく地を耕し、食を充実させ、時には主の我がままを聞いてやれ。
一つ。その場に俺がいるならルーニーを渡す。これはアルカーンさんとの連絡手段となる。
つまり今の俺と連絡を取る術となる。
一つ。領域は永続的なものと考えず、ジャンカの町を切り開いていけ。その上で女王の住処は海底でも、ルーン国でも好きなところに設置するといい。女王が好きなのはジャンカの森周辺だと思うが、そこがいいと言っても避けること。
以上のような内容を伝えたが、当然怒られた。
あなた自身がなすべきことでしょう? と。
それが出来ない場合が不足事態なんだけどな。
さて、リュシアンとサーシュが戻り次第、あちらを……「まずい。背後に!」
メルザたちは神兵ギルティがいる方角を北とするなら、南側の草原にいた。
そちらは地面の揺れこそ激しいものの、他は何もない場所で広く見渡せるエリアだった。
神兵ギルティまでは十分な距離があり、何か飛ばされても全て俺が防げると、今のところは安心していた。
メルザたちがいるさらに後方……そこに神兵ギルティの分体一体がいきなり移動したのだ。
いや、正確には存在の座標がそのまま変化した。そんな感覚。移動したとは言い難い。
しかし直ぐ全員を包む巨大な亀の甲羅で、分体から伸びて来た無数の手を防ぐ。
遠方でしゃべり声はここまで届かないが、ベルローゼ先生とクリムゾンが戦闘を開始した。
そして北側に集結していた分体残り三体も東、西へそれぞれ移動し、ソロモンのメンバー、ライラロさんたちとの戦闘も始まっていた。
俺の正面にはこちらを見下ろすかのように死んだ魚の眼をしたシラが見て取れる。
死んではいない。ずっとブツブツと何かをつぶやいている。
神兵ギルティ本体も俺を一直線に見下ろしているかのようだ。
地底の固定は少しは出来たはずだ。
シラが本体を動かす何かしらの供給源と考えているが……まずはあれを切り離してみるか。
神兵ギルティに向けてグングニルを構えた。
そして、攻撃する目標に狙いを定めて投てきすると、指先がグングニルから離れた時点で対象に突き刺さっている。
それを再び引き抜く動作を加えるだけで、手元から離れたグングニルが戻っていた。
突き刺したのはシラとギルティの接合部。
これを連続して行う……言うなれば「見えざる槍衾」
対象の巻き戻すかのような傷のふさがり方を更に詳しく調べるため、その部分を徹底的に攻撃してみる。
亀裂の入り方からして、シラの部分だけ地面に落下するはずだ。
なのにいくらグングニルで突き刺しても、不自然なまでに形状だけが戻っていく。
シラは無表情のままこちらを傍観しているだけ。
だが、一時的に供給が絶たれるなら時間稼ぎにはなるはずだ。
本体全ての目はセーレが誘導しており、そちらを見ているだけだ。
神兵ギルティがただのモンスターや魔族、それに絶対神でない神相手だとしても、管理者四名の力を得た俺なら対応策が次々と浮かんでくるはず。
だがこいつは、対峙した瞬間から地底そのものを相手にしているような……一つの惑星と対峙しているような、そんな感覚があった。
冷や汗が額からこぼれていく。こいつはもしかして、倒せない相手かもしれない。
分体はともかく本体の倒し方、封じ方などが何一つ頭の中で描けずにいた。
粉々になるまで切り刻むとか、別の領域に落とし込むとか、そういった単純な発想でどうにか出来る存在ではないのだ。
もし……もしあの本体がひとたび動き出せば、この場にいる者すべてを消滅させられるだけの力があるのかもしれない。
前世でいうなら目の前に五個の巨大核兵器があるようなものだと考えるならどうだ。
本体中心を深く切り刻んで、あの存在が大爆発を起こせばどうなる?
「これ以上サーシュたちを待っていられないか。ルーニー! ジェネスト、クリムゾンの下に。お前の持ち主は今日からメルザ・ラインバウトだ。メルザをよく守ってやってくれよ」
「ホロロロー……」
「名残惜しそうな顔をするな。お前とも長い付き合いだったな……お前を、信じている。いつかお前はきっと大空を飛び、ゲンドール全体を見守るような守り鳥になる。行け!」
「ホロロロー!」
ルーニーは元々プログレスウェポンだった。
アルカーンという特別な存在に命を吹き込まれた、元々時計だったそれは、多くの力を受け継ぎ、成長し、そして一つの生命体のような存在にまで昇華した。
こんなものを作ってしまったアルカーンさんの正体を知ったときは驚いたものだが、同時に納得もいった。
想像を絶する世界の中の、さらに想像を絶する力を持つ管理者たち。
それぞれ違う特性を持つ管理者の中で、最も俺を認めて慕ってくれた男。
あんたに助けてもらわなければ、俺は早々に死んでいただろう。
心優しきアルカーンよ。ルーニーはきっと感謝しているだろう。
そして俺も感謝を捧げよう。偉大なる時の管理者、アルカーンよ。
地底世界の天変地異は続きます。
そして第四章はまだまだ序幕。
少し配置を表現しますと、現在地は地底世界の中央部分、アトアクルークという湖があった付近です。
湖は既に割れて、神殿ごと地下へと沈んでいます。
その湖正面ぎりぎり付近にギルティ本体と分体三体。
この周辺にベリアルたちソロモン勢とライラロ、ウォーラス、レウスさんたちがおります。ここを北と起点にするならば、ルインは中央付近、南のやや西寄りにメルザたちがいます。ここでも戦闘が始まっています。
戦場を地底全体としてさらに広く見るに、北東には冥府が、北西にフェルドナーガの拠点、南西にベレッタの町、南東にフェルス皇国があります。
それぞれベオルブイーターの脅威がなくなったため、自由に飛行出来るようになりました。
東西南北それぞれが繋がったために移動は至極容易となっています。
そして、ベルータスという者の能力が都市を浮かべたような乗り物……と表現したこともあったように、そういった能力者がいることも確かなのが妖魔の世界です。
今後どういった展開になるかはまだ詳しく解説出来ませんが、それこそ一年以上前の物語部分でしたのでおさらいまでに。
とはいってもベルータスほどの巨大な乗り物は他に無い気もしますね……あるのかな。




