出発と野営。
開拓村でのバザーを手伝い、依頼の日まで皆で売り物を確保するために一狩り行こうぜ!!
エルクの町へ商品を届けるという依頼を引き受けてから三日経ち、出発の日が来た。
出発まで三日間あったものの時間が経つのは意外と早いもので、狩りやハニーシロップ、薬草などの採取なんかに勤しんでいたらあっという間に過ぎていった。
依頼当日の朝、日が昇る前から起きて準備と装備を整えたオレ達は朝食後にギルドへ向かい、眠そうな顔のジュディアさんから荷馬車は前もって準備してあるから裏手に行くようにと言われる。
皆と連れだって裏手に行ってみれば、そこにあったのは荷物満載の荷馬車が一台。
「うわー、思っていた以上に多いですね」
「あははぁ、ジュディアさんやフィビオさん、他にも村で商売している方々等から代理販売を引き受けたらぁ、こんなになっちゃいましたぁ」
ミレニアとリセッテの言葉通り、荷馬車にはオレ達の三日間の成果と村の期待が込められた荷物が山と成っている。
え、これ、オレが引いてくの? 多すぎない?
一応大きな布を被せて紐で縛っているので物が落ちたりする心配はないと思うけど。
「ミナト、いけそう?」
「とりあえずやってみる。…………引けちゃったよ」
シオンの言葉に試しに『魔操糸』のスキルにて、荷馬車の取っ手に糸を巻き付けて引っ張ってみたら、さして苦も無く普通に動いた。動いてしまった。
そしてオレがお馬さんの代わりになることが確定した瞬間である。
「ウォンウォン《がんばれウマ娘》」
「はっはっはっ、また入念にかわいがってやろうか……」
「ウォフウォフ《リセッテー、ミナトがいじめるんだ》」
「あらあらまあまあ」
お腹わしゃわしゃ腰砕けの刑にしてやろうと思ったら、そそくさとリセッテの影に隠れやがって。
つーか元人間のプライドはどこにいったのかくーちゃん。
「あんたたちは朝からにぎやかさねぇ。ま、気をつけて行ってくるんだよ」
『いってきまーす』
ジュディアさんに見送られて荷馬車を引いて皆でギルドを出発し、日が昇ってきていて明るくなりはじめた村の中を歩いていく。
それにしても、白い皮鎧を着て腰に双剣を差す猫獣人のシオン、青い神官服のミレニア、弓矢を背に負うエルフのリセッテ、ついでになぜか荷物の頂上に鎮座している子狼のくーちゃん。
こうして見てみるとなかなかにファンタジックな光景である。
そんな中で荷馬車の先にある取っ手に糸を括りつけて、それを片手で引っ張って歩いているオレだけ妙に現実的な気がしないでもないけど。
ついでに朝の準備をしに外に出てきた開拓村の人々に漏れなく二度見、三度見されていたりする。
まあ確かに見た目華奢な女の子が片手で大荷物の荷馬車を引いてたりしたら、目を疑うような光景にもなるか。
そうして歩いている途中、交流のある村人達から『いってらっしゃい』『がんばってこいよー』『今日のねーちゃんのパンツは白だー!』なんて声をかけられたので皆挨拶したり手を振って応えていく。
異世界に転生して日は短いものの、こうして温かく見送ってもらえるのはちょっと嬉しいものがあるなぁ。
ただオレにスカート捲りしてきたクソガキは顔を覚えたし、帰ってきたらお灸をすえてやらねばなるまい。
というかオレ以外の皆はなにゆえそんなに軽やかにスカート捲りを回避できるんだろうか。
シオンは踊るようにくるりと回ってやり過ごしていたし、ミレニアは笑顔のままグーにした片手を上げたらガキ共が回れ右するし、リセッテに至っては『いけませんよぉ?』と前屈みになって注意したら顔を赤くしたガキ共が去っていくし。
……恐るべしはリセッテの大きな果実の破壊力よ。まあ同じ男として分からないでもないけど、ただ奥さんや彼女持ちの男衆はそれをみて鼻の下を伸ばさない方がいいと思うんだ。隣にいる奥さんや彼女が怖い笑顔になってるから。
いくつかの悲鳴と謝罪の声をあとに、オレ達は村を出たのだった。
『うわっ! ちょ、なにやってんだーっ!!』
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村を出てからしばらく歩いていると突如として森の中からゴブリンの群れが現れ、シオンの双剣が閃き、リセッテの弓矢が貫き、オレの魔法が炸裂する…………なんてこともなく、平和そのものな感じで順調に旅程を消化していく。
「荷馬車を引いてこの速度ならぁ、意外と早くエルクの町に着きそうですねぇ」
『魔操糸』スキルのおかげで魔力を消費していく以外はさしたる負担もないので、普通に歩く速度ではあるのだけどリセッテ曰く、一人で荷物を背負っていたり馬が引く荷馬車だともう少し遅いのだとか。
ちなみにエルクの町までは野営を挟んで明日の昼ぐらいには着けそうとのこと。
「やっぱり一人旅よりもこうやってパーティーで移動するのは気が楽でいいですね」
「ほんとですねぇ。一人だと周囲に気を配ったり荷物の関係なんかでぇ、体力も気力も削られますからねぇ」
「そうそう。魔物に襲われたり雨に降られたりなんかすると、場合によっては足を止められますし」
ミレニアとリセッテがなにげなく話してるけど、元の世界じゃまずありえない移動事情だよなぁと、ここが異世界であることを実感させられる。
まず魔物に襲われるなんてないし、雨なんか交通機関を使えば関係ないしな。
そういうのを考えたらもう少し気を張って歩いた方がいいかもしれない。
そう思い『探索』スキルで意識して周囲を警戒しながら進んでいたものの、特に問題もなく時間が過ぎていき、気づけば日が落ち始めて森の木々の影が伸びていた。
「それじゃあそろそろ野営の準備をしましょうかぁ。暗くなる前にぃ、整えちゃいましょう」
リセッテの言葉でオレ達は野営の準備をするべく、エルクの町へ向かう道から反れて休めるような場所を探す。
荷馬車があるのであまり奥まで進めなかったが、ちょうどいい感じに広くはないが狭くもない木々に囲まれた場所があったので、そこで荷馬車を止めて野営の準備に入る。
とは言うものの、オレもシオンもその手の素人なのでリセッテとミレニアに聞きながら一緒に勧めていく。
リセッテとシオンが荷馬車の近くに毛皮の敷物を並べていき、オレとミレニアはマジックバックから取り出した薪や小鍋をのせるための台なんかを設置していく。
薪はジュディアさんからのアドバイスで、油を少し染み込ませており火打石の火花ですぐに炎が上がった。
なおくーちゃんはこの手の事には無力なので、荷馬車の上で周囲警戒を担当中である。
「それじゃあミナトさん、お願いしますねぇ」
「はいはーい」
リセッテの言葉にオレは小鍋の上に手をかざし、細かい雪を降らせて小鍋の中に積もらせていく。
これは氷魔法の練習中に『かき氷とかできるのでは?』なんて、面白半分に考えてやってみたら出来ちゃった魔法? である。
命名はそのまんな『粉雪』で、魔力の強弱を調節すればシャリシャリの氷からふわふわな氷まで出せたりする。
ついでに便利だったのが、水がない時でも『粉雪』を溶かせば水の確保が可能という点だった。
「ふんふんふふ~ん♪」
ご機嫌なリセッテが溶けてお湯になった小鍋の中に、マジックバッグから取り出した干し肉や野菜をカットして入れていき、仕上げに瓶の中に入った白いトロリとした液体をいれてかき混ぜる。
しばらくすると元が芋虫の体液とは思えないような、コクのあるシチューのようないい匂いがふわりと広がっていく。
「みなさ~ん、できましたよぉ」
「まってた。ミナト、早く食べたい」
「ミナトさんの手料理はどれもおいしいですからね!」
シオンとミレニアが両手を上げてねだる姿は、なんだか餌を待つ雛のように見えなくもない。
まあおいしいと言ってもらえるのは嬉しいんだけども。
くーちゃんも荷馬車から降りてきて席に着いたので、みんなに前日に作ってマジックバッグにしまっていたサンドイッチを配る。
マジックバッグに入れておくと『時間遅延』の効果もあるので、ほとんど作ってすぐの状態なのがマジで便利。
リセッテからそれぞれのカップにシチューが注がれて夕食が始まり、和気あいあいとした雰囲気のまま食事が始まる。
サンドイッチとカップスープなのでさほど時間がかからず食事を終わり、さて、それじゃあ夜の不寝番の順番を決めようとしたところでミレニアとくーちゃんから挙手の手が上がる。
「あの、すみません……おいしいので、つい食べ過ぎてしまって……最初の順番はパスさせてください……」
「ウォン……(右に同じく)」
いや君たち、ボリュームあるサンドイッチを三つも食べるからそうなるんだよ。
あ、ちょっと怖い笑顔のリセッテに『こういう時に動けなくなるくらい食べちゃダメですよぉ?』なんてお説教されて青い顔してぶんぶん頷いてる。
というわけで、自爆した一人と一匹のことを鑑みて夜の見張りはオレとシオン、ミレニアとリセッテにくーちゃんの順番に決まった。
「ではぁ、時間になったら起こしてくださいねぇ」
「ん、わかった」
「えーっと、スライム時計が四回ひっくり返したら起こせばいいのか」
オレの手にあるのは砂時計の砂の代わりに、ちょっと粘性のある液体が入っているスライム時計というもの。
リセッテが貸してくれたもので名前の通りに中身の液体はスライムの素材であり、一度落ちきるのに一時間程かかるらしい。
「あとお二人はぁ、その間にちゃんと体調を整えてくださいねぇ?」
「わ、わっかりましたーっ!」
「ウォ、ウォン<りょ、了解>」
そう言って三人とも薄い毛布にくるまって寝る態勢に入った。
オレはスライム時計をひっくり返し、隣に座るシオンと共にいざ不寝番開始。
さて人生初めての野営と不寝番だし、『探索』スキルを展開しつつ薪を入れて火を絶やさないようにしないとな。
それからスライム時計が三分の一ほど落ちた頃だろうか、静かな寝息が聞こえてくる。
静かな森の中でふと上を見上げれば星が瞬く綺麗な夜空があり、ちょっと物思いにふけってしまう。
……思えば異世界に来て日が浅いとはいえ、我ながらよくやってるもんだ。
スキルがあるとはいえ、元の世界じゃ考えられない不便などがあったりするけど。
でも何より一人じゃなくてシオンがいたし、今じゃ仲間も増えてそれなりに楽しくて充実してるのが幸いか。
「ねえ、ミナト」
「はひっ!? どうしたのシオン?」
隣に座り今まで静かだったシオンが急に頭をこてんとオレの肩に乗せてきて、ちょっと驚いて変な返事を返してしまう。
頬に触れるシオンの猫耳がちょっとくすぐったい。
「ミナトは今、辛くない?」
「え? ミレニアみたく食べ過ぎてはないから大丈夫だけど?」
「……違う。そうじゃない」
答えを間違えたようだ。上目遣いのシオンがぷくっと頬を膨らませている。
えーっと……今の状況で辛くないと聞かれることと言えば、トイレ……じゃないよな。寒……くはないし、むしろシオンの体温であったかいし? ほ、他になにかあったかなぁ……!?
「むぅ。こっちに来てからのこと。色々変わったし」
「あー、えーっと、今話しても大丈夫、かな?」
「問題ない。『鑑定』したら皆、睡眠状態になってる」
「そっかー、そういう使い方もあるのか」
試しにオレも『鑑定』してみたら、確かに皆の状態が睡眠になっていた。
なってるのはいいんだけどくーちゃんよ。へそ天で寝るのはどうなんだ。お前には警戒心というものはないのか。
しかしまあ、そういうことなら話しても大丈夫そうだ。
「まあこの身体になったのは戸惑ったけど、けっこう今の状況を楽しんでると思うよ? 不便なことはあるけど、自分たちでなんとかするのにやりがい感じるし」
スーパーやコンビニなんてのはなくて食べる物はほぼ自給自足だったり、トイレットペーパーの変わりに葉っぱだったりと色々と元の世界にはない不便はあるけれど、人間生活していれば嫌でも慣れるもんである。
「シオンはどう? 狩りとか採取とか元の世界では考えられない事ばっかりだけど、大丈夫?」
「全然。むしろこの身体になって、すごく動けるし、剣も振るえて楽しい」
どうやらシオンはこちらの心配もどこ吹く風で、随分とアグレッシブになられているようだ。頼りになることこの上ない。
「あはは……ほんとなら男のオレが『シオンを守るから』って言うのが恰好つくんだろうけど、今はこんな姿になっちゃってるからなぁ……」
「!?」
自身の女の子と化した身体を眺めつつちょっと自虐気味に言ってみると、弾かれたようにシオンが頭を上げ驚いたような表情でオレを見ていた。
え、あれ? 急にどうしました?
「……冬磨君は、最後の記憶、ある?」
「さ、最後? バス事故の?」
「うん」
急に元の名前で呼ばれたことに驚いたけど、最後の記憶かぁ。……どうも事故の時の記憶を思い出そうとするとモヤがかかったように曖昧になる。まあ、邪神が『忘れてもらった』と言っていたから、そうなんだろう。
「最後っていうか、シオンとスマホゲームで対戦してたことは覚えてるけど」
「私も、それは覚えてる。……ふふふ、そっか、やっぱり覚えてないよね」
覚えてないと言いつつも、シオンが膝を抱えてなぜか嬉しそうに目を細める。
それからオレ達は交代の時間まで、事故直前の修学旅行や学校生活等の話をして過ごしていくのだった。
『私も、それは覚えてる』
モンハンを初めてプレイしたときの感動は忘れられません。
鉱石採取中にでっかい蚊にぶっ刺されて麻痺って、そこへ偶然やってきたリオレウスのブレスを喰らって死んだのは絶対忘れない( ˘•ω•˘ )ヤロォブッコロ…




