第九百二十五話 暗闇で耳栓を装着すると……?
シャーグスケローネの背中……というか亀の背中のような場所にまたがると、サメ顔が
上を向き「ロブロオーン!」と甲高い独特な声を挙げる。
先ほどヤトカーンが天井に投げた道具の影響で、穴の中の状況はつかめている。
そこには確かに下へと通じる穴が開いていた。
だが、その先は光一つ通らないような真っ暗闇だ。何も分からない。
シャーグスケローネは四足歩行でゆっくりとその穴へ飛び降りて行く。
まだ何も命令してないと思うんだけど?
「どう? 賢い生物でしょ」
「何の命令も下さずに何故下に降りたんだ?」
「私がこの子の背中を三回叩いたの。下に降りてっていう合図になるみたいなんだ。最初
は苦労したんだよ?」
「伝える術を自分でみつけたのか? いや、確かに俺のパモのように、モンスターの中に
も賢い生物はいるけどさ」
「パモ? パモって何? 君、変なところから鳥を出したりしたよね。どうやってるの?」
「姉御ぉ! 喋ってると舌噛みちぎりますぜ!」
「わわっとそうだった。何度か着地しながら降りて行くから。この辺も明かりをつけて調
べたいところなんだけど、投げても届かないんだよね……っとここで少し休憩させるね」
シャーグスケローネはぴたりと動きを止めた。
周囲の状況がつかめず下っていくのはスリリングだ。
遊園地の暗闇ジェットコースターってのは乗ったことが無かったが、こんな気分なのだ
ろう。
「一つ貸してみろ」
「ん? 投げるの?」
「ああ。その前にベルベディシア。頼めるか?」
「そう言うと思ってましたわ。適当に投げても壁に当たらないと思いますわね……雷閃!」
ベルベディシアが五本の指先から真っすぐ伸びる電撃を迸らせる。
すると周囲が明るく照らされ……状況が見て取れた。
ここは無数に穴だらけの洞窟。
適当に投げてもほぼ穴に落ちてしまう。
だから届いていないのではなく、穴に落ちてるだけだ。
「へぇー。こうなってたんだ! 調べる手間が省けたよ。ありがとおば……ベルシア!」
「……あなた、いい加減にしないと本当にその脳天に雷を落としますわよ?」
「ご免なさい。もう間違えないから」
「ロブロオーン?」
「良し、そろそろ進もう」
トントントンと再び三回背中を叩くと再びシャーグスケローネは動き出した。
ちゃんと合図を待ち行動しているようだ。
それにしても随分多くの穴が開いている。
これらは全てこいつらが開けた穴なのだろうか?
「この場所って産卵場所みたいだね。外敵から身を守るためにこうやって地中深くに巣を
作っているんだと思う」
「地上と地底が一緒になってしまったら、こいつらの巣も壊されてしまうのか」
「どうなのかな。私には分からない。なんで今のままじゃいけないのかな。歴史が壊されま
た新しい歴史が生まれるのは知ってるよ。それでも残しておきたい歴史っていっぱいあるん
だ」
「地上と地底。そこにどんな意味があるのかは、俺には想像もつかないことだ。もし絶対神
がこの地に根付かなければ、幻魔人たちは幸せに暮らせていたんじゃないかって。メルザ
も何事も無く幸せに……」
「そこまでにしておくのですわね。あなたの考えは甘すぎるのよ。甘すぎるのね。甘すぎる
に違いないのだわ! どの世界にだって争いは起こる。ずっと平和である世界なんてあるは
ずが無いですわ。そのために自ら力をつけて、生きていかねばならないの。絶対神はただの
理。ゲンドールをゲンドールの民だけであり続けたい。その願いが強すぎたせいで……大きな
争いになってしまっただけなのだから」
「だがお前も……きっと両親を」
「それ以上は、言わないで。昔を思い出したくないのですわ……わたくしも妹も生きているか
ら、いいのよ」
「……なんかさぁ。ベルシアってずっと寂しそうな目をしてるよね」
「わたくしの……目?」
「うん。綺麗なのにさ。勿体ないよね」
「ふっ……確かにその通りだな。俺は地底に来てあんなに笑うお前を見て少し安心したくらいだ。
冷徹で無慈悲で残忍さを持つ雷帝……そう考えていたからな」
「……あまりからかうと怒りますわよ? ほら、さっさと血を飲ませるのですわ!」
「わぁー。血を吸う種族なんだ。ちょっと怖いな」
「姉御ぉ! 合図を出さないと進まないですぜ!」
「ロブロオーン?」
「ああっと。君が投げてくれた光もそろそろ届かなくなるね……よしっと」
「かなり降りて来たな。そろそろじゃないのか?」
「アイジィと妖魔君はこれつけてね。絶対外しちゃだめだよ?」
そう言って暗闇の中何かを握り渡すヤトカーン。
全然見えないがこれは……。
「何だ? 耳栓……か?」
「そう。音が一番惑わされるからね。でも妖魔君からはエッチな感じがしないから平気そ
うなんだけど」
「どういう意味だ。俺は愛妻家で妻一筋だぞ」
「よく言いますわね。五人も妻がいるのに」
「ええー。妖魔君て五人も奥さんいるの? それじゃベルシアは五人目?」
「……わたくしは妻じゃありませんわ」
「妻以外と二人旅してるんだ。ふーん」
「よせ! 早く誤解を解け! ベルベディシアは勝手について来ただけなんだ!」
「酷いですわ……わたくしにそのような扱いをなさるのね……」
「ひっどー。妖魔君ちゃんと謝りなよ」
「すみませんでした……」
何でこうなるんだ。
だが反論したところで俺に逃げ道など存在はしない。
事実だ切り取れば間違ってはいないのだから。
これもタナトスのせいなんだ!
「くそ、タナトスめ……」
「そういえばあの男……死ぬ覚悟は当然ありますわよね?」
「死ぬ覚悟っていうか死の管理者なんだけど」
「死の管理者タナトスぅ? どこどこ? 何処にいるの?」
「……はぁ。何でもない」
「あっ。聞こえて来た。それ急いでつけて! 合図は私とベルシアでするから。手を文字
にして振るうからね。ベルシアも覚えて❕」
確かにキィキィと言った女性の声が聞こえた気がする。
ヤトが慌てているようだが、よく見えないんだよな。
ここから先は戦闘を避けることは出来ないのだろう。
そして最下層に到達したようで、シャーグスケローネの動きが下りから歩行へと切り替
わった。
「ロブロオーン!」
「ご苦労様。さ、行くよー! って聴こえてないか」
「わたくしがルインに合図して連れて行けば良いんですわね?」
「あらベルシア。手を繋いでなんて積極的ね。腕でいいのに」
「腕でどうやって言葉を伝えるのかいまいち分かりませんわ。この方が手っ取り早いでしょう?」
「うーん。まぁやってみて。ベルシアも気を付けてね。惑わされてたらしっかりつねって
やって」
「分かりましたわ。アルラウネは魅了を発動するモンスターでしたわね?」
「そうね。ここに住み着いてるのは古代種のアルラウネだよ。その分魅了も強力だから」
「それは楽しみですわ……少々恨みがある相手ですもの」
「ベルシアってさ。可愛いよね」
「な、何を仰っていますの。消炭にしますわよ!」
「ほら、そうやって照れ隠しするところとかー……でも、今はその顔も見えないけど。
ちょっと待って。ありがと。ここからは歩きだね。戻っていいよ」
「ロブロオーン!」
ヤトカーンは乗っていた背の部分を優しく撫でると、アイジィを引っ張り降りろと合図
をする。
「ベルシアもルインを引っ張って。聴こえないからちゃんと伝わるように」
「分かりましたわ……全く。不便ですわね」
「ん? 何だベルベディシア」
「降りますわよ。ほら!」
「いてて、何だ? 血が欲しいのか?」
「違いますわよ! この鈍感! ばば、どこを触ってますの!」
「ん? 良く見えないし聴こえないんだが、どうしろってんだ。外していいのか?」
「だ、ダメに決まってますわ! ここ、ここで雷撃を放出してもいいですわよね?」
「ダメだよ。降りる合図出すだけだよ? ぐいって下に引っ張ればいいじゃない」
「ですからそうしたら下に手が……」
「え? アイジィは普通に下に降りたよ?」
「姉御ぉ。次はどうすればいいんですかい?」
「た、い、き」
「待ってりゃいいんですね。わっかりやした」
「そのように言葉を切り分けて手に伝えれば良いのかしら。意味が分かりませんわね……
こ、こうかしら。降、り、ろ!」
「ん? こ、ろ、す? ちょっと待て。何で殺されなければいけないんだ。俺変なことしたか?」
「ダメですわ……」
「きっと強く引っ張り過ぎなんだよー。優しく引っ張って上げなよ」
「優しく……お……り……ろ」
「ああ、下に降りろっていうのか。分かった」
「通じましたわ! やりましたわ!」
「ロブロオーン!」
「なんでシャーグスケローネから降りるだけでそんな時間掛かってるのかな……よし。あ
の子が離れたから明るくするよ。そばにいたまま明るくするとね。一緒について来ちゃっ
て危ないんだ」
ヤトカーンは再び緑色の発行するものを地面に投げつけると、周囲の状況が確認出来る
ようになった。
「これは……本当に地下深くまで降りて来たのですわね」
「おお? 明るくなった。しかし真っ暗で聴こえないってのは本当に大変だな……」
周囲は赤土色で染まっているが……遠くに一本の巨大な樹が視界に入った。
そして……妖艶な恰好をした女性が何人も視界に映し出される。
「あれが……アルラウネか」
お、り、ろ! をこ、ろ、す! に変換する感覚を持つ主人公さん。
余程雷帝の雷撃が恐ろしいようです。




