間話 邪眼のフェルドナーガと闇を這いずるもの
「儚くも崩れ落ちる城。その光景を見て何の感情も湧かぬ」
「残るは奈落のみでございますな」
「いや……奈落など既に眼中には無い。あるのはソロモンの塔のみ」
「しかしタルタロスめが……」
「地底を去ったことを我が知らぬと思うてか。既に制圧の兵は出してある。忌々しくもあの塔はアトアクルーク
に打ちあがりおった。我の邪眼でも見通せぬ」
「あの地にはベオルブイーターめがおりますれば、制圧するのは難しきことかと」
「まるで子を守る親のような存在。見ていて滑稽でしかない」
これは絶対神の影響ではない。
幻魔の力に相違ない。
絶対神にとってもソロモンの塔は削いで欲しい存在であろう。
にも関わらず、何もせぬとは。
「神は所詮盤上の駒を眺めているだけの傀儡に過ぎぬ」
「仰せの通りでございます。フェルドナーガ様」
「我は達成感を得られぬ。四つの勢力全てを突き崩した今こそ、我は地底の君であるというのに。
我は……フェルドランスを越えられぬとでもいうのか」
「いいえ。既にフェルドナーガ様は越えられているのです。悲願を越えてしまい、戦う相手がいない。
それが故にに孤独となり得るのでございましょう」
「アル、貴様はこれからどうすべきだと思う?」
「全ては我が君の御心のままに。地底で物足りなければ地上を制圧するのもまた一興かと」
「地上は好かぬ。妖魔以外の魔族は皆美しくもない」
「なれば根絶やしにすればよろしいのです。地上の景色もまた美しいと聞き及びますからな」
「ふむ……そうか。絶対神を引きずり出す方法かもしれぬな」
「左様ですな。地上の危機となれば幾ら絶対神であろうとも、はせ参じるに違いありませぬ」
「失礼します!」
「何用だ無礼者! フェルドナーガ様の御前だぞ!」
「よい。申してみよ」
「はっ……申し訳ございません。怪しい使者が参っております……追い返そうとしたのですが」
「怪しい使者だと? そのような者そちらで対処せぬか! なぜ報告に来た!」
「……ほう。我の下まで衛兵を用いて来るとは。お主何者よ」
フェルドナーガの下へ訪れた衛兵は俯いたままドサリと人形が崩れ落ちるように倒れ込む。
「おや。お気づきでしたか。さすがですね、あなたが邪眼のフェルドナーガですか……」
「何者! 曲者だ!」
「静かにせよ」
「し、しかし……」
「よい。興味がある」
「私は常闇のカイナ、常角のアクソニス。少々……いえかなりあなたに興味がありこちらへ伺いました」
「ほう。我に興味とはどのような意味を持つ。我の目の前に立つ時点で其方は我の術中だが?」
「それはどうでしょうね。この前、アジトに来たライデンといい……私は良く見くびられるようですね」
「大した強さも感じさせんのだ。当然であろう!}
「アル、少し黙っておれ。この者、弱くはない。お主よりは強いぞ」
「そ、そんなまさか!?」
「話が進まないので手短に済ませましょうか。あなた……ソロモンの塔を攻略したくはないですか?」
「……さて、どう答えたものか」
「では質問の仕方を変えましょう。共にソロモンを打ち崩す計画を立てませんか? 利害は一致するはず
ですよ。あなたが望むのは紫電級の秘宝でしょう?」
「ふむ……我の興味を持つものを其方は知っているようだな」
「ええ。私も紫電級の所持者ですからね」
「ば、ばかな……」
「嘘は、言っておらぬようだ。それならばここから帰すわけにはいかぬ」
「それもまた無理な話。それに此処へは持って来ていませんからね」
「用意周到というわけか。協力の件、一考してもよい。だが其方が持つ紫電級アーティフ
ァクト次第では協力どころか戦となろう」
「ご安心を。あなたが望んでいるアーティファクトとは異なるものですよ」
「それならば交渉の余地がありそうだ。帰って其方の主に伝えるがよい」
「……我が主をご存知で?」
「知っておる。邪眼を余り舐めぬことだ」
「これは失礼しました。では」
すっとその場から消えていなくなるアクソニス。
玉座に肘を置きフェルドナーガは少し口角を吊り上げた。
「多少の楽しみは出来たようだ。もうこの場に用はない。この場所の管理はアル、貴様がやれ。ただし
気丈の良いエルフとそれを守るドワーフ、そして妹は連れて行く」
「他にも逃げ延びた者たちがおりますが、いかがいたしますか?」
「捨ておけ。統治は容易ではない。フェルス皇国は良質な資源も多く美しい土地であるに変わりは無い。大切
に保護しろ」
「仰せのままに。ベレッタはどうなさるおつもりで?」
「そちらも一考しておる。この崩れ落ちるペシュメルガ城はもう戻らん。ただの館までなら建設を許可する。
玉座はいらぬな。邪眼……崩壊の序章」
フェルドナーガが視線を自らの座っていた玉座に向けると、灰色と化した玉座が塵となってしまった。
それを見ていたアルと呼ばれた男は身震いする。
「承知しました。統治状況を提示でご報告いたします」
「適当で良い。どうせここには何もおらぬのだからな……」




