宿の確保と想定外。
訓練所でシオンとスヴェトラーナがやり過ぎてたので、二人に氷雪をぶっかけて落ち着かせるミナト。
冒険者たちの『エールを冷やして』コールもようやく落ち着き、皆で自己紹介をしつつお昼ご飯を堪能。
その流れで『エルクの町には一週間程滞在予定で、宿はまだ決まっていない』という話をしたところ、スヴェトラーナさんから話があり。
「ここで知り合ったのもなにかの縁だしね。よかったらうちの宿に泊まらないかい? 四人ならまだ泊まれる部屋があったはずだから」
という話を貰い、今から探すのもなんだしご厚意に甘えようかということでお願いすることにした。
どうやらスヴェトラーナさんは既婚者で旦那さんがおり、その旦那さんが宿を経営しているのだとか。
ちなみに四歳になる女の子のお子さんがいて、シオンがずばっと『スヴェトラーナさん、いくつ?』と聞いたところ、笑って23歳だと教えてくれた。
若い。確かに二十代前半くらいに見えたけど、まさか19歳で子供を産んでいて尚且つ冒険者を続けているとは驚きである。
「子供もできたし、はじめは一緒に宿屋の女将でもやろうかと思ったんだけどね。あたしが剣に未練があることが分かったんだろうね。
旦那から『宿と子供は任せて、君が満足するまで剣を振るえばいい』って言われてさ。超いい旦那だろう?」
もちろん命に関わるような危険な仕事は受けないけどね、なんて話すスヴェトラーナさんはどこか誇らしげだった。
そんな中、隣のミレニアがこそっとオレに耳打ちをしてくる。
「……ミナトさんこれって、あたし達さり気なく惚気られてます?」
「いや、まあ、うん……」
本人の前ではっきりと言えないけど、普通に惚気られてると思う。
それから雑談などを交えながら昼食を食べ終えると、スヴェトラーナさんが案内してくれるというので早速みんなで移動することに。
尚、空荷になった馬車はギルドで預かってくれることになった。オレが五本ほどの酒樽を冷やすのと引き換えで……。
「うちの娘が冒険者から話を聞くのが好きだからさぁ、暇があったら付き合ってやっておくれよ」
「お子様の相手は、ミナトが得意」
「へえ、そうなんですかぁ?」
「そりゃうちの娘も喜びそうだ」
「ウォンウォン<そういやお前、図書館で幼女ハーレムしてたよな>」
クーちゃん、言い方あああああっ!
ほーら、お前の声が聞こえてるリセッテが『はーれむぅ?』とかよくわかんない顔して小首傾げてるじゃん!
それにその言い方だと、オレが幼女相手に図書館でいかがわしいことしてるみたいに聞こえちゃうから!!
「ミナト、ロリコン疑惑?」
シオンも余計な事言わないでくれる!?
意味知らないリセッテとミレニアが『???』って顔してるから!
「普通に子供たちに本の読み聞かせしてただけだって……」
『ああ、そういうことですかぁ』
とりあえずリセッテとミレニアに誤解されることはないようだ。
だがクーちゃん、お前は許さん。あとで強制的撫でまわしに処す。
「あんたたち賑やかだねぇ。ほら、ついたよ」
ロリコン疑惑後も賑やかに話をしながら歩いていると、目的の宿に着いたようだった。
目の前の宿は白い壁の二階建てで、なかなかに立派な作りをしている。
「おお、すごいしっかりした宿だ」
「ほんとですね。代々続く宿だったりするんですかね?」
「あー、確かにそんな感じがするかも」
壁のちょっとした汚れなんかが年季を感じさせる気がする。
「あっはっはっ! 褒めてくれるのは嬉しいけどね、私等の代が初めさ。建てる時にちょいと奮発してね」
代々違った! 超違った! 年季があるとか思ってた自分が恥ずかしい!!
「ウォフ〈ザ・勘違い)」
は、鼻で笑いやがった!? くそーっ! でも言い返せないのが腹立つ!!
「ミナト、勘違いは誰にでも、あるよ?」
「そうですよミナトさん。これだけ立派だとそう思いますって」
やめて! 慰めないで! 余計に心が痛いから!! リセッテみたく顔背けて肩を震わせて笑うの我慢してる方がまだ優しいよ!!
恥ずかしさに顔を赤くしていると、先に行くスヴェトラーナさんが宿のドアを開けてくれたのでみんなで中へ入る。
内装は落ち着いた木目調でカウンターや床も汚れている様子もなく、清潔感があって好感が持てる。
「あんた、帰ったよ!」
「おかえりトラーナ。おや? 後ろのお嬢さん方はお客さんですか?」
「ママー!」
スヴェトラーナさんが声に、ややあってカウンターの奥から出てきたのは、どう見ても十代半ばくらいの少年っぽい人と四歳前後くらいで髪がふわふわしてる可愛い幼女だった。
……恐らく旦那さんだろうが、まあ、元の世界でも歳の差で十歳以上とかあったりするからなぁ。
「お若い旦那さんですね。スヴェトラーナさん、若いツバメを捕まえたんですか?」
うおーい! ミレニアってばそんなどストレートに聞いちゃうの!?
「だってよ、あんた?」
「いやーお恥ずかしい。こう見えてもトラーナより三つ年上なんですよ」
『マジで!?』
みんなの心が一つになった瞬間だった。童顔にもほどがある。
オレ達が驚く中、じーっとこちらを見つめる幼女の視線。
「ほらカレナ、挨拶するんだよ」
「カレナ! 四歳なの!」
うん、ぴゃっと手を挙げる姿が可愛らしくて微笑ましい。
しかしカレナちゃんの視線はずっと、とある方向に夢中になっている。
オレがその視線を追って後ろを振り返えれば、そろりと後ろ姿を向けてどこかへ行こうとしているクーちゃんがいたので、がっちり掴んで抱き上げでやった。
「ふふふ、どこへ行こうとしてるのかな?」
「ウォルウォル〈いや、急に本能が逃げろと囁いて……〉
ウォウォン?〈とりあえず、離してくんない?〉」
「おーい、カレナちゃんが気になってるのはこれかな?」
「ウォーン!!〈おまえーっ!!〉」
クーちゃんをカレナちゃんの目の前に差し出すと、そのくりくりとしたお目目がパーッと輝いて尊い笑顔を見せてくれる。
そんなカレナちゃんに見つめられながらも、クーちゃんは全力で目を逸らしているが。
ふっ、無駄な努力と知るがいい。
「カレナちゃん、しばらくこのわんちゃんと遊んでてもいーよ?」
「ほんとー!? やったーっ!!」
「ウォフン!?<正気か!?>」
「いいのかい? なんか犬?の方が表情に絶望入ってるように見えなくもないんだけど……」
「気のせいです。このわんちゃんは優しいからぎゅーっと抱きしめたり、いっぱい撫でたり揉んだり潰したりしても怒らないから、たくさん遊んであげてね?」
「ウォウォフ!?〈なんか不穏な一言があったんだけど!?〉」
わーい! とクーちゃんを受け取ったカレナちゃんはさっそくぎゅーっと抱きしめ、『お部屋で遊んでくる!』と言い残して去っていった。
去り際にクーちゃんが『お子様は力の加減がないからえぐい――ぐえええっ! そこは絞まる! 絞まっちゃうーっ!!』と謎の悲鳴を上げていたけど多分大丈夫だろう。知らんけど。
まあクーちゃんの中身はカレナちゃんより年上の高校生なんだし、幼女を傷つけるようなことはするまい。
「悪いね。カレナがあんなに喜ぶなんて思わなかったよ」
「僕からもお礼を。この度はうちをご利用いただきありがとうございます」
「い、いえいえ、こちらこそ面倒をおかけします」
なんかこう、ラノベの定番だと宿の店主は寡黙でごつい―――っていうのがイメージだったんだけど、物腰の柔らかい旦那さんに思わずオレも頭を下げてしまう。
「ただ今だと用意できる部屋は二人用の部屋が一つなんですが大丈夫ですか? もちろんお嬢さん方が全員寝泊まりしても大丈夫な広さはありますが」
「……え?」
旦那さんからさらっと言われた事に耳を疑う。
あれ!? ここに来て問題発生!? 一人一部屋とか最低でもシオンと相部屋って思ってたんだけど!?
「問題ない。それで十分」
「わあ、皆でお泊りとか楽しそうですね!」
「私もぉ、構いませんよぉ」
断るとか違う提案とかいう前にうちの三人娘が了承してしまった。
うん、こうなると一人だけ反対ってしづらいし出来ないよね……!
「……わかりました。それでお願いします」
「ではこちらが鍵になりますね」
「あたしはカレナの様子でも見にいってるよ。じゃあ、あんたらはゆっくりしていっておくれ」
鍵を受け取り、スヴェトラーナさん達と別れて荷物を置くために皆で部屋へと向かう。
まあ荷物と言ってもほとんどマジックバッグに入っているので、個人的な武器や小物くらいしかないんだけど。
部屋の扉の鍵を開けて中に入れば、そこは六畳くらいの広さの中にベッドやテーブルや椅子があり、小さいながらも服をかけるポールがあったりして、狭いながらも快適そうだ。
……ただ元々二人部屋というだけあって、ベッドが二つしかないという現実に遠い目になったけど。
「部屋も綺麗ですね。これはちょっとお得だったんじゃないですか?」
「ですねぇ。安い宿だと鍵はないし部屋は綺麗とはいえませんしぃ、ベッドもただ木枠の板が置いてあるだけぇ、っていうだけのもざらですからねぇ」
どうやら異世界の宿事情は世知辛いらしい。現代だったらほとんど考えられない環境だと思う。
それを考えれば女の子四人でベッドが二つというのは、恵まれた環境……といえなくもないのか?
「それじゃ今日は皆で町を見て回りませんか? 時間的に依頼を受けている暇はなさそうですし」
パンと手を叩いて提案したのはミレニア。
確かに昼食を食べてなんやかんやで午後三時前くらいだろうか?
今から依頼を受けてこなすには遅い時間と言える。
夜の森とか昼間と比べて危険度が段違いだし元の世界みたく町中に街灯があるわけでもなく、この世界の人達は基本的に日が落ちる前に仕事を終えるのが普通なのである。
「それじゃあ少し時間もあることですしぃ、ちょっとおめかししてでかけませんかぁ?」
「いいですね! あたしこういう同い年くらいの女の子同士でお出かけするの夢だったんですよ!!」
なんだろう、リセッテとミレニアが嬉しそうにする話の流れにちょっと……いや、すごく嫌な予感が背中を走ったんだけど……。
「え、えーっと、出かけるなら別に冒険の恰好でもいいんじゃ―――なにかなシオン?」
なけなしの抵抗をしようとした最中、なぜか後ろから両肩をがっちりつかまれて振り向けば、すごくいい笑顔をしたシオンがオレを見つめている。
普段なら可愛いねと見惚れるかもしれないシチュエーションだけど、今はその笑顔に不安しか感じない。
「ミナト、大丈夫、諦めよう?」
「それは安心させたいのか諭したいのかどっちなの!?」
いいじゃん別にこのままでも!?
実を言えば異世界にきて女の子になって時間は経ったけど、いまだに可愛い服装に慣れないんだよ!
だから仕事しない日はシャツにズボンとかなんだけど、たまに女子勢から『もっと女の子っぽい恰好をするべき』とお小言を言われるときがあったりする。
「ミナトなら、何を着ても、似合うから」
「褒められてるんだろうけど、中身が男なだけにに複雑……!」
「ほら、ミナトさんも着替えましょう!」
「お化粧ならぁ、私に任せてくださいねぇ」
シオンとそんなやりとりをしていると隣から明るい声が迫ってきて、そっちに顔を向けたオレは凍り付きながら心の中心で叫んだ。
まってえええっ!? なんで二人ともすでに脱いでるのおおおおおっ!?
オレの目に飛び込んできたのはもはや下着姿でいるリセッテとミレニア。一応隣で服を脱いでたのは分かってたけども! 見なかったことにしたかったのに、そのおっπとちっπのコラボはダイレクトに目に毒なんですけども!?
ハーレムだから羨ましいだろとか言う奴がいたら前に出ろ! そしてクラスの女子が教室で着替えてる中、知らずにうっかり教室の戸を開けてしまったら全女子から『こいつ死ねば?』みたいな冷たい目で見られる恐怖を知ってから出直してこい! 今まさにオレの気持ち的にそんな感じなんだからな!!
幸いオレの見た目は邪神のせいで女の子だから、冷たい目で見られることはないけど男だったら土下座確定みたいな恐怖が心の中にあるんだよ。あとヘタレとか言うな! 刺さる!!
「ミナトも、たまには、可愛い恰好しよ?」
「いや、オレはこのままでもよくて……!」
だってそっちの方が楽なんだもん!
「シオンさん! そのまま抑えててください! ミナトさんってばいつもラフな恰好かやぼったい恰好しかしないんですから!!」
「ミナトさんはぁ、可愛いですからぁ、ちゃんとおめかしすればもっと可愛くなりますよぉ」
あ、まってシオン! 羽交い締めにしないで!? あ、これ本気でやってるな!? う、動けないーっ!!
あとリセッテとミレニアは服を着ろおおおおおっ!!
オレの胸のうちの慟哭もむなしく、三人娘によってしばらく着せ替え人形のようになるのだった。
こうなったのも邪神のせいだからなあああああっ!
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『ミナトさんも着替えますよ!』ミレニア
『お化粧はぁ、まかせてくださいねぇ』リセッテ
『服を着てえええええっ!(焦)』ミナト
※指の隙間からしっかり覗くミナト⊂⌒~⊃。Д。)⊃
あ、ちなみに女子が着替え中の教室の戸を開けて凍てつく目で見られたのは実話です(小学校の頃)。
とらぶるの様なハーレム漫画のように『作者くんのエッチ』みたいなことはなく、普通に『バッカじゃないの?』『ちょー最低』という言葉の矢に討たれました。
皆さんもうっかりミスには気を付けましょう。漫画と違ってリアルでやると、特に大人はえらいことになるので。
とりあえず作者に『教室で先生が呼んでる』と偽情報をくれたクラスメイトの男子には、当日作者が給食当番だったので『具が非常に少ないほぼスープな豚汁』という報復を済ませました。




