捜索準備……?
行商人が行方不明と聞いて捜索することを決めた天照のパーティーだった。
「ち、ちょっと待ってくださーい!」
初デートか! というくらいシオンと恋人繋ぎをしていることに緊張しながら無言で歩いていると、後ろからミニレアの声が聞こえてきた。
どうやらジュディアさんにドナドナされていった割りには短時間で解放されたらしい。
振り向くためにシオンと繋いでいた手をやんわり離したところ、『ちっ、もうちょっと、しごかれてても、よかったのに』という小さな呟きが聞こえてきたのは気のせいだと思いたい。
うん、ミレニアの自業自得だけどパーティーメンバーなんだし、もうちょっと労わってあげよう?
「追いついてよかったです。ジュディアさんが野営もするだろうから、これもってけって。なんでも前の職場から貰ってきたものであたし達に譲ってくれるそうです」
そう言って振り向いて迎えたオレ達に見せてくれたのは大きな肩掛けの鞄だった。
サイズ的には大きめのカレンダーくらいで30センチくらいの横幅があり、なかなかに年季が入ったベージュ色をしている。
「これに旅道具を入れておけば野営なんかもできますよ。あ、道具はフィビオさんのところで大体揃えられると思いますし、どういうのが必要かなのかとか少しくらいならあたしが分かりますので」
まあ行商人の子を探すなら町まで距離がありそうだし、野営もありえるかなと思っていたのでそれはありがたい。
「じゃあそれならフィビオさんとこに行こうか」
「ん、私もちょっと、フィビオさんに用がある」
ということで、三人そろってフィビオさんの鍛冶屋兼武器屋のお店に行くことに。
そう遠くもないお店に辿り着き、扉を開けて入ると、
「んふふふ、朝日を浴びてきらめくその姿、煽情的で素晴らしいわぁ」
今日も今日とて窓際で椅子に座りながら、片手に持ったナイフを鑑賞して悦に入る美男のフィビオさんがいた。
「うわぁ、相変わらず変態チックですね――きゃいん!」
「誰が変態よ、尻の青いちんちくりんが」
呟いた余計な一言はしっかりと聞こえたようで、フィビオさんが飛ばした木の実っぽいものが見事にミレニアの額に命中した。
そんなことを気にせずナイフをしまったフィビオさんはにこりと微笑み、
「いらっしゃいミナトにシオン。あとおまけも」
「ぬぐぐぐ……誰がおまけですか。あたしも二人と一緒のパーティーなんですからね……」
「はいはい。それで? 今日はどうしたのよ?」
軽やかにミニレアの抗議を流すフィビオさんに、行商人の捜索で野営する可能性があるのでその道具が欲しいことを告げる。
「そうね。ちょっと待ってなさい」
そう言って奥へ引っ込んでいくと、しばらくして両手に色々な道具を持って戻ってきた。
フィビオさんが近くのテーブルに置いた道具はどれも使い込まれているように見えるが、よく整備されているようで艶やかな光沢を放っている。
「まあこれが野営に必要な最低限の道具ね。着火石や囮玉、魔物除けのお香なんかはミレニアが使い方を知ってると思うから教わるといいわ。
あとは小型の手斧やロープ、あとは短時間だけど魔石で光る魔道ランタンなんかがあるけど、中古とはいえ全部で2万レアってどうかしら?」
日本円にして大体20万円……元の世界のキャンプ道具ですらお値段を知らないので、これが安いのか高いのか判断しかねるところではある。
しかしまあ日ごろお世話になってるフィビオさんだし、妙なところでぼったくりはしないと思われる。
ミレニアも道具を手に持ちながら『意外と安いですね』とか言ってるし、このお値段で購入しても構わないだろう。
「えーっと、二人ともこの値段でいい?」
「ん。構わない」
「はい、むしろお買い得だと思います。それに武器や道具に関しては変態的に妥協しないフィビオさんですから、安心しても――いだぁっ!?」
「ほんと懲りないわね、このちんちくりんは」
またもや余計な一言でフィビオさんのデコピンを喰らって頭をのけ反らせたミレニアは、そのまま『ふおおぉぉ……』と呻きながら額を押さえて蹲り、視界から消えていった。
なんだろう、ミレニアを見ているとちょっとおバカな子犬のように見えなくもない。
「それじゃあその金額でお願いします。あ、それはそうと、いつもお世話になっているフィビオさんにこれをどうぞ」
「あら、あらあらあら、ハニーシロップ。それも上等な色合いね?
ふふふ、このタイミングで渡してくるとはやるわねミナト。ちょっと待ってなさい」
お金と一緒に渡したオレが『鑑定』で高品質にしたハニーシロップ一瓶を持って、またも奥へ引っ込んでいったフィビオさん。
ちょっとした思惑があってあのタイミングで渡したんだけど、それが功を奏するかどうか。
「あんないい物を貰ったら、あたしとしてもサービスしないわけにはいかないわじゃないの。
はいこれ。小粒だけど魔道ランタンに使える魔石をわけて、あ・げ・る」
戻ってきたフィビオさんがウィンクしながら渡してくれたのは、小指の爪くらいの大きさの魔石が十数個入っている小さな袋。
どうやらオレの思惑は成功したらしい。これぞ女誑しで彼女に度々しばかれていた従兄直伝の『リップサービスやちょっとした小物でサービスを引き出す方法』である。
従兄は一緒に買い物に行くとよく顔見知りの女性店員に『今日のリップはとても綺麗だね』なんていつもと違うところをあざとく見つけて褒めては、ちょっとした値引きサービス品を貰っていたのだ。
「ミナト、お話終わった?」
フィビオさんにお礼を言って、購入した道具をさっそくジュディアさんがくれた肩がけ鞄の中にしまっていると、シオンがひょこっと顔を出してきた。
「え、あ、うん。そういえばシオンもフィビオさんに話があったんだよね?」
「ん、フィビオさん、これを見てほしい」
ごとり、シオンがマジックバックから取り出してテーブルの上に置いたのは、あのエッジマンティスの鎌の素材。
改めてみると鎌の部分が金属的な光沢を放っててものすごく切れ味がよさそうである。
……シオンはよくこんな物騒な刃物をもつ魔物と正面から戦えたな。
「エッジマンティスの鎌って、よくこんなものが手に入ったわね。鮮度も状態も申し分ない上物じゃないの」
「昨日皆で倒してきた。ジュディアさんから、これで武器が作れるかもって聞いた。出来そう?」
「ここで出来ないって言ったら鍛冶師の名が泣くってものだわ。って、ちょっと待ちなさい。
あんた達のパーティーで倒したって、どう見ても近接戦闘したのってシオンよね? ちょっと剣を見せてみなさいな」
突然有無を言わせないフィビオさんの迫力に、シオンも素直に双剣を抜いてテーブルへ乗せる。
普段からシオンが手入れをしている双剣は、オレがみても特になんともないように見えるのだけど。
しかしフィビオさんはそうでもないようで、剣を手に取って軽く叩いたり顔を近づけて見たりと色々した後、剣をテーブルに戻してまっすぐにシオンを見つめて、
「シオン、あなたかなり強引な戦い方をしたでしょう? 細かい刃こぼれは仕方ないにしても、剣の芯にひずみが出来てるのはいただけないわね。このままじゃいずれ折れるか砕けるわよ?」
「!? え、えと、えと、どうしよう、どうしたら、どうすればいい、ミナト?」
「ち、ちょっと落ち着こう? あとオレの二の腕がちょっとヤバイ……」
剣が壊れると聞いて声は冷静なものの、シオンの動揺が謎の三段口調とオレの二の腕を掴んできた両手の力に思いっきり現れていた。
いやほんとまって、血流止まりそうなくらいなんだけど。中身の見栄でやせ我慢してるけどそろそろ泣きが入りそうなくらい痛くなってきたーっ!!
「ほ、ほーらほら、シオン? フィビオさんがいるんだし、剣のことなら直すにしても作るにしても任せればいいんじゃないかな?」
そう言うとシオンはバッとフィビオさんに顔を向け、
「お金と素材は、出来るだけ出す。だから、いい剣を作って欲しい」
「ふふふ、そういう気前のいいのは大好きよ。久々に魔物素材なんて腕が鳴るわ。
……そうね。十日、十日あれば素敵な剣を作ってあげるわ。それでいいかしら?」
「ん、構わない」
「なら交渉成立ね。あ、そうそう、今使ってる剣は下取りしてあげるから、新しいのが出来るまでこれ使ってなさい」
「わかった、ありがとう」
フィビオさんから代わりの双剣を受け取り、シオンが腰に差して満足げに頷く。
元の世界で女子高生だったシオンからは考えられない姿だなぁ。まあ、姿を言うなら自分自身が一番考えられないんだけど……。
やめよう。最近少しは女の子の身体に慣れてきたところなのに、下手に考えるのは藪蛇になりそう。
「そういえばあんた達野営するならマントとか持ってる? ないならそういう系は服飾屋のナーシャのとこで扱ってるから行ってきなさいな」
そしてここで初めて知った服屋のお姉さんの名前。
そうか、ナーシャさんって言うのか。服を選ぶ際に嬉々としてシオンと一緒になって着せ替え人形にされたのを思い出すと遠い目になってしまうけど。
「じゃあ次はナーシャさんのとこに行きせんか? あたしもミナトさんとシオンさんのおかげで懐も温かくなったので、新しい装備とか見てみたいですし」
「ん、賛成。ミナトの服ももう少し、可愛いのを増やすべき」
「え、いやまって? オレはそもそも可愛い服じゃなくても――――」
ウオオオオオオオォォォォォンッ!(助けてくれ!)
オレがささやかな抗議をしようとした時、突然外から聞こえてきたのは空気を振るわせるような狼のような遠吠えと、頭の中に直接響くような言葉。
「!? シオン、今の”妙な声”聞こえた?」
「聞こえた。助けを求める声」
「え? え? 助け? ただの狼っぽい鳴き声でしたけど」
「魔物かしら? この村に出るなんて珍しいわね」
どうやら聞こえていたのはオレとシオンだけらしい。
とにかく声のことも鳴き声の正体も気になるし、なにより村に魔物が出たとなると一大事である。
「シオン、ミレニア、とりあえず様子を見に行こう! もし危険な魔物だったらなんとかしないと!!」
「ん。借りた剣の、試し切りにちょうどいい」
「はい! 狼の毛皮ってけっこう便利なんですよね!」
……うん、オレと違って思いっきり攻撃的な志向だけどもこの際頼もしいからよし!
フィビオさんに挨拶をして店の外へ出て『索敵』をかけると、いつもいく森へ続く出口とは反対の方向で反応があった。
村の人と思われるものと明らかに違う、一匹の魔物の反応があるから間違いない。
「あっちの方向!」
オレが駆けだすと後に二人も続き、ほどなくして辿り着いた村の入り口付近にはすでに槍や農具などをもった数人の男の村人が集まっていた。
「どんな状況ですか!?」
「お、ミナトちゃんじゃねえか。それがなぁ……」
近くにいた顔見知りのおじさんに話を聞くと、なぜかどこか困惑した表情で、
「俺らも狼みてえな鳴き声聞いて、追い払わねえと! って意気込んできたんだけんどな? あれ見たらどうしていいもんかと思ってなぁ」
おじさんが振り向いた方にオレもつられて視線を移すと、そこにはなんていうか、えーっと……。
「ちっさ」
「かわいい」
「もふもふしてます!」
三者三様のそんな感想がすっごく似合う狼っぽいような全身ふわっとした毛皮の小さな魔物が、ひっくり返ってお腹を出しながらヒャンヒャンと鳴いていた。
作者も幼い頃に駄菓子屋のおばあちゃんに『色眼鏡が綺麗だね』と言ったら、『ありがとう。ほめてくれたから、これをあげるよ』とサービスで飴玉をもらったことがありました。
わーい、と公園でもらった飴玉を食べた瞬間に速攻吐き出してまいましたが。
おばあちゃん……さすがに小学生低学年にハッカの飴はきっついよ……。




