第九百二十九話 フェルス皇国の現状
マッハ村の村長宅に着いた俺たちは、そこでこれまでの詳しい話を聴くことにした。
外でメルザが手をつかみながら話す内容ではチンプンカンプンの暗号文だったが、なんとここにシカリーが来ている。
いや、正確にはそれだけではない。
我が国の有力者たちの大半を連れて来たのだとか。
更に、フェルス皇国を乗っ取って守っていた奴は既に幽閉済みらしい。
現在フェルス皇国を守っているのは魂吸竜ギオマであり、フェルドナーガ軍の妖魔たちは全て魂の抜け殻……死んだわけではないようだが、ギオマの能力により完全鎮圧に成功しているのだとか。
マッハ村にはクリムゾン、ジェネスト、シカリーの三名が護衛に来ており、巡回は空が使えないために白丕、沖虎、彰虎が駆けずり回っているようだ。
「それで……上手く丸め込まれたってわけか」
「ああ言われてはな。まさか力を示せと告げたら、このシカリー自らを名指しするとは思わなかった」
「へへへ。俺様とおめーはゆうこーかんけい? だからな! 俺様は賢いのだ!」
「断れば友好関係を損ねる上、自らが実力者ではないと言うようなものだ。我ながら投げかける内容を間違えたようだな」
どうやらシカリーはメルザに力を示せれば地底へ連れて行ってやると言われたようだ。
そしてメルザは即答でシカリーを指差して「おめーがいるじゃねーか。一緒に来てくれ」と言い放ったようだ。
これにはシカリーも失笑を覚えず、数名の死霊族を伴い、更にメルザの護衛を増やすことで了承したようだ。
どうにか足止めを……と頼んだのは俺だが、死霊族の王のプライドが関わるとなると仕方ない。
メルザが一枚上手……いいや、これ以上メルザを留めておくなんて出来ない。
女王となってもメルザはメルザ。
これまで通り俺が傍にいて守ってやらないとダメだ。
だが、子供五人を同時に守るなんて不可能だろう。
此処へ来たのがカルネだけで本当に良かったと感じている。
「さて、話を進めようかルイン殿」
「ルインでいいよシカリー。俺たちは対等であるべきだ」
「ふむ。分かった。ではルイン。ゲートから逸れて良く無事だったな。まず先に言っておこう。もうあのゲートは使えない」
「どういうことだ? 俺たち戻れないってことなのか?」
「そうだな、あの道からは戻れん。あれは死霊族特有の探す道。探しものを見つけるために存在を確立する道だ」
「探しものを見つける……道? それならこちら側から地上への探し物があればまた作れるんじゃないのか?」
「不可能だ。あの力はゲンドールの力。今いる場所は地底であり、地底を作ったのは絶対神だ。ゲンドールの力とは切り離されている。私がここにいる以上、その道を作ることは叶わない」
「……つまり、シカリーが地上にいれば再度その道を作って戻れたが、此処へ来た以上はそれが出来ないということか!?」
「その通りだ」
「う……もしかして俺様のせいなのか?」
「いや。直ぐ戻ると言って戻れなかった俺の責任だろう。心配するのは当然だ」
「むー。でも俺様、ファナたちにも止められて。でも心配でよ。だから……」
「ほら。妖魔君にヤキモチ焼いてるだけって私が、むぐっ」
「あなたは少しお黙りになって。わたくしだって我慢してるのよ」
「話を続けるぞ。我が道は閉ざされたが、この地底を覆う強い結界を解除すれば、再び泉から地上へ戻ることは叶うだろう」
「まさか、それがソロモンの塔なのか?」
「そうだろう。ベリアルから聞いたか。現状で確認出来るソロモンの塔のある場所を示すものを用意した」
シカリーが紙を広げると、強くはっきりと光る点と弱く光る点が幾つか紙の上に表示されている。
「これはマジックアイテムの類か。ここからはどれも遠いな」
「この地底は四つの勢力に分類されている。此処から一番近い南西、ベレッタ、我々が来た南東の方角、フェルス皇国、最大勢力を誇る北西、ノースフェルド皇国、そして北東、奈落。何れも現状フェルドナーガが勢力を伸ばしている。そして点滅部分へ派兵しているのもフェルドナーガ軍だ」
「あいつらがソロモンの塔が現れたと同時に、強い動きを見せたと聞いたんだが?」
「恐らくだが、眠れるソロモンの塔を呼び覚ます術を行ったのはそいつだろう。だが、呼び覚ますだけで手中に収められるものではない。一つのソロモン攻略に数年の刻を要してもおかしくはない。それがソロモンの塔……究極迷宮の能力ともいえる」
「究極……迷宮だと? 此処へ来る途中に一つだけソロモンの塔の残骸を確認した。あれも究極迷宮だというのか?」
「領域を持つお前たちならば理解出来るだろう。ソロモンの塔内は言わば広大な領域だ。本来破壊出来るようなものではない。あれはゲン神族側が創った数少ない遺物だからな」
メルザは腕を組んで頷いて聞いている。
それを見て、ヤトカーンが驚愕の目をしているが、それ以外の者はいつものことだと理解している。
しかし……メルザよりもさらに驚くべきことに、口を挟んだのはカルネだった。
「カルネ、多分、壊せる」
「……賢者の石か。確かにそれは絶対神側がゲン神族側に対抗するための一つの手段だ。貴様なら可能だろう」
「カルネに貴様なんて言うな! こんあに可愛いんだぞ!」
「おいおい。親バカだと思われるぞメルザ。いや、可愛いんだけど」
「あなたも十分親バカですわね……」
「あのソロモンってのは破壊しても良いものなの?」
「私はゲンドールを守る義務がある。しかしそれと同時にアルカイオス幻魔の守護者でもある。地底をこのまま放置出来る程、そちらの女王は甘い存在ではない。地上と地底が一つになったとして、ゲンドールは変わらない。私はそう考えている」
「ソロモンの塔を破壊すると、地上と地底が一つに?」
「いや、核であるベオルブイーターを始末せねばそうはならないだろう。結界は解けるため、泉から地上へと戻れることは間違い無いが」
「やっぱりアレは倒さないといけないんだな。その上でソロモンの塔を破壊……か」
「どちらにしてもあの化け物を倒せるかどうか。あれ一匹でゲン神族側の大半が死滅させられる程強大な相手だ」
「シカリーもあれと対峙したことがあるのか」
「ああ。地上にあれの分体が攻めてきたからな。本体と対峙はしていないが、分体も計り知れない強さだった」
ゲンドールの歴史……か。
そしてこれから俺たちがやることは、この星に多大な影響を与えることになるのだろう。
いや、俺たちがやらなくても、フェルドナーガはそうするつもりなのか。
「ソロモンの塔ってのはどうすれば入れるんだ?」
「魔族が近づけば勝手に吸い込まれる。あまり迂闊に近づきすぎぬことだ」
「勝手に、吸い込まれる? そうか! じゃあリルやカノンはその中に」
「その可能性が高いわね。わたくしたちが見たものが残骸で良かったですわ」
「そうだね。あれの残骸を調べてたんだけど、確かにそういった力が壁面にあったみたい」
後ろでずっと聞き耳を立てていたヤトが、腰に手を当てて前へ出る。
アイジャックはヤトが余計なことをしないかずっとおろおろしているし、ベルベディシアはヤトが失礼な女だと認識しているので、ずっと止めてくれていたようだ……が、村長が食べ物を持って来た途端、どこ吹く風とその場を離れて食事を食べていた。
尚、これにはメルザ女王陛下も含まれる。
「……そちらは?」
「妖魔のヤトカーンっていうんだ。旅の途中で偶然知り合った」
「ふーん。死霊族なんて本当にいたんだ。触ってみてもいい?」
「……止めろ」
「ちょっと青白い感じで怖いけど……興味ある」
「姉御ぉ。何にでも興味持って触ろうとするのは止めてくだせぇ。どうみてもおっかない奴ですぜ」
「こちらからすれば妖魔などと言った生物の方が余程おっかない生物だ。さて、ルイン。今後について少し話あおう」
「ダメだぞシカリーのおっちゃん。俺様がルインと話すんだ!」
果物を片手に持ったままシカリーの前に再び戻るメルザ。
……頼むから落とすなよ!
「……まずその食事を置いてからこちらに来い」
「この子、本当に空気読まない子だねー」
「空気なんてどーやって読むんだ? 何か書いてあんのか?」
……うん。さすがはメルザだ。
「メルちゃ。抱っこ、して」
「ん? ああ。ルイン、これ持っててくれよ」
メルザが俺に果物を渡してカルネを抱っこする。
俺は渡された果物をクルクルと指で回し、テーブルの上へと置いた。
メルザよ、空気を読むってのは今のカルネのようにやるんだぞ。
子供によーく教わると良い。
「俺様、後でそれ食うからな!」
ルイン、メルザにカルネ。
ようやく三人揃った行動が開始されそうです。
よかった……。




