第九百三十四話 ベオルブ遺跡突入!?
粉々に砕け散る壁を遠目に見ていた俺たちは、とてもシュールな表情を浮かべていた。
跳躍から着地すると同時に、全員の視線はヤトカーンへと注がれる。
「……壊れちゃったね」
「じゃないだろ! どーすんだこれ。俺たち遺跡荒らしだよ!」
「まー、あの壁、まずかったみてーだしよ。いいんじゃねーか?」
「良くはないと思いますわ。でも、仕方ありませんわ。テンガジュウ、直しなさい!」
「だからあっしはテンガジュウってお人じゃねえですって!」
遺跡を囲っていた壁が壊れたその先は、明らかに外観とは違う色をした、不思議な建物が見えている。
表面は薄い黄色……いや、薄黄金色をしたレンガ調っぽい建物だ。
四角く角ばった形をしていて窓などはどこにも見当たらない。
「それじゃ改めて、入ってみよう」
「ああ。メルザはちゃんと手をつないでおくからな」
「おう! でもカルネは渡さねーぞ」
「疲れたらでいいよ。ずっと持ってるのは無理だろ」
メルザがぎゅっと握るカルネを、少しうらやましそうに見るベルベディシア。
後で少し代わらせてみるか。
再び遺跡入り口まで戻る。
やはりあの壁は、この遺跡を守るための何かの仕掛けだったのだろう。
近づいてみると、入り口と思われる扉が存在した。
扉の左右には黄色と赤色のボタンが一つずつあるだけ。
うかつには押せないな。
「これも開け方分からないとか言わないよな?」
「待ってね……黄泉を見守るベオルブの遺産を得るために、過ぎ去る秘宝を用いねば、退くことを如何に況んや?」
「ツイン、カルネ、分かった」
『ええっ?』
「カルネ、目、開く」
「目? 賢者の石のことか?」
「そう。カルネ、開ける」
「過ぎ去る秘宝を用いろって、アーティファクト全般を指す言葉ではなくて? その子にやらせなくてもいいと思いますわ」
「その後の退くことを如何に況んや? ってのは引き返さないとならないのは言わなくても分かるだろって意味か」
「その前の、黄泉を見守るベオルブの遺産っていうのも気になるね」
「カルネ、開ける。ツイン、早く」
「やれやれ。この子は言い出したらきかないからな。メルザ。やっぱりカルネ預かるぞ」
「俺様も一緒だ。じゃないとダメだぞ!」
「分かった、そんじゃ一緒に」
メルザごとカルネを抱えると、扉の前に立った。
相変わらずメルザは軽い。
仏頂面も良く似合ったままだ。
「どーやって開けんだ、カルネ」
「しーっ。メルちゃ、ダメ」
「ううん、だってよ。この姿勢が、ちょっと……ルイン、こっち見んな!」
顔を近づけてカルネのやろうとしているところを見ようとしたら、メルザに思い切り首を逆方向にひねられた。
俺、ロボットじゃ無いんですけど?
「それ以上曲げたら首が折れる!」
「ツイン、しーっ。邪魔」
「我が娘は本当に毒舌だな……」
カルネが扉スレスレまで目を近づける。
その目には一体何が映って見えるのだろう。
いや、そもそも自分の子だ。俺と同じで目が不自由にならないかは心配だ。
しばらくして……カルネの目先から紫色の光が筒上に放出された。
そして、扉に描かれていた文字をそれが謎っていく。
「一、五、一、五……」
カルネが扉の左右にあるスイッチを、そう言いながら、とても小さな指で押し始める。
「一、三、七、二、四」
「ちょっとちょっと、この子何が見えてるの? 凄いんだけど。妖魔君の子、もらっていい?」
『ダメだ!』
「メルちゃ、ツイン、うるさい」
『ご免なさい……』
我が家の頂点は現在カルネで間違いない。
ゆるぎない可愛さと猛毒を吐き散らす言葉遣いで周囲をバイオレンスに染めていく。
しかし可愛いとは正義なのだ。誰しもが抗えない真理なのだ……。
――などとへこみながら考えている間に、扉がきしむ音を立てて開いていく。
信じられないものを見たという表情を浮かべるヤトカーン。
メルザはにかっと微笑み、カルネの頭を撫でる。
「さすが俺様のカルネだ! 俺様と同じくらい賢いのだ! にはは!」
「メルちゃ。ポンコツ」
「俺様はポンコツじゃねー! とっても賢い!」
「さて、それよりもだ。扉が開いたのはいいが、そのまま進んでいいものか」
扉が開くと同時に壁面は明かりが灯り、怪しげな像が並んでいるのが目に映る。
壁の色は外と同じ薄黄金色。その中は、天井も高く見晴らしは悪くない。
全員口を開けて様子をみている。
「まさかあの包まれた壁の中にこんなものがあるとは思わなかったが……ヤト、どうするんだ?」
「こんなに早く扉を開錠できるなんて思わなかったよ。私とアイジィが先導する。妖魔君はその後ろ。ベルシアがその後かな。念のためあの竜たちも出しておいてよ」
と、封印から出そうとしたら、全員出て来てクリムゾンポーズをきめられる。
お前ら……示し合わせてただろ!
ついでにベリアルも出て来て俺の肩の上に乗った。
「ほう。こいつは中々面白そうな場所じゃねえか」
「面白い場所ね……俺にはモンスターの巣窟に思えるけどな」
「グッハッハッハッハァ! モンスターなど全て魂を抜き去ってやろう!」
「魂のあるモンスターがいりゃいいけどな……どう見るよギオマ」
俺の肩から人型のギオマの肩へ移動するベリアル。
この二人の組み合わせは珍しい。
「そうだな。中々に強そうなモンスターの気配がする。奴ほどではないがな」
「同感だな。俺たちが暴れるのもいいがよ。そいつら……四幻の修行にもいいんじゃねえのか」
「ほう。それは面白い。こやつらは我が統率し管理するようになるとルジリトより言われておる。いづれ来たる戦争において、我がこやつらを率いて戦うのだ」
ルジリトのことだ。随分と先のことまで考えているのだろう。
四幻はメルザとカルネへの忠誠が強い。
ギオマに率いてもらう位がちょうどいいのかもしれない。
「ほら置いてくよ、妖魔君たち!」
「直ぐ行くよ。さぁメルザ」
「なぁなぁ。この壁は食い物にならねーのか?」
「おっとそうだった。ヤト、少しだけ待ってくれ。パモ、出てきてメルザにスッパム上げてくれ」
「ぱーみゅ!」
ギオマの肩にベリアルがいるので、俺の肩は開いている。
そこにパモを乗せると、肩の上で嬉しそうに跳ねながら、メルザへスッパムを差し出した。
これはそもそもメルザが地底へ持って来たものをパモに詰めておいたものだ。
「おお、パモじゃねーか。元気そーだけどなんか少しだけ変わったな」
「ぱーみゅ!」
「ツイン、ずるい。パモちゃ、独り占め」
「パモは若干カルネを恐れてるんだよな……」
「ずるい。パモちゃ、こっち」
「ぱ、ぱみゅ……」
カルネが手を伸ばそうとすると、肩の上で身震いしたパモは、封印へと戻っていった。
パモはメルザのような笑顔をした生物へは喜んで近づこうとするのだが……いわゆるジト目てきな相手にはあまり近づこうとしない。
そのため、カルネを始めとする常に怒っている雰囲気の者……サラや、邪悪な笑みを浮かべるレミニーニなどにはあまり近づかない。
俺とメルザ、ベルディア、ファナやニーメは好きなようだ。
案外えり好みするんだ……と思ってたら、カルネが泣きそうな顔になっていた。
「カルネ。パモちゃ、嫌われた」
「ち、ちげーぞカルネ。パモは照れてるだけだぞ、な? ルイン」
「パモは多分、目を見て判断してるんだ。カルネも少しこう……ゆるーい顔をしてみろ。こうだ、こう」
俺がゆるーい顔を必死にやってみせると、遠目のヤトから大きなため息が聞こえる。
「妖魔君、元の顔の方がゆるいよ?」
「……なんだと!?」
俺は今まで気付いていなかった。
素の顔がパモ好みだったということに。
「さ、食事も済んだでしょ。そろそろ行くよ。部屋が幾つかある。扉に罠がないか確認する作業は私がやるから、各部屋を戦力分散して手分けして情報を集めよう?」
「ああ、分かった。組み分けは……」
カルネは結構なジト目です。
それはもう、元々が闇の賢者ですから、闇をはらんだジト目です。
いつかは微笑んでくれるのでしょうか?




