第九百四十九話 身命の剣
ヤトの家を発つことにし、同行を願い出たズサカーン、ルルカーンを船に乗せ、フェルス皇国を目指して発進してまもなくのこと。
俺たちは、この遺跡にややこしくないような名前をつけることにした。
メルザが相変わらず食べ物の名前を付けるので、命名は俺に一任される。
「やっぱり遺跡船が分かりやすいんだよ。そこで……抵抗はあるが、俺の世界で遺跡船をルインズシップというんだ」
「ルインズシップね。いいんじゃないかしら?」
「おー、ルインの船なら俺様の船でもあるからな。にはは!」
「メルちゃ。鼻水、あい」
カルネに鼻を拭いてもらう我が主。
ヤトカーンたちはベリアルの肉体構築をするため、ルルカーン、ズサカーンと三人で一階の一室にいる。
ルジリトは作戦指示をまとめるため、こちらも別室だ。
今ここにいるのはメルザ、カルネ、ベルベディシアにアイジャック、そして封印から出て外を眺めているギオマがいるだけだ。
「おう、ありがとなカルネ……にしてもよ。そのベロベロイーターってのはそんなにすげー強いのか?」
「ベオルブイーターな。あれは強さという名目で測れるものじゃないと思う。襲われるって概念があるからモンスターとして認識されているのだろうが、どちらかというと装置に近いな」
「その装置を全部ぶっ壊せばいいんだろ? 簡単じゃねーのか?」
「ベオルブガーディアン。あれが厄介だな。ベリアルが戦力が足りないって言っていたのは、ガーディアンをどうにかしないと本体を攻撃できない。そのガーディアンの数が多すぎて、いくら範囲攻撃をしてもすべて弾かれてしまうってことだ。だが、妙でもあった。近づいても襲ってくるガーディアンの数が少なかったんだ。それがこの遺跡船の影響かもしれない」
「動きが鈍くなっていますのね。この光、消えませんから敵にも位置が丸わかりですわよね」
「ああ。だから一か所どころにとどまっておくのは危険だ。何せフェルドナーガが来てるんだからな。そのためベルベディシアにはしばらくこいつを動かしていてもらいたい。ルルカーンの話ではこの船、攻撃もできるんだろう?」
「ええ。驚きましたわ。まだ謎が多いですけれど、援護射撃はできるわね。まぁわたくしが直接手を下した方が手っ取り早いのですけれど」
「ふーん。ルインはどうやって戦うんだ?」
「予定通り、ギオマとベリアルを連れてベオルブイーターの懐に飛び込んでみる。外周のガーディアンはふぇるす皇国に呼び出す幻妖団メルと、フェルス皇国の一部妖魔の力を借りる予定だ。すでにノースフェルド皇国にフェルス皇国を解放済みと連絡を入れる者も向かわせている。フェドラートさんだけどな」
「フェド先生一人でか?」
「いや。お姉さんも一緒だよ。いち早くフェルドナージュ様を迎えに行きたいんだと。イーファもそっちに回してある。シーザー師匠とハーヴァルさん、セフィアさんはベレッタへ向かってもらった。ビーたちがいないのは残念だが、あっちはあっちでシーブルー大陸を調べてくれてるはずだ。こっちにはメナスとイビン、それから文句言いつつもライラロさんが合流するよ」
大勢の仲間を散り散りにして活動してもらっている。
すでに軍と言えるほど募った仲間たちを管理するのは大変なことだ。
「師匠も来るのかー。ファナたちは来ねーのか?」
「ああ。ファナたちはお留守番だ。本当はメルザにも待機しててもらいたいんだけど」
「ぜってー一緒に行くからな。俺様もカルネも戦えるんだぜ」
「分かってる。無理やり置いてったら余計危ないからな。ちゃんと守りながら戦うさ。何せここにはギオマがいるんだ。な?」
「うぬう? 我とてあやつ相手にどこまでやれるか分からぬ。が、貴様の大切な者くらい守り通してみせよう。しかし妙だ」
外を見ていたギオマは首をかしげている。どうしたんだ?
「どうも絶対神の影響を強く感じる。何か一波乱あるかもしれぬぞ」
「絶対神の影響? そんなもの感じ取れるのか?」
「うぬう。ここ地底は絶対神の影響が強い地。何事も無ければよいのだがな」
心配そうに地底を見回すギオマ。
いつもなら大きく笑うところだが、相手がベオルブイーターということもあり、余裕はないようだ。
俺としても、戦力補強のためにどうにか奪われたバルフートたちを取り戻したいと考えている。
つまり……フェルドナーガとは必ず接触する。
奴の弱点は奴の支配力が弱まったときだ。
それを担うのは俺の仲間たち次第。
「おーい妖魔君。ベリアル君の人型形態見てみるー?」
「もう終わったのか?」
「んとね。ホムンクルスとはちょっと違くて。死竜を少し変えた形にできたんだ」
「立派になってとーっても素敵よ。あと三十年若かったらお婿にもらいたいくらい」
「……いや、ベリアルって転生してるけど、実年齢で考えれば千歳以上だよな……」
部屋の奥から出てきたのは、黒い竜の二足歩行人型の何かだった。
俺はこういった形をしたものを前世で見たことがある。
いわゆる特撮でいうところのアレに近い。
思わず吹き出しそうになったのをこらえるため、後ろを向いた。
「……おいルイン。てめえ……やっぱり変更だ! まともなホムンクルスを作りやがれ!」
「だから今は無理だって。間に合わないよ。それで我慢して? 何なら尻尾にリボンもつけるからさ」
「いるか! 畜生、これなら鳥形の方がましだぜ……しかしこのサイズで留めるのが死竜形態だと無理だ。くそ……おいルイン。どこがおかしいかきっちり話してみな」
「ええと。別にどこもおかしくは無いぞ。ただ、前世の等身大で描かれた怪獣を思い出しただけなんだ。悪気はない」
「いいじゃねーか。そっちのほーがカルネも喜びそうだしよ」
「ベリちゃ、がおー、言って」
「死んでも言うか! おい、それよりも攻略手順は万端だろうな」
「ああ。決行の日は近い。成功にしろ失敗にしろ、フェルドナーガも常闇のカイナもただでは済まない。いや……俺たちもかな」
「ハルファスとマルファスはどうした?」
「あいつらはことが終わってからと考えてるんだが、話してみるか?」
「ああ。どうやら勘違いしてるみてえだからな。少し話をさせろ」
「分かった……場所を移す。ベルベディシア、少しゆっくりフェルス皇国へ向かってくれ」
黙ってこくりとうなずくと、美しくなびく銀髪を揺らして見せる。
その髪をメルザがうらやましそうに触って遊び始め、無言でそれをぶんぶんと振り払おうとしている。
メルザとは仲が良いように思える。同じ古代種として引き寄せ合うものがあるのかもしれない。
――別室で警戒しながらもハルファスとマルファスを封印から出すと、どちらも完全にくつろいだ姿勢のまま封印から出てきた。
人型竜形態のベリアルが両腕を組み、双方の鳥をつかんで近くでにらむ。
「うお!? 外に出られたぞ? てめえ、よくも……誰だお前?」
「ハルファス! こいつベリアルだ! ベリアル臭がする!」
「なにぃ? 変な恰好で俺たちを惑わせるつもりだな!?」
「ひゃっひゃっひゃ。やんややんや。ここで合ったが千年目! 尋常に勝負しろい!」
「おい。ハルファスにマルファス。お前たち、封印主の前でよくそんなタンカ切れるな」
「クックック。別にやり合ってももいいんだぜ? けどな。一つ言っておくが俺はソロモンの誓いを裏切ってはいねえ」
「嘘つくな! お前のせいでソロモン西南塔は破壊されたんだ!」
「そーだぜだまされねえ。俺たち七十二柱がほぼ全滅したのだってお前のせいだろ。だから俺たちが遺跡に閉じ込められた。数千年、出られなかったんだぞ。あの女が解放するまで俺たちはずっと下敷きだったんだ!」
「やっぱり勘違いしてやがるな。いや、誰かにはめられたか。さしづめ思い当たるのはシャックスとフェネクスだろ。お前らに俺が裏切ったと伝えたのはよ」
「……なぜ知っている」
「シャックスはともかくフェネクスは嘘なんてつかないぞ!」
ギィギィと鳥の声色で言い合う二匹。
それに対してベリアルは狡猾な上、残忍な表情を浮かべている。
かつての知り合いにはこうなんだよな……もう少し相手を怒らせないやり取りをすりゃいいのに。
我が相棒ながら不器用だと感じるが……それは俺もなんだろう。
ついつい見えない視点で物事を判断しようとしてしまう。
生まれ変わっても癖ってのは治らないものだ。
「お前ら気づいてないかもしれねえが、この遺跡船を作ったのはおそらくフェネクスだ。いいや恐らくじゃねえな。あいつくれえの文明知識がねえと、こんなものは作れねえ。ベオルブイーターを弱体化させる研究をしてたのもあいつだ。おめえらをここに閉じ込めた理由までは分からねえが、フェネクスが誰かにはめられてたとしたらどうだ?」
「フェネクスが?」
「やんややんや。お前だけの話じゃ信じられないね。他に話の分かるソロモン七十二柱を連れてきてみろ。デカラビアの鳥型をしてたんだ。どうせ食ったんだろ」
「そうだそうだ。お前なんか信用できるか」
「フン。転生した奴ならいるぜ。セーレだ。それとこいつの娘はバラムの転生をさらに転生させたものだろう」
「バラムだと?」
「嘘つくな! あいつがおとなしくしてるわけないだろ」
「じゃあ本当だったらおめえら二人、こっちに協力するか?」
「やんややんや。いいだろ。どうせ嘘つきの嘘だ」
「そーだそーだ!」
やっぱ信用無いんだな。
こうも疑われて怒りもしない。ベリアル自身、自覚はあったんだろう。
と、話をしていたら、ヤトが部屋の入口で手招きしてくるので、こいつらのことはベリアルに任せよう。
こいつらを見る限り、直ぐ悪さをするようなことは無いと思った。
無理やり封印することも可能だし。
――ヤトを連れ、別の部屋に入る。
少し神妙な顔をしている。どうしたのだろうか?
「あのさ。妖魔君はどうして、地底に来たの?」
「友を救うためか。あるいは約束を果たすためか。どちらなんだろうな」
「それってさ。誰かのためってこと?」
「……俺はメルザという主のために生きている。あいつがいなければ、地上で野垂れ死にしていただけのちっぽけな存在だ」
「じゃあ、メルザちゃんのためだけに生きてるの?」
「ああ。その通りだ」
「じゃあメルザちゃんを説得して、地上へ戻ってくれるように頼んだら、君は地上へ帰るの?」
「……メルザはそんなことしない」
「君が死んじゃうかもしれないのに? 私は怖い。君たちは凄く凄く幸せそうに見える。子供だっている。なのにどうしてここへ来て、危険な目に合おうとしているのか。私にはわかんないよ」
「できることをするのに、逃げていても悔いを残すだけだ」
「……え?」
「今目の前にある現実から逃げて、本当にそれで幸せに暮らせるのか? 笑って暮らせるのか? 後ろめたさと後悔の念を覚えながら生きる。それは辛いことだと思う。精一杯やるべきことをやり、その結果勝ち得たものこそ幸せだろう。だから、俺たちは戦うんだ」
「……やっぱり妖魔君って、妖魔じゃないよ。私ね。お母さん、いないの。ベオルブイーターに殺されちゃったんだ。もう何年前だか分からない。お父さんだって悔しいはずだけど、あれは天災だからって。どこか納得させているんだと思う。どうして、そんなに強い相手に立ち向かおうと思えるの? どうして、関係のない、家族でもなんでもない者のために戦おうとするの? どうして……もっと早く、来てくれなかったの……」
「ヤト……」
「お母さん、大好きだった。だから、私も……私も復讐したかった。ずっとずっと研究ばかりしてきた。ずっとずっとずっと、お母さんの安らぐ顔が見たかった。でも、でも……私は、私は勇気がでない」
「復讐は剣にはならない。必要なのは変えたいという思いだ。ベリアルが、フェルドナーガが、常闇のカイナがなぜベオルブイーターをどうにかしたいのか。それすらもはっきりとは理解していない。だが、なぜだろうな。この戦いは必要で、俺はあの災厄と立ち向かう必要がある。もしかしたらそのために俺はこうして転生し、この地に降り立ったのかもしれない。自分が転生した意味を、答えを知りたいのかもしれない」
「これだけは約束してよ、妖魔君。お母さんみたいに、いなくならないで。君みたいな面白い妖魔、いないんだから」
面白い妖魔、か。
アトアクルークに何があるのか。
地底に巣くう悲しみを生み出す強大な力。
身命の剣としてうち滅ぼしてみせる。
それが俺の……使命だと信じて。
さて、一話に随分と詰まってしまいました。
大変ながらくお待たせいたしました。
明日よりついに、ベオルブイーター戦が動き出します。




