間話 半身を闇に染めし、シラ
とても暗い、暗い場所に暗い建物。紅色に光る一部の箇所に、微かに聞こえる音がある。
紅色の瞳で薄ら笑いを浮かべている何かは時折口を動かして、何かを呟いている。
我が子を愛しむように大きな宝玉を包み込むその手先の半分は、紅色に染まっている。
義足と思われる左足と、一部に穴が開いた体を持ち、華奢な体をしているソレは、その場から動くことはない。
「早く、もっと早く、もっともっと早く、起きなさい。貴方が何よりも大事なの。早く、もっと早く、もっともっと早く……」
彼女は繰り返しそう呟いていた。
その暗い場所に時折、鳥や獣が侵入してくる。
しかしそれらが侵入する度に、その玉から無数の手が飛び出して、それらを捕縛する。
悲鳴を上げながらもがく生物たちは、その玉へ次々に引きずり込まれていく。
彼女は何事も無かったかのように、呟き続けるだけだ。
そんな彼女の愛しい時間を邪魔する者が現れる。
「シラ様……」
「……もっと早く、もっともっと早く……」
「シラ様!」
「……何よ。誰。どうして食べられないの」
「常飛のピュロスです。シラ様」
「だから誰なの?」
「……いえ、俺が誰などとはもうどうでも良いことです。それよりも、シラ様が探していた腕が地底で見つかったとの報告があります」
「そう。それで?」
「それで? とは……」
「用意出来てるんでしょう? だから私の下へ来た。早く、もっと早く食べさせないと」
「……いえ。見つけた腕は全部で六本あります。一つは男のもの。一つは女のもの。もう一つは子供のものです」
「……六本? そんなはず、無い」
「間違いなく反応があったと、常角より伝えられております」
「男、男の腕が欲しい。女の腕も欲しい。子供はいらない。この子に合わない」
「承知いたしました。ただ、絶対神の加護を受けたものです」
ピュロスと名乗った者がそう告げた瞬間、暗い暗いその部屋は、瞬く間に崩壊した。
失言だったことを理解したピュロスはその場を離れる。
「落ち着いて下さい! シラ様!」
「絶対神……殺す殺す殺す……殺す!」
崩壊した建物から、シラの全ての体が映し出される。
体の半分は漆黒に染まり、漆黒に染まらない方腕は、燃えるような紅色をしている。薄い黒の衣を纏うだけの女性。
髪先一本一本が意思のあるようにうごめき、義足と思われる片足は、半身と同じようにどす黒い。
崩壊した建物の瓦礫が玉に落ちそうになるたびに、その玉から無数の手が伸びて、それらを玉へと取り込んでいく。
「干渉出来ない。干渉させない。卑怯な絶対神。必ずこの手で駆逐してやる。いいえ、あなたの手で、そうね。加護ごと取り込んでやるのも良い。私が行く。場所を示せ下僕」
「はっ……全ては我が主の御心のままに……」
ピュロスは激しい動悸を感じつつも、崩壊した建物の一部に向けて突撃する。
常飛車のピュロス……それは過去に存在したゲンドールの生物である。
今となっては彼以外存在しないその生物は、あらゆる結界を貫通し、瞬時に彼の体の一部を置いた場所へ出現することが出来る能力を持つ。そんな彼の体の一部は、既に常闇のカイナ幹部に持たせ終わっているのだ。
また、常闇のカイナ随一の戦闘能力を保有し、シラ不在時の指揮権全てを担って。
しかし、彼は困惑していた。
あの玉を得てからというもの、日に日に衰弱していると感じられる王に。
あの玉は一体何なのか。
何処から手に入れたのか。
なぜ自分さえも分からないのか。
不安が頭を過る中、ただ、王に忠誠を誓い続けるピュロス。
瓦礫の壁に自らを埋めると、その奥には彼が最も苦手とする常角が見えていた。
「王を連れてそちらへ行く。急ぎ支度しろ」
「このアクソニスにあなたが命令するおつもりですか?」
「……ならばいい。俺がやる」
「いえ。今日は気分が良い。からかっただけですよ」
そう告げると、直ぐに動き出す、常闇のカイナ幹部、常角のアクソニス。
暫くして、常飛車が体当たりをした場所から一本の手が伸びる。
「シラ様、お久しぶりでございます」
「……あんたも誰よ。何で食べられないの」
「……これはこれは。失礼しました。ふふふ、常角のアクソニスですよ」
開いた道を通ったその先は、何かの建物の中だった。
美しいテーブルや椅子などが用意されていたが、シラはその一角を吹き飛ばして、暗い暗い闇へと変えてしまう。
そして再び座り込み、我が子を愛でるように、抱えていた玉にしがみついた。
「早く、もっと早く、もっともっと早く……」
初めて登場しました。
常闇のカイナの王、シラ。
抱えている玉は一体?
彼女たちは何処に?
気になることが多すぎる作者です。
自分の脳内ビジョンには、まだ完全にどうなってるのか映ってない……。




