第九百四十話 開きたくなかった扉の先で
三幻にメルザたちを託して最奥の扉の前まで来た。
メルザは自分もついていくといったのだが、事態はあまりよくない状況。
ここは俺一人の方が都合がいい。
中をゆっくり開けると……部屋には青白いもので両手を吊るされたギオマと、壁に吹き飛ばされて横たわるベリアルがいた。
その部屋の片隅に、おかしな玉を持つ半身が黒で染まった女性がいた。
それだけじゃない。見覚えのある顔がもう一人。
そして、マルファスがそいつの肩に乗っていた。
「もっと早く、もっともっと……」
「おや。ハルファスは失敗したのですね」
「やんややんや? ひゃっひゃっひゃ。あのバカ。しくじったのか」
「これは……お前は確か常闇のカイナの、アクソニスだったか。ここで何をしている」
「そうですねぇ。余興でしょうか。いえ、それとも必然の行動? あるいは情勢の確立か」
「何を言っているんだ? ベリアルとギオマに何をした!」
「少し騒がしかったので、動きを封じたんですよ。魂吸竜、すごい力ですね。このアクソニスに相応しい能力ですが、言葉遣いが悪い。少ししつけをしただけです」
「そっちの女は何者だ……」
「おや? あなた、我々と敵対しているというのに知らないんですか?」
「アクソニス様。ここはこの俺、マルファスに……」
「私がしゃべっているときに口をはさむな、この下郎めが! このアクソニスがそう思ったならそれは絶対的なこと!」
「こ、これは失礼を……」
「お前、確か常角だったな。それじゃまさか、その女は……お前たちの王なのか」
常角の言動。こいつはまるで、こいつ自身が王であるかのような振る舞いをみせている。
そして、こいつは冥府の番人、タルタロスから紫電級アーティファクトを奪っている。
……この状況、かなりまずい。メルザたちがここにいないことが幸いか。
だが、マルファスから報告は受けている、か。
「怖がっていますね。ふふふふ……大丈夫、まだ何もしませんよ。まだね」
「お前らの目的はなんだ。一体この地底で何を企んでいる?」
「そうですね。王はこう考えていました。世界はゲンドールの民のみに支配されるべきだ、と。そしてそのためには原初の幻魔が持つ力が必要だとも。絶対神によりゆがめられたゲンドールを元に戻し、他のすべての星々はどうなろうと構わない。その思いが強すぎて……王は少々、壊れてしまったのですよ」
「王が、壊れた? 壊したのはお前じゃないとでも?」
「王の命令に従い行動した結果だけのこと。このアクソニスがそうだと言ったらそうなのです。ほら見てください。立派に育った王が持つ宝玉を」
……そういわれてアクソニスが指さす方向をちらりと見る。
気味の悪い色の大きな玉を抱えて、王と呼ばれる娘はブツブツと何かを言い続けている。
「つまり、お前たちの目的はベオルブイーターの破壊か」
「そうですね。私は手を下しません。あなた方がやればいい。そうですね……高みの見物をするため。あなたたちだけでは手がかりすら見つけられないでしょう? だから手がかりをみつけさせるために、こうしてここへ王を運んできたんですよ。ねぇ? ……シラ様」
「もっともっと早く……もっと、もっともっと……」
シラ。常闇のカイナの王、シラ。
やはりメルザの実の母親……なのか?
あの半身はなんだ。あの義足は一体どうしたんだ。
今更メルザに本当の母親なんて必要あるのか?
メルザの父も母も……あの村にいた。
母はメルザをかばって、父はメルザを助けるために……。
それだけで十分だろう。
「封剣、剣戒」
「おや、まさかこの状況であなた一人、戦うおつもりですか?」
【絶魔】
「黙ってこのまま見過ごせられると思うなよ。お前らにどれほど恨みを持ってるやつがいると思ってるんだ。ベオルブイーターを倒すのは俺たちの役目? その前に、お前らを倒すのが俺の役目だ」
「神剣二本、その程度でこのアクソニスに敵うとでも? あなたの今の能力では、そこにいるマルファスにだって敵わない。でも、あなたのことは気に入ってるんですよ。何せあなたはあの……カイオスの魂を持つのだから」
その瞬間だった。
背筋が凍り付いた。
シラと呼ばれていたあの娘が、玉ではなくこちらを向いた。
大事に抱えていた玉を床に転がし、一歩、また一歩と俺へ近づいてくる。
「カイオス? カイオス? カイオス? ねぇカイオス? 本当に? 本物のカイオス? だったらつれてってよカイオス。早く私を連れてってよカイオス。ねえ。そうすればあんな玉なんてもうなくていいんだから、カイオス。さぁ早く、早くしてよ。早くしなさいよ、早くしろ、早くしろ早く早く早く早く早く早く!」
「くっ……流星!」
「マルファス、手出しするな」
「は、はっ!」
流星で直ぐに足を引きずりながら迫るシラから離れ、ギオマの近くに移動した。
この青白いやつはなんだ? 結界……いや、魔道具の類か?
剣で斬ろうとしたが斬れない。
ギオマの意識もない。おまけに封印も出来ない。
「くっ……流星!」
今度はベリアルの近くに行く。
こちらは封印へしまえた。生きてはいるが……重症だ。らしくもない、一体何があったんだ。
さて、シラはまだ俺に迫ろうとしている。かなりピンチだ。
「パモ。あの玉を吸い込めるか!?」
「ぱーみゅー!」
「っ! なんだその生物は!」
アクソニスが意表をつかれ、俺はパモにあのシラという女が持っていた玉を吸いよせてもらった。
すると、こちらへ笑いながら手を伸ばし、近づいていたシラが突然どさりと倒れた。
やはりこの玉には何かがあるんだな。
パモに何かあるといけないので、玉は俺が代わりに持つと、気持ち悪い手が幾重にも玉から出てきた。
「うわ、なんだこれは!」
思わず上空に放り投げた球を、アクソニスが瞬時に移動して奪い取る。
こいつは思わぬ隙だ。
こんなチャンス逃すわけない。
ありったけの攻撃をギオマを捕縄している青白い部分へとぶつけた。
「ぐっ……おのれ!」
どうやらあの青白い光はアクソニスの能力。
正面で構えているならまだしも、不意打ち状態でまともに攻撃すると外れるらしい。
ギオマのかせが外れると、直ぐにギオマも回収した。
「少しはやるようですね……まぁ今はあなたたちの戦力に手を加えても面白くない。非礼は許して差し上げましょう。ふふふふ……あとはマルファス。あなたが相手をしなさい」
そういうと、いつの間にかシラの横に立つアクソニス。
そのまま壁へと溶け込んでいく。
「待て!」
「やんややんや。このマルファスを無視しようとはいい度胸だな。しかし一体どうやってハルファスを倒したんだ?」
「お前に話すつもりはない。だまし討ちにももうかからないぜ」
「おやおや、このマルファス相手に強気な兄ちゃんだね。それじゃ、勝負といこうかね!」
「いいだろう。ルイン・ラインバウト。相手にとって不足無しだ」




