ヒートアップからクールダウン。
エルクの町に着いて荷下ろししている隙に、ギルドでシオンが若い冒険者たちに絡まれたことを聞いたミナトが心配になる。
給士のおばちゃんからシオンとミレニアが『冒険者の若造共と訓練所に行った』という話を聞き、心配になったオレはリセッテとくーちゃんを連れて訓練所へと向かった。
「シオン、大丈夫かな……」
「シオンさんは強いのでぇ、むしろ絡まれた相手を殺っちゃわないか心配ですねぇ」
「そっちの心配!?」
「ウォンウォン、ウォフフ<ここのやつら、エッジマンティスより弱そうだしな>」
確かにギルドにいた冒険者を軽く看破した感じだと強そうなのはいなかったけども。
それにしたって数の暴力の不利は否めないわけで。
……もしシオンをいじめたりなんかしていたら、ドコを、とは言わないけど氷漬けにしてやるのも吝かではない。
「くーちゃんさん。ミナトさん、ちょっと目が据わってるんですがぁ、大丈夫ですかぁ?」
「ウォフウォフン〈あいつシオンの事になると直情的になるからなぁ〉。
ウォン〈まあ大丈夫だろ〉」
二人が後ろで何か言ってるっぽいけどシオンが心配だったのでギルドの中を進み、給士のおばちゃんから聞いていた訓練所へと続く扉を開ける。
ッカアアアアアアンッ! カカアアアンッ!!
扉を開けた瞬間、連続で鳴り響いてくる固い木を打ち付けたような甲高い音。
見れば学校の体育館くらいの広さのグラウンドの中央で、今まさに両手に木剣を持つシオンが飛び掛からんとしていた。
対する相手は腰を落とした姿勢で木剣と木盾を構える、赤茶色の冒険者っぽい服装をした二十代半ばくらいの淡い金髪の女性。
シオンの剣を剣で捌き盾で受ける度に足捌きによりスカートがひらひらしてめくれそうになるけど、中は黒いタイツのようなものでちょっと残……一安心。
……でも女性? あれ? 若造共って言ってたし、てっきり男が複数だと思ってたんたんだけど。
「あ、ミナトさーん、リセッテー、くーちゃん、こっちですよー」
声のした方へ顔を向ければグラウンドの端の方で、木製のベンチに座ったミレニアがこちらに手を振っていた。
ミレニアのところまで行くとベンチを勧められたので、皆で座って観戦? することに。
オレがミレニアの隣に座り、その隣のベンチにはリセッテが座ってその膝の上に鎮座したくーちゃんがさっそく撫でられている。優雅かくーちゃん。
……それでベンチから少し離れた場所で息も絶え絶えに五体倒置している若い冒険者達がいるんだけど、あれはなんなのか。
「ねえミレニア、あれって何事? 聞いた話だと若い男連中に連れていかれたってことだったんだけど?」
「それはあそこで屍のごとくへばってる人達です。ちなみにシオンさんは無傷であの人たちを弄んでましたよ?
それで、ですね―――」
ミレニアから事の経緯を聞くと、なんでも初めは聞いた通り若い冒険者の男数人とシオンが『勝ったらシオンとデート』という条件のもとに模擬戦をはじめたらしい。
しかし一対一ではまったく勝負にならず、途中でシオンが『弱すぎ。まとめてかかってきて』という言葉に煽られた冒険者達により乱戦が勃発。
それからシオンが数の不利をものともせず向かい来る冒険者達を倒し、それをミレニアが治療費と共に回復し、とそれを何度か繰り返すことしばし。
冒険者達の気力もミレニアに払う回復魔法のお金も尽きかけた頃、
「どうやら余所んとこの活きの良い奴がいるみたいだけど、どこのどいつだい!」
訓練所の扉を派手に開け飛ばして現れたのが、ただいまシオンとアクション映画もかくやというほどの戦いを繰り広げている女性らしい。
「そこの倒れてる冒険者に聞いたら、彼女は『茨の剣』というパーティーのスヴェトラーナさんという方で、なんでも若い冒険者の指導員でここのギルドの顔役みたいな立場らしいですよ?」
「そんな立場の人がなんでまたシオンと冒険者達の間に割って入ってきたの?」
「えーっとですね、スヴェトラーナさんが『こんなひよっこ共相手にお山の大将きどりなんて安いね。なんならあたしが相手になってやろうか?』って言ったら、シオンさんがちょっとむっとした顔になって『お山でも、フジサン級。山の高さを、教えてあげる』って答えてあんな風になってました」
フジサンがなにかわかりませんが、とミレニアがぴっと指を差した先ではシオンが右の木剣で放った突きをスヴェトラーナさんが木盾で外側に反らし、カウンターで木剣による横薙ぎを振るうところだった。
しかしそのカウンターをシオンが左の木剣を逆手に持ち替えて斬り上げるように迎え撃ち、両者の剣が止まった一瞬の間を置いて距離を取って対峙する二人。
……いやほんとなんなのこのアクション映画さながらの展開。
「多分ですけどスヴェトラーナさんはぁ、ここのギルドの冒険者が舐められないようにぃ、出て来たんだと思いますよぉ?」
リセッテ曰くギルドの冒険者が『弱い』という噂が広まってしまうと、地元の依頼に差し支えたり、他の町の冒険者から舐められて余計なトラブルが増える可能性があるとのこと。
そうか、それでスヴェトラーナさんがシオンを止めることによって『若い冒険者がやられただけで、ギルドの冒険者が弱いわけじゃない』という状況を作りたかったのか。
「ウォフウォン<つーか、そろそろ止めないとヤバくないか?>」
「わぁ、二人とも模擬戦どころじゃなくヒートアップしてますねアレ」
「すごいですねぇ」
いやいやいやいや、呑気に言ってる場合じゃなくね!?
さっきまで手加減してる感じがあったけど、今じゃすごいことになってるし!
その証拠にシオンの動きがさらに鋭くなっていたり、スヴェトラーナさんがシールドバッシュなんかして攻撃的になったりしている。
しかも二人とも剣が掠った箇所の肌が裂けて血が出てるのにも関わらず、笑ってるもんだから半端ない。
って、血!? ちょっと本気で止めないと大怪我しちゃうって!
「誰か止めないと……くーちゃん!」
「ウォン<無茶言うな>」
「そこの冒険者諸君!」
「「勘弁してください!」」
くっ、どいつもこいつも碌な男がいない! ちょっと体張って止めてくればいいだけなのに!!
もちろんミレニアとリセッテは除外である。女の子に怪我なんぞさせられないし。
……ということは、残ったのはオレだけか。
「リセッテ、訓練所で魔法使っても大丈夫だったりする?」
「はいぃ、過度に破壊しない限りは大丈夫ですよぉ」
「わかった。ミレニアは二人を治癒する準備をしといて」
「わかりました!」
そうこうしている間にも激化していく二人の模擬戦と増えていく裂傷。
もうこれ以上見ていられない、というわけで少々手荒になるけど仕方ない!
オレはベンチを立ち上がり、模擬戦に熱中する二人の元へと静かに歩み寄り、
「二人ともストオォォォップ! 『氷結』!!」
「「!!?」」
ちょうど二人が接敵したところを狙い、開拓村で新たに開発した『氷結』を浴びせる。
これは『氷魔法を使えるんだから……ふわふわなかき氷とかできないかな?』なんて思って試行錯誤したら出来ちゃった魔法である。
かき氷の他にも物を凍らせるのではなく、直接冷やすこともできてジュディアさんやシオンがエールを飲むときに重宝されている。
そんな魔法を二人には頭を冷やしてもらうために、魔力多めにして勢いと冷たさを増して猛吹雪並みになった『氷結』をプレゼント。
「な、なななんだいコレは!?」
「ミ、ミナト!? さささ寒いっ!?」
十秒ほど浴びせたのち、全身にうっすらと雪が積もった状態で動きを止めてこっちを見ている二人に、オレは仁王立ちになりちょっと怒りを込めた声で、
「二人ともやり過ぎ! いったんストップ! わかった!?」
「「ご、ごめんなさい……」」
どうやらオレの真心が伝わったようで二人とも武器を下ろしてくれた。
「それじゃ二人ともこっち来て。ミレニア、悪いけど二人に『浄化』と『治癒』をお願い。もちろん料金は徴収して」
「「え”……!?」」
「はーい! 毎度ありがとうございます!!」
雪まみれな二人を連れていきミレニアに汚れや怪我綺麗にしてもらう。
その際に二人から『え!? お金取られるの!?』と驚かれたけど、それは怪我をしたのとオレを心配させた罰だと思ってもらいたい。
映画とかならまだしも、リアルであんな血が出るほど怪我されたら心臓に悪いんだからね?
それからきれいきれいした二人と皆で一緒にギルドの酒場に戻り、お互いの自己紹介も兼ねて一緒にお昼を食べるべく席に着く。
その際にスヴェトラーナさんが慣れた様子で給士のおばちゃんに『肉盛りセット大盛で!』と頼んでくれた。
ちなみに倒れていた冒険者達には『次はオレが相手になるから、こんなことしないでね?』と、氷魔法を浮かべながらお願いしたら『すいませんでしたーっ!』と一目散に解散していった。
「いやー、悪い悪い。あたしもあそこまで熱くなるつもりはなかったんだけどね?
それにしてもランク6のあたしと互角に打ち合えるなんて、その若さで随分と実力があるじゃないか」
「それほどでも、ある」
席に着くなりスヴェトラーナさんの謝罪と誉め言葉に、シオンがまんざらでもない顔をする。
シオンが褒められたのはいいんだけど、次はあんなことしないで欲しいなぁ。
「……つ、次は、しないよ?」
「あっはははは! そっちのお嬢ちゃんには弱いみたいだね」
心配したんだけど? とジト目を向けるオレにしゅんとするシオンを見たスヴェトラーナさんが大笑いする。
「はいよお待ち! 今日の肉盛りセットだよ!!」
そんな中、元気よく割って入ってきた給士のおばちゃんによりテーブルの真ん中に大皿に山のように盛られた焼き肉がでんと置かれた。
タレ漬けにされたお肉なのか、若干茶色く染まったお肉が湯気を立てて肉汁をしたたらせている。
そして籠に入ったこれまた山盛りのパンとそれぞれに野菜スープ、エールが行き渡り遅めのお昼ご飯の用意が整った。
ちなみにくーちゃんは別口で生肉セットがお皿に盛られている。
「さて、ここからは食べながら話そうじゃないのさ。ギルドの若造共が迷惑かけたお詫びにあたしの奢りだ。遠慮なく食べるといいさ」
「ミナト、エール冷やして」
「あ! あたしもお願いします!」
「私もぉ、お願いしたいですぅ」
「はいはい」
三人娘のお願い通りにエールを冷やしてあげると、それをおいしそうに飲む姿を見たスヴェトラーナさんから怪訝な顔で話しかけられる。
「エールを冷やすのかい? ちょいとあたしにもやってみてくれないかい?」
「ええ、いいですよ?」
そんな気軽に冷やしてあげたのを後で後悔することになるとは知らずに、スヴェトラーナさんの木製のジョッキに指先を当てて『氷結』により、中のエールを凍る二歩くらい前まで冷たくする。
ほぼ毎回エールを冷やしてというシオンやジュディアさんのおかげ(?)で、ものの数秒で出来るくらい手馴れたもんである。
「!? なんだいこりゃあ!? ただ冷やすだけでこんなにもエールがおいしくなるってのかい!?」
なんだかどこかの食戟のごとく驚きの表情で立ち上がるスヴェトラーナさん。さすがにおはだけはなかったけど。
え? でもそんなに驚くもんなの? 確かにぬるいより冷たい方がいいとは思うけど……。
もう一杯頼むよ! というスヴェトラーナさんのエールを冷やしていると、その騒ぎを聞きつけた冒険者が『俺にも頼む! なんだったら金を払うから!!』と懇願されてしまい、その気迫に負けたのが運の尽きだった……。
冷えたエールを飲んだ冒険者が『うめぇー!』と騒いだことで確信を得たのか、他の冒険者達もこぞって来るようになり、自己紹介と食事がちょっと遠のいたのであった。
『スヴェトラーナ』
『ごめんなさい~スヴェトラーナ~』
『ごめんなさい~シオン~』
高校デビューで絡まれることって稀にありますよね。
作者も絡まれ……てるのを見たことがあります。
入学したての白ギャルっぽい感じの女子高生が駅の隅っこでちょっとヤンキー入った高校生数人に絡まれていて、
ヤンキーA「なに新入生のくせに電車の席に座ってんだよ?」
※今はなき田舎の私鉄で一部の高校で座っていいのは二年生以上、という謎ルールがありました。
新入生女子「そんなの自由じゃでしょ。なにバカなこと言ってんの?」
※新入生女子超強気。
ヤンキーB「はあ? ルール知らねえの? てめえ、どこ校だよ?」
新入生女子「〇〇高校ですけど? あ、お兄ちゃーん! こいつら変なこと言ってくるんだけどー!!」
そしてヤンキー達の背後からやってくるめっさがたいのいいお兄様とそのお友達数人。
女子のお兄さん「はあ? おめえらうちの妹になにしてんの?」
お友達A「うわ、こいつらバカ校のやつらじゃん」
お友達B「うちらの後輩ちゃんになんか用でもあんのかよ?」
その後はお兄様たちに逆に絡まれたヤンキー達が顔面蒼白でひたすら謝り倒してました。
約五分の間に起こった出来事に『ギャルには注意しよう』と思った作者でした。
鬼滅の刃で上弦の陸の兄妹を見た時、あんな感じだったなぁと思ったり思わなかったり。
ちなみに作者はステルス性能が戦闘機のF‐22並なので絡まれたことはありません。




