第九百六十話 ベオルブイーター戦その十 覚醒の先
紫色の城内に入ると、散々荒らされた後のようだった。
高い技術により構築されているのは理解できる。
これがフェネクスという者が造ったというなら一体どれほどの文明を持っていたのだろうか。
自分の状況に恐れを感じつつも、玉座を目指していた。
そして……「おい。大丈夫か」
「……化け、ものが。あいつも、化け……」
「しっかりしろ。お……」
触ろうとしたが、あの扉のように崩れてしまうかもしれないので止めておいた。
だが、近づきすぎたためかラーンの捕縛網がそいつを捕縛し……封印してしまう。
一体なんなんだ? なぜ勝手に……どうなっているんだ。
このままメルザと会えば、メルザまで封印しかねない。
冗談じゃない。どこか誰も来ない場所で自分の状況を確認したい。
「早く。もっと早く。もっともっと早く……」
「……この声は!」
開かれた玉座の間へ向かうと、玉座ではなく部屋の片隅に気持ち悪いものを抱えて座る女が一人いた。
……シラ。常闇のカイナの王。
しかも一人だけだ。ゆっくり近づいていくと、気色の悪いものが手を伸ばしてくる。
その範囲ギリギリのところまで来た。
「アクソニスはどうした。一緒じゃないのか。ここで何をしている」
「早く。もっと早く。もっともっと早く……」
「お前は一体何がしたいんだ。早くって何を早くしろっていうんだ」
「連れてって。連れてって連れてって連れてって連れてって連れていけ連れていけ連れていけ連れて連れて連れて連れて連れて! 私だけのもの!」
シラはゆっくりと立ち上がると、焦点の合わない目のままこちらの方角を見る。
「ああ。カイオス……取り込みたい。カイオスを取り込んじゃえば会える。ねぇカイオス。そうだよねカイオス。カイオスカイオスカイオス」
「俺はルイン・ラインバウト。カイオスじゃ、ない」
一言そう告げると、シラは気持ち悪いものを持ったまま吸い込まれるように地面へと消えていく。
ダメだ。シラが何を考えているのか分からないし、まともに話が通じない。
俺は、玉座に腰を掛けて、どうするかを考えることにした。
――そして腰を掛けた途端、脳裏に映る情景が異質なものとなる。
これはなんだ? 映像? この椅子自体が何かしらのアーティファクトか何かなのか。
ネウスーフォはこれで世界中を観察していたのか。あるいは歴史を作っていたのか。
少し操作してみると、なんとなくだが使い方が分かってきた。
少し前の外の状況が見れるかもしれない。
そう思い、いじっていると……「これは! 俺、か……」
自分の映像があった。
人型をした黒衣を身にまとう悪魔が、高らかに笑い……ベオルブイーターを破壊していた。
もう少し戻して見れないかいじると、まるでビデオを巻き戻したかのような映像が映る。
操作方法を把握し、俺が姿を変えたあたりからもう一度よく見てみる。
残り少ないガーディアンたちは、ベオルブイーターを死守しようと俺に近づいていた。
そのたびに放出される高温の炎により、まるで太陽にでも放り込んだかの如くガーディアンんが溶けていく。
そして、エゴイストテュポーンと思われるものを放出してみせたり、バルフートが使っていたような技を使ったりと、四方八方に暴れまわり、全てのガーディアンを消滅させた後、残ったベオルブイーターに向けて、二本の剣を槍のように投てきした。ティソーナとコラーダの異形姿だろうか。
その剣は流星のごとき速さでベオルブイーターを貫通。
それらをさらに両手を動かして操る素振りを見せ、貫通するごとに剣は肥大化。
数千回は繰り返しただろうか。早すぎて正確には分からない。
そして最後に真っ二つに斬られ……ベオルブイーターは墜落してしまった。
「確かに、化け物だ……これが今の俺か。なぜシラがここにいたのかも分かった。いるんだろ、アクソニス」
「ふふふふ……よく気付きましたね」
「お前、本当は何者なんだ?」
「かつては……そうですね。ソロモンの誓いなどを立てて、おかしな悪魔共と戦ったこともありましたね」
「……お前もベリアルの仲間だったのか」
「仲間ですか。あれはそんな集団ではありませんね。各自が欲望に満ちて動いていた。種族も、信仰する神も、住みたい土地も、何もかもバラバラです。生物がなんのために戦うか、神々がなんのために戦うか。それは本当にくだらないことがきっかけ……あなたの戦う意味とて同じことです」
「ソロモンってのは一体なんだ? お前は何がしたい。俺には……理解出来ない。シラってやつを解放してやらないのか」
「王にはまだ利用価値がありますからね。別にあなたでもいいんですけど、あなたは私の傍らに置きたいんですよ。その力……ゾクゾクします。このアクソニス、久しく忘れていた渇望ですよ……今はまだ、あえて泳がせてあげていますけどねぇ……」
「ならば今、ここでお前を討つと言ったら?」
「それが出来ないのも理解しているでしょう? ルイン・ラインバウトさん。いいえ、今のあなたはかつてのカイオス……と言った方がいい化け物でしたね」
「……本体は下か」
「安心してください。あなたのお仲間には手出ししていませんよ。少し邪魔が入ったので。まぁあまり関係の無いことです。絶対神を封じた彼の役目も、もう終わりです。一度居城を訪れた際に、自らに仕込まれた罠に気付いていませんから。愚かなこと。このアクソニスに刃を向けてしまったことを悔いながら死んでいくことでしょう」
「それはライデンのことか? あいつが簡単に殺される玉じゃな……」
俺は玉座に腰を掛けたままアクソニスと話し、地底部分を調べていた。
ライデンは湖の上にある、ベオルブイーターに守られていた場所で……ベルローゼ先生と思しき人物と戦っていた。
そして……突如爆発した。
いや、そっちは実体じゃない。
それに先生は気付いていた。その戦っていた場所ではなく、湖中も爆発したのだ。
「死爆……というんですよ。自らを模造した爆発物。本体はあなたも見た通り、湖に沈んでいた。ふふふふ、彼にはちょうどいいでしょうね。爆毒という猛毒。湖も同時に毒で満たされます」
「ライデンをも、利用したのか……」
「利用? それは違いますね。彼はおごっていた。王でない私を甘く見ていたのです。そうそう、彼はどちらにしてもシラ様には会えませんよ。自分の……本当の娘にも、ね」
「まさか……止めろ! 冗談を言うな!」
「うふふふふ……彼の本当の名はヴェライ・アルカイオス。自分の子を産んだ女性が常闇のカイナの王であることにすら気付いていない、愚かな愚かな愚者なんですよ! ふふふふ、あははははは!」
「メルザの、本当の父親はルーイズだけだ! お前に何が分かる!」
「ああ、そうでしたね。あの男は実に強かった。しかも、自らを封じたせいでシラ様の願いを叶えてあげられませんでした。剥製にでもしていれば、今頃シラ様の精神も少しはマシだったかもしれないのに」
「下衆が……お前だけは、許せない」
「ふふふふ……言ったはずです。今はあなたと戦うつもりはない。もうじきこの世界は二つとなり繋がる。また会いましょう。カイオス」
「待て! くそ……あの消える術を防ぐ手段を見つけなければまともに戦えやしない……」
散々好き勝手話して勝手に消えたアクソニス。
メルザの父親がシラとライデン。
こんなこと絶対言えない。
シラが自分の娘の腕を、家族を奪った張本人だなんて……口が裂けても言えるはずがない。
今はこの体をどうにかして、メルザや先生たちと合流しなければ。
ライデンの正体がようやく判明しました。
なぜ絶対神に恨みをもつのかも。
問題はアクソニス。ベルドの言っていた通り、ライデンで太刀打ちできるような相手ではなかったのかもしれません。
そして常闇のカイナ。以前にも、腕を……という話が出ていましたね。
ようやくベオルブイーター戦が終わり、この世界は果たしてどうなっていくのか。




