第九百三十六話 ベオルブ遺跡、地下へ
人形母体を手に入れたレイビーは、ようやく歩けると思ったのか、不気味な体で首をかしげて挨拶する。
本人はいたって可愛い素振りなのかもしれないが、俺にとっては身震いする状況だ。
なんならさっき、その人形の口からカギを取り除いたばかりなんだが……。
「レイビーだよ。お姉さん、よろしくね……」
「へぇ。六八型人形? よくできてるねー」
「お前……怖くないのか?」
「怖い? 特別な武器とか、持って無さそうだよ?」
「いや、いいんだ。それよりも、上には何があったんだ?」
「大きな壁画。罠も仕掛けもなさそうだった」
壁画か。この場所に住んでいた者は絵が好きなのだろうか。
その割には趣味の悪い人形もあったな。
一階も二階もその程度ならば、ベオルブイーターの秘密は地下で決まりだろう。
階段の裏手にある地下への道を全員で進むことにした。
この組み合わせは悪くない。
ベリアルとギオマは特に仲がいい。
ダブルドラゴンで暴れられたらひとたまりもないわけだが。
――螺旋状の道を下っていくと、その壁にも絵が飾られている。
最初の部屋でみたような黒い点がある空の絵ばかりに思える。
これが何を表しているのか、なんなのかさえさっぱり理解出来ない。
メルザがカルネを抱えたまま、不思議そうに見ている。
「この絵、何か意味あんのか?」
「意味か。絵ってのは意味を込めて描くものばかりとは限らないからな」
「んあ? 俺様は絵を描いたこと、ろくにねーからよくわからねーけどよ。食い物の絵描くなら食い物のこと考えるんじゃねーのか?」
「そうでもないよ、メルザちゃん。モンスター見ながら食べ物の絵を描く変な妖魔もいるんだからね」
「モンスターって食べ物だろ?」
「……妖魔君の奥さんって変わってるよね」
「ああ……可愛げがあるだろう?」
「うわ、のろけたよ。妖魔君って前向き。でもそうか、モンスターも食べ物か……メルザちゃんにはベオルブイーターですら食べ物に見えるのかな……」
「俺相手でも食材を見る目しやがるからな」
と、間に入ってきたのはベリアル。
気になることでもあったのだろうか。俺の肩へ乗ってきたのを、カルネが手を出してつかまえようとする。そんなベリアルの姿は鳥だ。
当然羽を動かし、羽ばたかせてさっと避け、カルネにそっぽを向く。
「この絵に意味なんて持って書いてねえだろ。変化は絵そのものの大きさしかねえ」
「そもそもこれを絵と呼ぶべきものなのかしらね」
「っ! それだわ、ベルシア! これ、きっと絵じゃないんだ」
「えっ? どーいうことだ? やっぱ食い物なのか?」
「そうじゃなくてね。これ自体が絵ではなくて、何かの手がかりとする道具かなにかなのかもしれない」
「そういう考えもできるな……」
ヤトと頭を悩ませていると、先導していたアイジャックが声を挙げる。
「下にモンスターがいやすぜ」
「ほう。ようやくか。ちょうどよいではないか。さぁ四幻たちよ。我の意に従い先行するぞ。ついて来い!」
「ギオマ。破壊はするなよ!」
「分かっておるわ。いざゆかん!」
「なら俺もちっとばかし暴れてくるか」
四幻たちも早く戦いたかったのか、螺旋の道を素早く降りていく。
罠があったら困ると思ったのか、あるいは高みの見物か。
ヤトとアイジャックもそれに続き、残ったのは俺とメルザ、カルネ、ベルベディシア。
あれ? レイビーがいない? ……ヤトが持ってったのか。
呪いの人形が手元から離れたような感じがして、少し落ち着いた。
他の部屋にもあれ、あったのかな……。
だが、しばらくしてベリアルだけ戻ってきた。
面倒になったのだろうか。
再び肩の上に降り立ち、話始める。
「ふう。やっぱだるくなったぜ。しかしよ、俺が知る限り、神魔対戦のときにこんな建物の報告は聞いてなかったぜ」
「あの壁で気づかなかったんじゃないのか?」
「分からねえ。そもそも俺ぁ他の塔の奴らとは仲が悪かった。知らせてねえだけかもしれねえがよ……あるいは裏切られてたって可能性もありやがる。もしくは……」
「ここに封印された仲間がいた、とかか? 笑えない冗談だろう」
「冗談ですみゃいいがな。その感があってたとすりゃよ。ソロモン計画自体無駄ってことになる」
「倒す側が実はベオルブイーターを守っていた。そう考えてるってことか」
「あの強さに屈しねえほうがおかしいとも言える。その強さの秘密が別の場所にある。そりゃよ、対峙してみりゃ考えられることだ。だが、まともに対峙して生きてはいられねえ。皮肉なことだぜ」
「お前の中でもやはり、ギオマがいても勝てない相手なんだな」
「あれを倒せるやつがいるのかすら分からねえな」
この場所がベリアルの言うところの、かつてソロモンの塔にいたやつが潜伏してたとして……そいつはここで何してるんだ?
単純に外からあの壁で封印され、出れなかったってことか?
不明点が一気に増えたな。
「ツイン。鳥、鳥ー!」
「俺に触るんじゃねえ!」
「こら、カルネに怒鳴っちゃだめだぞ」
「そーいやデカラビアだったか。あいつの能力って鳥になるだけじゃないよな」
「おいおい。そんなこと聞いてどうするつもりだ?」
「どうって、単純に疑問に思っただけだが……あれ?」
突然バサバサと羽を広げて慌てるベリアル。
言葉を続けようとした俺の視界に、もう一羽のベリアルが下から上がってきたのだ。
まさかのベリアルさん二羽目展開!?




