第九百三十話 フェルス解放軍の設立
地底の状況とフェルス皇国の現状は把握出来た。
地上への戻り方とリルたちの居場所の憶測も完了した。
だが、一つ問題があることをメルザに告げた。
「フェルドナージュ様とニンファがノースフェルド皇国で幽閉されてる。俺を逃がすために協力してもらったジオも、あの国で奴隷として働いているんだ」
「俺様、聞いてるぜ。ルインと合流してから向かうつもりだったんだ」
「お前の居場所は私が把握していたが、急に移動し始めたのでな。急いでその付近まで向かったが、まさか地下にいたとは」
「妖魔導列車っていう乗り物で移動をしたからかな。本来向かうべきフェルス皇国へ向かえなかったんだよ。タナトスのせい……かな」
「あいつがルインを裏切ったんだな? そのせーで大変な目にあったんだろ?」
「……いや、どうかな。悪く考えるよりも、良い方向に考える方が俺の性分に合ってる。ノースフェルド皇国へ向かわなければ、状況も理解出来なかっただろうし、フフェルドナージュ様たちの安否もつかめなかった。それに……俺にバルフートたちを上手く使いこなせる自信も無かった」
「つまりフェルドナーガとやらにベオルブイーターを倒させるつもりか」
「いや、共同戦線かな。あいつらがベオルブイーターに攻撃を仕掛けている最中に、俺たちも攻撃を仕掛ければ、俺たちに構うことなくベオルブイーターと戦うだろ? バルフートたちはそのときに奪い返すつもりだ」
「ほう。それは面白い。無理やり共同戦線を張らせるということか」
「ああ。協力しろなんて頼んでも、鼻で笑われるどころかまた奴隷として扱われるだけだろう。見て来た限り、プライドが高い妖魔の集まりだ。ベレッタの妖魔たちの方が余程協力的だったよ」
これはバルフートを奪われたときに考えていたことだ。
何せあの中には……ロキが眠っているのだから。
あいつは必ず俺へ執着している。奪い返す機会はあるはずだ。
「あのさ。質問なんだけど」
それを聞いていて、俺とシカリー、メルザの話に割って入るヤトカーン。
「どうした? ベオルブイーターについてか?」
「ううん。あれの存在をどうにかするっていうのは賛成だよ。倒した後に調べたいけど。そうじゃなくてね。ソロモンの塔については任せてもらえないかな。結界が解ければ良いんだよね?」
「いや、もう一つ。俺の友人でありフェルドナージュ様の甥っ子でもあるリルカーンとその妻を救出したい。そこに恐らくいるはずなんだ」
「不確定なんだ。それも調べるし、同族なら尚更だよ。どうにか助け出してみる。だからソロモンの塔の破壊は待って欲しい」
「全てのソロモンの塔が揃わぬ以上、破壊するのが得策だと思うが?」
「でも、何者かがソロモンの塔を呼び覚まし、結界を張って地上と地底を行き来出来ないようにしてるんだよね? それなら必ず手痛い罠を仕掛けてるんじゃないかな。無理やりソロモンの塔を破壊させるつもり……とかね。だってそいつらの目的って地上と地底を一つにしないようにしてるわけだと思うし」
「それは……だが待てよ……」
ベリアルはソロモンを守っていた。ソロモンはそもそも何故地底に作られたんだ?
絶対神側の勢力を倒すためだよな。
地上と地底を一つにしようとしていた理由は、絶対神側の勢力を削ぎ落すため?
しかしながら、ベオルブイーターは討伐出来ず、守っていたソロモンの塔は破壊された?
残りのソロモンは封印され、地底の核ともいえるベオルブイーターは残っている。
ソロモンを復活させた理由は何だ?
そればかりか地上への行き来を断っている?
「ソロモンを復活させた奴の行動が読めない……か」
「そうなんだ。何を考えているのか分からない。だから危険だと思う」
「では仮に、地上の者だとしたらどうだ」
「どういう意味だ、シカリー」
「お前には心当たりがあるんじゃないか」
俺はハッとしてメルザを見た。
まさか……メルザの本当の母親? 名は……シラだったか。
つまり、常闇のカイナが関係している可能性があるってことか。
あいつらの行動には、確かに明確な点がある。
人身売買を行っていて、優れた能力者をジョブカードに変えてしまう術がある。
ソロモンの塔は勝手に魔族を吸い込む。その中身を自由に取り出せるとしたら……。
リルが既にジョブカードにされているかもしれないなんて、考えてもみなかった。
冷や汗が全身に走る。
「何れにしてもソロモンの塔については調べる必要があるだろう。だが、近づくだけでも危険な建物だろう?」
「そこはこのヤトカーンに任せてよ。私、妖魔一の研究者なんだよ?」
「姉御なら確かに大丈夫でさぁ。あっしもついてやすから」
ヤトの戦い方はまだ見ていない。
戦闘能力的には不安があるだろうし、一緒に行くべきか。
「俺も……一緒に行こう」
「それじゃ俺様も行くからな! ぜってーに!」
「ふむ。手分けするならそれも良いだろう。まず一度、フェルス皇国へ戻り部隊編成を行うべきだ。そうだな……フェルス解放軍、とでもしたらどうだ? フェルドナーガとやらを倒すのだろう? このまま地底で暮らすつもりなどない。私も協力しよう」
「シカリー、あんた……そうだな。ノースフェルド皇国でフェルドナージュ様を解放する者と、ソロモンの塔を調べる者。それからベオルブイーターの状況を把握する者。それとベレッタの解放。そして奈落への様子見も必要か。タルタロスは奈落へ戻れてるのかどうか……確か奈落もフェルドナーガが派兵しているはずだが」
「奈落の現状は悪いかもしれん。そろそろ軍師が戻って来るころだろう」
「ルジリトもここに?」
「ああ。一早く状況を把握するに、我が知無くして事なきを得ずと言ってな。真っ先に飛び出していった」
「そうか……あいつハルピュイアから治ったのかな」
「いいや。本人の希望でそのままだが、羽の感染は起こらないように投薬してあるようだ」
ハルピュイア化する症状の特効薬か?
もう出来たのか。さすがはシュイオン先生にマァヤだ。
あの二人の存在は、我が国にとっての宝だな。
このままフェルス皇国へ向かいながら、国の現状を伺うと……なんとあのペシュメルガ城がぼろぼろに破壊されてしまったという。
美しい城だったのに。フェルドナージュ様は悲しまれるだろうな。
それに、武器屋や洋服屋など、全て破壊されてしまったらしい。
景観は大きく変わり、食糧も少なく、あまり良い状況では無いようだ。
到着後早めに応対し、ことを進めねばならないだろう。
「なぁメルザ。力はどうなんだ?」
「んー、カルネがいねーと何も出来ねー」
「メルちゃ、ポンコツ、カルネ、つおい」
「……くっそー。俺様だってすげー力で暴れてーのに!」
「まぁ、カルネと一緒で力を発揮出来るなら、カルネはメルザがしっかりと抱えてていてくれ」
「おう。俺様のカルネだからな! へへへっ。ルインにはちょっとだけだぞ」
「イヤ。カルネ、ツイン、好き!」
「なんだとー! 俺様の方が好きだろ? な?」
「ぶー」
「ははは、ただの愛情の裏返しさ……なぁメルザ。一つ頼みがあるんだ」
「ん? なんだ? 俺様に頼み?」
「雷帝を……いや、雷帝たちを、俺たちの国へ正式に迎えてやりたいんだ」
「雷帝ってあの血を吸うやつだよな。どーしてだ?」
「メルちゃ。どんかん。ツイン、気に入った」
「何ー! ルイン、また嫁を増やすのかー!? ……まぁ俺様は別に構わないけどよ」
「嫁を増やすってのとは違うな。今回の旅であいつに助けられた。だが、ことを解決すればあいつはまた雷帝として絶魔王の城に戻る。だが、あいつの目は……何処か寂しそうだった。今回の旅であいつが見せたことも無い表情を見ることが出来た。あいつの傍にはテンガジュウ、ベロア、ビローネの三人がいるが……恐らく、もっと家族が欲しいんじゃないかな」
「んー。ルインを助けてくれたんならよ。俺様は構わねーぜ。けどな……」
俺の手をぎゅっとつかむメルザ。
分かってるよ。
「妻としてこーしていいのは俺様だけだかんな!」
「ダメ。カルネ、する。メルちゃ、邪魔」
「ひっでー! カルネは後だ、後!」
「安心しろ。俺の手は最大三つまであるんだからな!」
地底の世界は大きく揺れている。
フェルドナーガ、常闇のカイナ、そして或いは別の何か。
これから始まる更なる戦いへ向けて、俺はひと時の幸せを感じつつも、心穏やかでは無かった。
リルカーン。カノン。お前たちは無事なのか。
その思いが俺の背中に強い焦燥感を与えていた。
全ては、我が封印者のために。
動き出すのだ、自らの一部となった魂の導きが。
第三章がこれにて終了となります。
いつも通り間話を加えますので第四章開始には少々お時間が掛かると思われます。




