第九百三十三話 ヤトカーンの能力
妖魔というのは個性的な能力を持った者がいる。
いや、能力だけではない。性格も個性的だといえる。
フェルドナージュ様は巨大な蛇を操るし、フェドラートさんは対象を縛る能力や空間の音を遮断する能力を持っていた。
サラも糸で対象を吊るす能力があったし、リルは模倣という、見た攻撃を自分の技として模倣する術を持っていた。
俺にはモンスターを封じてそれらを放出し、共に戦う力がある。
そして……ヤトカーン。
こいつの能力もまた、個性的だった。
「手に触れた壁が、気色悪い果実に!? 一体何をしたんだ」
「これが私の持つ妖魔としての固有能力。固有能力くらい知ってるでしょ?」
「ええと……秘術、か?」
「そうだね。秘術とも呼ばれたりしてる。私は固有の方がしっくりくると思ってるんだけどな。だってこの力、私以外使えないもん」
ヤトカーンは、叩いても音のしない壁に手を触れると、その一部が異様な果物に変化した。
だが、変かしたのは壁のほんの一部で表面上のみ。その奥はまだ壁のままだ。
しかし一部が削れたということは、その奥も削れる……ということだろう。
「うーん。全部は無理だね。私が倒れちゃう。はい、メルザちゃん」
「食っていーのか? なんか変な色だけどよ」
「お待ちなさい! まさかそのまま食べるおつもりなの!?」
謎の作成された果物を、メルザが丸かじりしようとしたので、慌てて止めに入るベルベディシア。
なんというかうちの嫁があれで、有難うございます。
メルザは昔から食べ物に関して危機感が無い。
そのため、倒したカエルを焼いて食ったりする。
俺はこれが一つの能力……悪食であると考えていたが、ただの食いしん坊というだけの気もする。
ヤトカーンがそれを見て文句を言い出した。
「えー。大丈夫だよー。早く食べてよメルザちゃん」
「あなた、どうして笑いながら言ってるのかしら? いい? 拾い食いなんて女性のすることではありませんわよ。そういったのはほら、そこの……テンガジュウのような者にさせればいいのですわ」
「え? 俺? テンガジュウって誰ですかい?」
アイジャックを指差しながらテンガジュウと告げるベルベディシア。
全然似てないけど……そういえばテンガジュウたちはついて来て無かったな。
雷帝の城にいるのかもしれない。
お前、テンガジュウのポジションに飢えてるだけじゃないか。
「けどよ。俺様腹減っちまってよー……」
「パモに食糧を大量に預けてあるから。もう少し待てって。そういうことでこれはアイジャックにあげてみよう」
メルザは渋々アイジャックに謎の果物を渡す。
その果物の色は……黄褐色だ。
若干くさりかけのリンゴという色合いの方が適切かもしれない。
明らかにアイジャックの表情が悪い……ってことは、間違いない。
ヤトカーンが変換したその異物はまずいのだろう。
「姉御ぉ! もうばれてますから話していいですかい? これ……」
「何言ってんのアイジィ。私が変換したものを食べずに捨てるの―? 食べ物を粗末にしたら許さないっていつも言ってるよねー」
「……ええい、もしかしたら今回は美味いかもしれない! 食えばいいんでしょう、食えば!」
そういって一口かじったアイジャックの顔は真っ青になり、ぱたりと倒れた。
……そんなまずいのか。
「うーん。真面目に調査するか。妖魔君、手伝って」
「最初から真面目にやってくれよ。それで、何を手伝えばいいんだ?」
ベオルブ遺跡入り口でつまずいていたら世話が無い。
この壁に包まれるような入り口には、特に扉らしい扉も見当たらない。
叩いても無音だし、特別な幾何学模様も見当たらない。
表面はデコボコしていて平らではないが、その部分を押しても何も起こらない。
「入り口はここであってるはずなんだ。それでね……この辺りにこの壁と同じ材質のものとか無い?」
「同じ材質? ああ、それならこの辺……落ちてるの石じゃなくて、全部同じ材質のものか?」
「やっぱ妖魔君にもそう見える? これ、この辺の窪みに上手くはまらない?」
試しに一つとって合わせてみると、ぴったりとはめ込む場所があった。
「凄いね妖魔君。こんなに散らばってるのにいきなりぴったりはまるものを見つけるなんて」
「パズルとか得意だったからな。あれは目が悪くても遊べたから……っとと、メルザ、どうした?」
ヤトと話をしていると、その間に割って入るメルザ。
カルネにすそをつかまれたので姿勢を低くすると、思い切り鼻を引っ張られた。
「俺様もやる! 今ならちゃんと両手だって使えるんだぜ」
「カルネも、カルネも」
「わたくしも手伝いましょうか。ほら、テンガジュウもやるのですわ!」
「だから俺はテンガジュウじゃないですぜ、ベルの姉御!」
「ふうむ。我は苦手だ。しばらく封印に戻っておるぞ。ではな!」
約一名封印に逃げた。
こういうときだけずるいぞギオマ。
「それじゃみんなで手分けしてやってみよー」
「壁を壊してしまったところは平気なのか?」
「多分平気じゃない? 入り口っぽいところとは少し外れてるからさー。あはは」
不安だ……ヤトカーン。彼女は実験しなければ気が済まないタイプだろう。
――こうしてしばらく、俺たちは入り口に謎の物質をはめ込む作業にいそしんだ。
カルネにとってはこの作業が楽しいようで、メルザがつかんだのを的確にはめていく。
メルザは自分ではめようとした箇所が、てんで検討違いだ。
こういうのはコツがあるんだぞ、我が主よ。
はめ込む場所を先に検討し、それに近いものを手に取るんだ。
カルネは見ただけで把握しているようだが……これも賢者の石の力か?
末恐ろしい子だ。いや、既に成長が速すぎる。
これは幻魔と妖魔の血なのか。
あるいはブネの影響なのか。
それとも賢者の石の影響か。
地球なら天才ベイビーとしてメディアを沸かせていたに違いない。
「よし。後一つだよ」
「メルザ、それをはめてみてくれ」
「分かった。よいしょっと……」
カチリとも音はしないのだが、メルザが最後の一つをはめた途端……その部分から、包まれていた壁部分がグルグルと右回りに回転しはじめた。
しだし、途中で止まって……「やばい、これやばい! さっき食べ物にしたところがおかしくなってるのかも! 退避ー!」
「まじかよ! 全員俺につかまれ! バネジャンプ!」
慌てて全員をつかんで後方に退避する。
すると、遺跡を包むように覆っていた壁が飛散して砕けた。
……俺たちはどうやら酷い遺跡荒らしをしているようだ……。
壊しましたね。壊しましたとも。
やっちゃったなー……。




