村へ到着。
くーちゃんに案内されて衰弱していたリセッテを発見。
毒に侵されたリセッテは急がなければ命が危うい。
しかし普通の搬送方法では村まで時間がかかってしまって間に合わなくなる可能性がある。
ならば普通じゃない方法でやるしかない、ということでオレが思いついた案を皆に相談したところ即採用となったのだけど。
「思った以上に恥ずかしい……!?」
「そう? 私は一向に、構わない」
相変わらずどこぞの中国武術家のようなシオンの発言は頼りがいがあるんだけど、抱えられてるオレとしてはそうはいかなくて。
緊急事態とはいえ、オレが提案したとはいえ、お姫様抱っこされるのはさすがに男心にくるものがあるんだよ……!
「うわぁ、なんか不思議な感覚ですよこれ!」
シオンの背中側ではオレと同じくリセッテをお姫様抱っこした宙に浮くミレニアが、若干はしゃぎ気味になっている。
気持ちはわからないでもないけどね。
そう、オレが提案したのは『魔操糸』でミレニアとリセッテを持ち上げ、そのオレをシオンにお姫様抱、もとい抱えて走ってもらい村を目指すというもの。
ミレニアの光魔法『治癒』は体力を回復する効果もあるので、リセッテにかけ続けてもらえば村までもつのではないかと思ったわけで。
唯一の懸念はオレやミレニア、リセッテを一手に担うことになるシオンだったのだが、
「身体強化をかければ、いける。だからミナト、かもん」
大変な役回りな筈なのに妙に乗り気だったのは不思議だったけど。
「ウォフウォフ<なんか、でっかい風船持った子供が母親に抱っこされてるみたいだな>」
「やかましいよ」
思ってても言わなかったことを……! そんなくーちゃんは完全にペット枠だろうに!!
ちなみくーちゃんには村までの道案内と魔物が出た時の迎撃要員をお願いしている。
というわけで、オレの心の準備以外は準備できた。
「シオン、悪いけど頼む。でも無理はするなよ?」
「任せて。だからミナトは、もっと密着してくれると、走りやすい」
「え、マジで……?」
「マジで」
「……はい」
今でもシオン首に手を回して軽く抱き着いてる状態なのに……でも走るシオンが言うんだから仕方ない、うん、仕方ないんだこれは。
自分がぎゅっと抱き着く姿が『これ完全に彼女が彼氏に甘えてる絵面じゃん……』とか思っても、シオンの髪がすごくいい匂いがするなとか思っても仕方ない。
…………嘘です、すいません。なんか死ぬほど恥ずかしいんだけどこれ!!
「じゃあ、行くよ」
「はい! お願いますシオンさん!」
「ウォン!<頼んだ!>」
オレの恥ずか死ぬような気持ちとは裏腹に、みんな真面目な顔となり村を目指して走り出すのだった。
=====
無心、無心だ! と自分自身に言い聞かせることしばらくして無事に森を抜け、再び下草が生え剪定もされてない側面の木々の枝が伸びる野性味あふれる街道に出ることが出来た。
幸いなことに森の中で魔物に出くわすこともなく、ここまでは順調である。
「みんな大丈夫?」
「ん、問題ない」
「はい、リセッテも今のところ容態は安定してます」
「ウォン<大丈夫だ>」
心配で声をかけてみたがシオンは多少意気が上がっているものの大丈夫そうで、リセッテもミレニアが定期的に『治癒』をかけているおかげで様態も安定している様子。
オレもスキルの『魔操糸』による魔力の減りを感じているけど、タスク・ボアーを運んだ時に比べればまだまだいける。
「村まで一直線だから、ちょっと本気で走る。くーちゃん、ついてきてね?」
「ウォン<狼を舐めるなよ?>」
「ん、ならいい。じゃ、ミナトもミレニアも、舌かまないように、ね?」
「うん、わか――ったいひゃっ!?」
言うが早いか、身体をやや前傾姿勢にしたシオンが弾けるように前へと飛び出す。
それに間に合わなくてちょっと舌を噛んだけども、え、なにこれ? 自転車っていうか、ちょっとした車並の速度出てない?
しかも車と違って生身なもんだから、走ってる速度以上に体感速度があって半端ないんだけども……!
もう景色がびゅんびゅんと過ぎて行くんだけど、ちなみにミレニアは大丈夫だろうか?
ちらりとミレニアの方に視線を向ければ…………わあ、半泣き半笑いな表情で顔面蒼白になってるー。
それでも時折『治癒』の光りが瞬くところが見えるあたり、リセッテのためにがんばっているのだろう。
『魔操糸』の集中でオレも前を見る余裕がなくてシオンにしがみついてるんだけど、お互いがんばろうな……。
あとくーちゃん『早すぎね!?』って顔で思いっきり置いてかれてるけど、がんばれ。
それから村に到着するのにあまり時間はかからなかった。
女の子を抱き上げた女の子が他の二人の女の子を宙に浮かせたまま走ってる、という妙な場面に出くわした村の人たちが困惑に目を丸くしているが何も言うまい……。
まあそのおかげか声もかけられずに、スムーズに居候させてもらってるミレニアの家に着くことが出来たんだけど。
「あたしはこれから急いで薬草の調合に入ります!
シオンさんはジュディアさんに報告と後でお金を出すので、解熱と毒消しの薬草を五束ほど買ってきてください!
ミナトさんはリセッテを寝室に寝かせて服を脱がせておいてください!
くーちゃんはリセッテと一緒にいて容態が変わったらあたしを呼びに来てください!
では皆さんお願いします!!」
家の前でシオンにお姫様抱っこから解放されたオレが『魔操糸』の黒糸で括っていたミレニアを降ろすと、普段のドジっ子な姿からは考えられないくらいテキパキと指示を飛していく。
頷いたシオンはダッシュでギルドへと走り去り、ミレニアに続いて家に入ったくーちゃんとオレは『魔操糸』で括ったままのリセッテを寝室へと運び、ゆっくりとベッドに寝かせて糸を解く。
糸を解いてミレニアの指示通りに服を脱が……服を脱がせる……オレが……!?
あれ!? ミレニアの勢いに押されてここまできちゃってけど、え!? オレがリセッテの服を脱がせるの!?
「どどどどどうしようくーちゃん! 女の子の服なんて脱がせたことないんだけど……! ていうか、オレが脱がせてもいいのかな!?」
「ウォフウォン<落ち着けよ。お前しか出来る奴がいないだろう>」
それはそうなだんだけど、つい最近まで彼女もいない普通の男子高校生だったオレには精神的ハードルが高くて……!
「……ウォルルゥ<……ちなみにリセッテは、本当におっきいぞぉ>」
なにがとは聞かないけど今その情報はいらなくない!?
くっそ、着替えに関して子狼であるくーちゃんは完全に蚊帳の外だし、オレがやるしかないのか……!
これは親戚の子のお着替え、これは親戚の子のお着替え、これは親戚の子のお着替え……!!
まさかの同年代の女の子の着替えという事態に心を無に、なんてことは出来るはずもなく親戚の五才児のお着換えを思い浮かべつつなるべく平常心でこなしていく。
結果、数分の出来事だったとはいえ、オレは非常に精神的な疲労を伴うことになった。
いやポニーテールの紐を解いたりマントや靴は割と簡単に脱がせたし、服やスカートも脇の部分で縛ってある紐を解けばすんなり脱がせることができたんだけども。
スカートを脱がせる際に腰を浮かせるために手を当てたり、服を脱がせる為に身体に密着するようなったことに気疲れというか、時折リセッテが『んう……』とか耳元で声を上げるたびにびくっとオレの身体がこわばったりとかして……。
下着姿になったリセッテに薄い毛布をかけてようやく着替えミッションは完了したのだった。
がんばった。がんばったよオレ。
「ウォル<お疲れ、南>」
「あー、うん。ほんと疲れた……」
「ウォウォン<そうか。やっぱりお前、南なのか>」
「そうだけど? それがどう……した……」
……しししししぃーまったあああああっ! ついうっかり元の世界のノリで答えてしまった!!
なんだろう、母親に『見られたくない本があったらちゃんとしまっとくんだよ』とさりげなく大人の本を持ってることがバレてた時と同じような変な焦燥感が……!?
「……や、やだなぁ。男が女になるなんて非常識なこと、現実的にあるわけないだろー?」
そう言いながら笑顔を浮かべるようとするけど、自分で自分の顔が思いっきりひきつってるのがわかる。
そんなオレを見上げるくーちゃんが首を傾げ、
「ウォフウォフ?<ここ異世界で、僕は狼の姿になってるわけだけど?>」
「え、えーっと……」
そうだね! 思いっきり現実的だったよ!!
いや、別に騙そうとか誤魔化そうとか思ってたわけじゃなくだな……こう、なんていうか、言い出すタイミングと度胸が折り合いつかなかったというか……。
オレがどう言い出そうかと混乱する頭で考えていると、不意に部屋の戸が開いてミレニアが入ってきた。
「あ、服は脱がせ終わったんですね。もう少しで薬草の調合が終わるので、リセッテにひとまずこれを飲ませておいてください。
もし自力で飲めないようだったら、鼻を摘まんで口移しすれば飲ませられるのでお願いしますね」
「え、あ、はい」
いや反射的に返事しちゃったけど、最後なんて……?
思考が追い付かないオレをそのままに、持っていたお盆を備え付けの小さなテーブルに置き、矢継ぎ早に支持を出したミレニアはそのままパタンと戸を閉めて部屋を出て行ってしまった。
残されたのはお盆とそれに載せられた木製のスプーンと飲み物……え? 自力で飲めなかったら、え? 口移……オレが!?
身バレな上にふりかかった新たな試練にオレがおろおろしていると、近寄ってきたくーちゃんがオレの足をポンと叩いて見上げてきて、
「ウォフン?<がんばれよ。男だろ?>」
「おーまーえーはー……」
ひ、他人事だと思いやがってえええええっ!
しかしくーちゃんがやれよとも言えず、オレはその後がんばって、ほんとーにがんばってリセッテを介抱したのだった。
追伸。ちなみに女の身体になった経緯や異世界に来てからの生活はなし崩しにくーちゃんに説明することになり、リセッテに至っては最初はせき込んでいたけど……一度だけ、一度だけ飲ませたら、あとは自力で飲んでくれました。
いい子は『どうやって?』なんて聞かないように。
あと生暖かい目で『稲葉さんには黙っといてやるから』と言っていたくーちゃんは、ありがたいけどいつか泣かそうと思います。
タイトル『え、えーっと、えーっと……~くーちゃんに身バレして焦るミナト~』
作者もTSモノは好きですけど、自身がそうなりたいとは思えません。
なぜなら化粧や体型維持、流行りの服装などのその他もろもろの美意識を保てる気がしないから……!
ある意味、モデルや女優さんってすごいと思います。




