笹森 久賀久の場合③
虎柄の狼くーちゃん、ゴブリンに襲われていたエルフ娘を助ける!
※くーちゃんの念話を()と<>で区別しました。
「ウォン!(おはよう!)」鳴き声+念話オフ
「ウォン!<おはよう!>」鳴き声+念話オン
「ウォフウォフ<ほんとに大丈夫か?>」
「はいぃ。痛みはありますけどぉ、止血と消毒はしたので大丈夫だと思いますぅ」
短い薄紫色のポニーテールもあちこちほつれてるし、そんなやつれた笑顔で足を引きずって歩いてる姿を見てとてもそうは思えないって……。
旅装束のエルフ、リセッテと名乗った女の子を襲っていたゴブリンを倒したその後、太ももに刺さっていた矢をなんとかするのに一騒動あった。
返しがついた矢で意外と深く刺さっていたようで、舌を嚙まないように布を噛んだリセッテが自力で抜こうとするも、痛みで手に力が入らずになかなか抜けなくて僕が口に咥えて引っこ抜くわけになったのだけど。
これがなんというか、非常に難航したわけで……。
一度目は一気に引き抜こうとしたものの、角度がまずかったのか途中で内側の肉に引っかかって止まってしまい、リセッテが痛みに悶絶して中断。
二度目はゆっくり引き抜こうとしたけど、リセッテが痛みに耐えるのに過呼吸気味になってしまって意識を失いそうになったので中断。
三度目の正直! と行こうとしたけど、この段階でリセッテが顔中から色んな水を出して女の子が見せちゃいけない顔でぐったりしてしまっていたので、休憩もかねて中断。
なんとか意識を回復させたリセッテから『もう一思いにやっちゃってくださいぃ』と覚悟を決めた涙目で言われたので、僕もこれ以上はリセッテがヤバイと感じ身体能力をフルに使って決行することに。
「ウォン<行くよ?>」
「……もしぃ、痛みに耐えかねて死んじゃったらぁ、あとをお願いしますぅ」
「ウォウォウォン!?<縁起でもないよね!?>」
嫌なプレッシャーを感じるやりとりの後、二人で頷きあい、リセッテは太ももを両手で押さえて僕は矢の根本を口でしっかりと噛み掴み、今度は四肢に力を込めて一気に自分の身体ごと後ろへ飛びのいた。
結果、ブツっという肉を裂くような音と共に矢は抜けはしたものの、
「~~~~~っ!!?」
まさに声も出ないような痛みにリセッテがのけ反り仰向けで地面に倒れてしまい、近寄ってみたら白目を剥いていたものだから『マジで死んだ!?』と僕は盛大に焦ってしまった。
矢を抜いたせいもあって太ももから血はとめどなく流れてるし、顔を前足でぺしぺししても目を覚まさないしで焦りに焦った僕は何を思ったのか、
「ウォウォーン!<こんな時はAEDだ!>」
という発想に至り、弱めとはいえスキルの『放電』をリセッテに使ったのは今思えばかなり危ないことをやったんじゃないだろうかとちょっと反省。
しかし結果的に『はみょっ!?』と謎の奇声で飛び起きて目を覚ましたリセッテが、どうにか手持ちの薬や布で消毒と止血して事なきを得たのは不幸中の幸いだったと思う。
その後このままここにいると血の匂いとかで他の魔物が寄ってくる恐れがある、ということもあり一応安全そうな僕のねぐらまで案内しているところではあるのだが。
はっきりいってリセッテの状態がやばい。
多分出血したのとそれに伴う体力の消耗のせいだと思うけど、顔色が土気色になってきている。
「ウォフウォフーン<もう少しだから、がんばれ>」
「あぁ、ごめんなさいぃ……なんだかぁ、眩暈がしてきてぇ……」
「ウォウォウォン!?<大丈夫か!? しっかりしろ!>」
まずい! ついにリセッテの体力の限界が来たのか、途中で座り込んでしまった上に目が虚ろになってきてる!?
どうしよう! ねぐらまでまだ少し距離があるし、かといってこんなところで立ち往生してたら魔物なんかに嗅ぎつけられてリセッテがご馳走様になってしまう!
くっそ、こんなことなら回復系のスキルでも取っておくんだった! 今の僕のスキルじゃ役に立ちそうなもなんて…………あっ!
ダメもとで探してみた自分のスキルの中で唯一役に立ちそうなものがあった!
試すとかそんな時間がないしぶっつけ本番だけど、今は一秒でも惜しいから即実行あるのみ!!
「ウォーン!(『巨獣化』!)」
げっ! なんかこれ、身体の中のなにかが吸われていくような感覚がするんだけど!?
しかし途中でやめるわけにもいかず、成すがままに我慢することしばらくして。
「ウォンウォウォン!(おお! 視線が高くなってる!)」
さっきまで座り込んだリセッテの腰くらいの視線だったのが、それがスキルを使用した後は顔くらいの高さになっていた。
大型犬くらいの大きさにはなったかな?
あと、真正面から見ると実はリセッテの胸がおっきいなすごいなとか思ってなんかない!
というかちょっと待ってよ! 巨獣、とかいいながら大型犬くらいの大きさって!? もしかしてレベルが低いせいなんだろうか……?
ええい、悩んでても仕方ない! でもこれならリセッテを背中に乗せて移動することも可能……かもしれない!
「ウォフウォフ!<リセッテリセッテ!> ウォルウォン!?<僕の背中に乗れる!?>」
「……えぇ? あぁ……はいぃ……」
乗りやすいようにリセッテの前で伏せの姿勢で待つ。
のそのそという動きで、どうにか乗るというより僕の背中にうつ伏せで覆いかぶさるようになったリセッテなんだけど、
「ウォウォォォォン! ウォン!?<ぬあああ、潰れちゃう! 意外と重い!?>」
「女の子にぃ、それは禁句だと思いますぅ……あう……」
あ、ちょっとまって! 言うだけ言って失神しないで!?
く、くっそー、気を失った以上降ろすわけにはいかないし、けどまあ、なんとか歩くくらいならできるかもしれない。
僕は四肢に力を込めて立ち上がり、どうにかリセッテをずり落とさないように慎重に歩を進め、ねぐらへと向かったのだった。
☆
怪我をしたリセッテをつれて、僕のねぐらである人一人入れるぐらいの大木のうろに匿ってから三日。
事態はかなりまずい方向へ進んでしまっていた。
まず一日目から一目見てわかるくらいにリセッテの顔が赤くなり、高熱にうなされてしまった。
僕が声をかけてもほとんど反応しないし、ご飯にと取ってきた果物をあげても一口二口で終わり、そのまま気を失うように眠ってしまう。
二日目はどうにか熱も少しは下がったようで顔の赤みマシになり、リセッテも意識を取り戻したのだがやはりどうにも移動が出来る様子でもなく。
ただその時にリセッテから『ここから遠くない場所に開拓村がある』ということを聞けた。
ならばそこへ行って助けを呼ぼうかと思ったのだけど、ここで僕が狼であることがネックとなる。
控えめに考えても道に迷った狼が村に侵入し、それを見つけた村人やら冒険者らに追われる未来が容易に想像できてしまう。
それに動けない状態のリセッテをこのままにしてはおけない。万が一にでも僕がいないときに魔物なんかに襲われたらきっとひとたまりもないだろう。
その日はリセッテと少し話をしたり食べ物を取りに行ったり、寒いと言われれば側に寄り添ったりしてリセッテの回復を祈りつつ過ごした。
そして三日目の現在。
朝起きた時は少し元気だったリセッテだったが、朝食を食べた後くらいから段々と顔色が悪くなっていき、ついには起きてられない程になり倒れてしまった。
その姿を見てさすがにこれ以上はリセッテがもたないと思った僕が、開拓村へと助けを呼びに行くことを決意するのに時間はかからなかった。
この際魔物と間違われても攻撃されてもいい、誰かに僕の念話が通じさえすればリセッテが助けられ可能性があるんだから!
<助けを呼びに行ってくる! だから待っててリセッテ!!>
この三日で念話も上達して吠えなくてもスムーズに通じるようにオレ様の言葉に、寝た姿のままで弱弱しい笑みを浮かべたリセッテが手招きする。
側に行くとそっと頭を撫でられ、
「あ、りがとう。これぇ、つけていけばぁ、分かる人がぁ、いるかもですぅ……」
そう言って僕の首につけてくれたのはリセッテがしていた緑色のスカーフ。
ミントに似たハーブのようないい匂いがする。
<必ず戻るから、それまで待っててくれ!>
「はいぃ……」
それきり目を閉じてしまい、浅い呼吸で眠りについてしまうリセッテを残すことに後ろ髪をひかれたが、僕は意を決してねぐらを飛び出して走りだす。
開拓村に通じる街道ならこの二日の間にリセッテから教わって、何度か人が通らないか見に行ったことがあるからわかる。
全速力でそこへ向かう途中でゴブリンが道を塞ぐようにたむろしていたが、今の僕にそれを避けて通る余裕などない!
「ルウォォォォン!(どけえええっ!)」
手加減なしの『放電』で立ったまま躯と化したゴブリンの頭上を跳躍し、茂みを飛び越えて木々をすり抜け街道へと出た僕はそのままの速度で開拓村を目指す。
運が良いのか悪いのか街道の途中で人とは出会わないまま、駆けていく。
こうしてる間にもリセッテの容態と安全に不安が脳裏を駆け巡る中、遠くの方に簡易的な柵に囲まれた村が見え始め、僕の心に火が灯る!
もう少しだ! もう少しでリセッテを……!!
驚く門番らしき人の脇をすり抜けると、四肢に力を込めて急ブレーキをかけてなりふり構わずに願いを込めて全力で天に向かって吠えた!
「ウオオオオオオオォォォォォンッ!<助けてくれ!>」
その後当たり前なんだけど、異変を察知して農具等を持って集まってくる村人。
ぎゃーっ! 自分よりでかい人に武器っぽいのを向けられるとガチで怖いんですけど!?
しかし残してきたリセッテのためにもこの程度で怯むわけにはいかない!
ここは僕の渾身の捨て身技を見せる時! それすなわち……!!
「ヒャンヒャン!(僕、悪い狼じゃないよ!)」
お腹を見せての全面降伏ポーズ!
さあ! 人としても動物としてもプライドをかなぐり捨てたこの姿を見るがいい! 子犬っぽい僕がやると可愛いだろう!?
だから『珍しい毛皮だな』とか『捕まえたら高く売れるか?』とか呟かないでもらえると嬉しいなーっ!
「どんな状況ですか!?」
そしてやって来た明らかに村人とは違う冒険者っぽい恰好をした三人組の女の子。
女の子とはいえ一人は紫色の髪と猫っぽい耳をした獣人で、その両腰に違和感なく収まってる双剣が妙に怖く感じるんだけど……。
しかも何思ったのか、桃色の髪び女の子が驚いた顔で僕を見てくるのはなんで?
「ああ、うん、そうだね。えーっと…………くーちゃん! 今までどこ行ってたんだよ!」
「ウォン!? オンオンオン!!<誰がくーちゃんだっ!!>」
なんで元の世界でクラスメイトの女の子につけられた不名誉なあだ名を知ってんの!?
まさかの出来事に内心驚いていると、近くにやってきた紫髪の獣人の女の子に無造作に高々と持ち上げられた僕は、なぜかじーっと身体を見つめられてしまう。
視線が上から下へ移動して止まり、そして一言。
「……一応、雄だね。アレは、ちっさいけど」
がふっ……。
僕の胸に突き刺さる会心の一撃。
やめろ。その言葉は僕を殺す。
うっ、小学校の修学旅行で同級生に悪ふざけで下着ごとズボンをずり降ろされた僕の下半身を、たまたま通りがかってみられたしまった女子から『意外と可愛い』と呟かれた思い出が……!
あ、なんか桃色の髪の女の子までやってきた! お前まで僕のアレを酷評するつもりなのか!? ちくしょー、もうどうにでもすればいいさ!!
自暴自棄になる僕だったけど、それとは対照的に桃色の髪の女の子はどこか神妙な顔になって僕を見つめ、
「単刀直入に聞くからな? お前、クラスメイトの笹森 九賀久だろ?」
「ウォ!? ウォウォフッ!?<わかるのか!?>」
「あ、やっぱり、笹森君なんだ。私、稲葉 紫音」
桃色の髪の女の子はちょっとわかんないけど、紫髪の獣人は髪がおりてるけど確かによく見れば稲葉さんだよ!
え……? 僕、狼とはいえ、また女子に下半身の僕を見られたの?
色んな意味でショックを受けたが、この出会いが功を奏して僕はようやくリセッテを助け出せる可能性に辿り着いたのだった。
リセッテ! 今行くからな!!
タイトル『行商人のリセッテ』
高校の修学旅行、お風呂上りは皆が用意された浴衣を着ていたのですが。
いつもは見ることのない女子のお風呂上がりの浴衣姿にちょっと盛り上がる一部の男子。
しかしそんな中、いつもばっちりメイクして決めてる女子集団のすっぴんを見た瞬間、あまりのビフォーアフターの違いに『……誰!?』と思ったのは作者だけではないはず……。
ちなみに女の先生はさすがというか、お風呂上りだというのにちゃんと薄化粧をしてましたまる。




