第九百六十九話 封じられていた紫電級アーティファクト、ユニバーディバイト
アクソニスの戦いは、酷い結末だった。
常闇のカイナはこれでもう、壊滅したも同然だろう。
彼女には誰かが手を下さなければならなかった。それがなぜ……俺なんだ。
あいつは俺の中にカイオスを見たのだろう。
カイオスに焦がれ、そしてカイオスに殺されたも同然。
それがアクソニスの罰だと頭を切り替えられるほど、俺は単純ではないようだ。
世界は残酷に満ちている。
それでも明るく勤めようとするのはなぜなのだろうか。
メルザの笑い顔が俺の心に温かみを灯してくれる。
まだ戦える。まだ頑張れる。
一度上を見上げた後、一時的に闇へと潜ませたカルネを引き上げた。
「待たせたなカルネ。怖くなかったか?」
「平気。ツイン、お鼻、お鼻ー」
「いでででで。随分力がついてきたな。将来は父さんより力持ちになれるかもな」
「無理。ツイン、つおすぎ」
「今は、な。さて、母さんを助ける前に、紫電級アーティファクトを封じよう。イネービュ、ネウスーフォ、スキアラ、ウナスァー。悪く思うなよ。これは管理者たちの願いだ」
四名の管理者。それぞれが俺に宿ると同時に、あいつら全員の古い記憶が俺に流れ込んできた。
あいつらは全員、苦しんでいた。
特にタナトス。あいつは自らが弱い素振りをしていたが、とんでもない。
奴は死をコントロール出来た存在。
何よりも死を尊び、簡単に死ぬことを許さない存在だった。
そして、タルタロスは無口でもなかった。あいつは心の中でよく会話していたようだ。
カイロスは研究熱心。アルカーンそのものだったが、弟妹を持ち、その心は優しさにあふれていた。
ブレアリア・ディーンは誕生したばかり。闇にこもり、闇を見ている。だが、可憐な少女に過ぎない無垢な存在だった。
彼らは疲れていた。終わることのない役目に。
絶対神は考えない。役割を担う者の責務を、重みを。
生まれながらに責務を負う者に安息など訪れない。
俺はあいつらの安息の地になった。
そして俺自身は、メルザやカルネや、仲間たちがいる場所が安息の地だ。
「紫電級アーティファクト。宇宙の支配を司る、ユニバーディバイトとでも言うべきか。これでゲンドールに惑星を縛り付けて宇宙膨張を防ぐもの。ちっぽけな生物が想像できる領分を越えているな」
「ツイン。それ、危険」
「大丈夫だ」
二つの棺をゆっくり開くと、そこに安置されているのは骨だ。
棺にはそれぞれ、ベルーファルク、フェルドランスと記され【認められし英雄、ここに眠る】と記されていた。
この文字は誰が書いたものか。神に見初められた英雄妖魔。
その二名の棺の中に、縦長の中央にくぼみのあるものが一つと、中央に突起した玉があるものが一つあった。
双方合わせて初めて一つのアーティファクトだろう。
そして俺は気付いた。
……既に遅かったことに。
「起動されている。この部屋に先に入られたのか? アクソニスに起動した素振りは見られなかった。つまりアクソニスより前に……だとしたらなぜここは無事なんだ。狙いは一体なんだ?」
「ツイン。ダメ、怖い」
怯えるカルネの頭を撫でながら試案する。
俺の頭に引っかかるのは、ライデンが最後に残した「ベルウッドは転生者」と「エクスカリバー、湖へ」という台詞。
求めていたアーティファクトの力がこれではなかったから急いで逃げ去ったのか?
アクソニスに見つかっていたら、奴の能力を知らねば形勢不利は免れないだろう。
アクソニスは特異能力を持っていた。
それは決断の力とも言うべき、やつがそうだと決めた事象を発生させる恐ろしい技だ。
だが、発動条件がある。この能力がヴィネというソロモン七十二柱の能力であることを知っていなければ、負けていた可能性も少しはある。
一つは相手より自分の方が優位であると思わせること。
そのため派手な外見や仮面、言動で相手を翻弄する。
さらにもう一つ。この能力はカウンター型だ。
本体である装飾や仮面などが相手から攻撃を受けた後に発動条件が整う。
最初の本体への攻撃で発動されたのが、俺とアクソニスを封じた球型の魂をとどめる領域だったというわけだ。
そしてその後、俺が攻撃したのはレピュトの手甲からのみ。
黒星は無論、封じた先生からわずかに力を借りただけだ。
とっさに回避したのは俺の攻撃か判断に迷うからだろう。
その能力、発動条件が大きな欠点となる恐ろしい技。
奴はその能力にかまけて使いかたを誤った。
使いかたさえ間違えなければ。カイオスもそう思っていたのかもしれないな。
――アクソニスが残した紫電級アーティファクト、魂の器、それに放置しておくわけにもいかないユニバーディバイトをタナトスの死の領域へ封印する。
この領域にいる死の鳥に食わせておけば、タナトスの力を用いぬ限り二度と世界に存在出来ない。
それは道具としての死を意味する。
次にグングニルとゲイボルグの所有権を俺に移し終わると、この場に用はなくなった。
「レイビー。封印に戻ってくれ。カルネ。これから少しだけ怖い思いをするだろうけど、我慢出来るか?」
「ツイン、臆病。カルネ、平気」
「うっ……お父さんは別に臆病じゃないぞ。ちょっとだけ幽霊が怖いだけだ」
「レイビー。幽霊。お化け好き」
「……頼むからレイビーと協力して俺を怖がらせるのは止めてくれよ。流星!」
カルネを担いで神殿の外へ出る。
ハルファスとマルファスの力で打ち立てた塔を先に解除すると、地面に手を当てて闇を引き延ばしていく。
俺はあの存在に勝てるだろうか。
世界を滅ぼすだけの力を持つ、神兵ギルティ。
それはシラが抱えていた玉のようなものだ。
おそらくだが、原初の幻魔の力を欲してその力でどんどん強くなる。
シラは原初の幻魔だ。そしてその力を十全に取り込ませていたため、精神が破壊されたのだろう。
そしてメルザは今、シラとぴったりくっついてあの玉に力を分け与えている。
……自分たちの種族を滅ぼそうとしていた者を、自分たちの力で復活させる。
こんな残酷なこと、命に代えてでも止めねばならない。
「タルタロス・ネウスの名において命ずる。俺に結びつきし魂の楔よ。その役目を終え自由となれ……くそ、やはりダメなのか。俺が死んだらこいつらはどうなる。だが、命を懸けずに勝てる相手じゃないんだ……」
俺が恐れているのは自分の死じゃない。
俺が封じてしまった全ての仲間の死だ。
それを防ぐ手段が、管理者の力を得ても不明のままだ。
いや、もしかしたら生きていてくれるのかもしれない。
分からないことが恐怖。そう感じながら、ゆっくりとシラ、メルザを鎮めた闇から浮上させ始めた。




