第九百六十八話 越えし英雄の円舞曲、後半戦、カイオスに縛られたアクソニス
本日はタイトルにあるような情景なので、アクソニス視点となります。
このアクソニスの攻撃――一つとして効果があるように思えない。
おかしい。なぜあの男は死なない?
私が冷静さを失うなどあり得ないこと。
幾千年にも及ぶ戦いの末、あらゆる状況を見定める術と力を身に着けて来た。
この……ゲンドールにおいて私こそ最強であり、絶対的な存在。
神ですら私を恐れた。
その私が、なぜ……「風幻術、最大奥義……風絶焉斗!」
対象を風の刃で切り刻み終えるまで止まぬ死の風ともいうべき幻術。
打ち放った相手の血肉すらも巻き上げ……なのに、なぜ、なぜ効果が無い。
同時にグングニルも急所へ突き刺さっている。
実態がないわけではない。
魂も、感覚もあるのに、どうして!
「くっ……神でも魔族でも、このアクソニスの事象に逆らえないはずなのに、なぜだ!」
「もう終わりか? 遊び相手としては物足りないな」
「いいでしょう。私の力をもっと……」
待て。私は何をしている? 何かがおかしい。明らかに何かがおかしいのになぜだ。
強烈な違和感。これはまさか、幻を見せられている? いやそんなはずは、そんな……。
「どうした。来ないのか」
「なぜあなたは攻撃してこないのですか。いえ、黒星を一度撃った。だがあれは、レピュトの手甲からの攻撃。あれは元々私の持つ能力だったもの。おかしい。私に一体何をした!」
「何のことだ。お前が奥の手というのを見せないからこっちは待っているんだぞ」
この男……以前とは比べ物にならないような慎重さを見せている。
管理者の力を全て得たのだとしても、そんなに直ぐ、その力全てを用いれるというのか。
私も奴らの力を全て把握はしていない。ここは……一度引くべきか?
引く? どこに。私は、ここでギルティを……はっ!? なんだ、視界がゆがむ。
人形? ばかな。確かに実体だったはずだ。
「気付かれた―。もう無理ご免よー」
「いや十分だよレイビー。カルネが不気味な人形を抱えていたのは正直ドン引きだったんだがな。ふふふ、アクソニスよ。お前とレイビーの円舞曲。楽しかったよ」
「……おのれ。一体どこに! 本体はどこだぁーーーー!」
正面にいたのは私好みの人形。
こいつに幻惑されていたのか? あるいはその幻惑自身も奴の力なのか。
越えた能力の妖魔だとでもいうのか!? 私が妖されたとでも?
やつは一体どこにいる。声だけが聞こえてくる。
そうだ。この人形は奴の仲間に違いない。人質に取るか。
待てよ? カルネ。そうだ、あの娘の子供。
あれはどこにいった。一緒にいたはずなのになぜその存在を忘れていた?
それどころか、王はどうした。
おかしい。私はどうしてしまった。くっ……魂封じの領域を解除せねば。
指を弾いて解除すればきっと……やはりその外側に奴がいた。
だが、カルネという娘が見当たらない。
そして、シラ王のことやメルザという娘のことも途端に思い出してきた。
魂封じの領域を構築した際に、何か手を加えられた?
こいつの能力は底が見えない。態勢を立て直さねば。
「ふふふふ……やられましたよ。私の領域構築時に細工をされるとは思いませんでした。なかなかやりますね。ですが私はあなたと遊んでいる暇はないんです。今しばらくカイオスの魂は預けておきましょう。その間に私は世界を……世界を……なぜだ。なぜ空間転移出来ない? ま、まさか!」
最初から全て、仕込まれていたのか。
この男の手のひらの上で踊らされていた?
こんな、こんなカイオスと結びついてしまっただけの出来損ない風情が私を?
「お前は逃がさない。お前以上に厄介な相手を待たせているから。アクソニスよ。勘違いしているようだがお前は強くない。狡猾で残忍、策に長け、持ちうる才覚や講じる手段も多い。空間転移に神話級、紫電級アーティファクト、強力な幻術、そしてお前自身が持つ特異能力……決断の力とでもいうべきか。お前が放つ言葉が現実になるという恐ろしい特異能力だが……発動条件がある」
なぜこの男がお知っている。止めろ。カイオスと同じ言葉で私を責めるな。
この男はカイオスと同じだ。止めろ。私をさげすむような眼で見るな。
「止めろーーーーー!」
「お前はその能力を封じれば弱い。だが、その能力を正しく用いれば世界を統べる能力者だった」
「幻術、氷絶焉斗! 幻術、ああ……ダメ、だ。来るな、来るな……」
氷系幻術奥義すら効かない。目の前を埋め尽くす絶対零度の氷塊を、青白い文字の炎が上がる剣で叩き割られて、やつは私の首元をつかんだ。
本体ではないのに、力が抜けていく。まるで、眠りに着くように。
これは、神獣を止めた力……か。
「メルザの厄災を生んだお前をこれ以上放置出来ない。許せ……魂の輪廻は行われないだろう。お前は地底で永劫眠りに着く。大いなるゲンドールの地に、砕けた遺品は埋めてやろう。死の管理者、タナトスの名において命ずる。触れるものに宿りし嫌悪の塊に死を。死の掌握!」
「いや。死にたくない。いや。いや。死はいや。いや。いや。いや。いや!」
「死は終わりではない。償いが始まるのだ。お前は殺し過ぎた。お前は悲しみを生み過ぎた。お前は……俺の大切なメルザに手を出した。さらばだ、アクソニスよ。お前の武器は俺が引き継ごう。紫電級アーティファクトは封印する。もし再びお前と会うならば……そうだな。今度はロブロードで決着をつけようじゃないか」
「いやあーーーーーーーーー! ……」
ばらばらに崩れる私の核。
その中で見る……ルイン・ラインバウトは悲しみ、悔いるような顔をして下を向いていた。
手を伸ばし、せめて……もう一度触れたかった。
「あ――カイオス。あい、して……」
「俺はルイン。お前の愛したカイオスはここにはもう……いないんだ。だが、ヴィネよ。達者で。お前は美しい女だ。カイオスもきっとそう思っていただろう……」
さて、描写としてはアクソニス視点で終わりました。
前半戦がルインが罠を張り遠望しているシーンだったんですね。声だけ聞こえるのと、アクソニスが球状を張ってからはレピュトの手甲で攻撃。
そして実態は妖術で再現された妖陽炎(ちょっと懐かしい)の正式な術の方を、レイビーに巧みにかけていたんですね。
更に建物の外には転移を防ぐハルファスとマルファスで構築した塔があり、転移を阻害します。
メルザとシラはどこ? というのは、この塔の中に闇へ溶け込むブレアリア・ディーンの術で移動させてあります。
そしてこの中は、アルカーンことカイロスの時術で時間停止を行う入念っぷりというわけです。
つまりルインさん。最初にアクソニスの首をはねた以外、あんまり行動してないという。
最後のアクソニスことヴィネの思いには、一つの百人一首詩歌を思い浮かべました。
五歌仙の一人、和泉式部より
【あらざらむ この世のほかの 思ひ出に いまひとたびの 逢ふこともがな】
これはもうすぐ死ぬヴィネが、死の思い出になるよう、せめてもう一度だけあなたに……、アイオスに会いたい。
そんな思いが込められた【愛して】でした。
なお、あえてあい、して としております。
これは会いたいそして愛しての二つをかけています。




