強敵。
色々こなれてきた三人。そしてミナトにラッキースケベ疑惑が持ち上がる。
ハニーシロップの採取探索を始めてから十日経ち。
オレの『索敵』やシオンの『気配察知』等によりハニーシロップはもちろん、タスクボア等のお肉やその他薬草なんかも順調に採取討伐をこなしていた。
ミレニアも『浄化』の魔法や解体で活躍し、あとハニーシロップの加工方法を知っていたのが大きかった。
何が大きいのかと言うと、加工後のハニーシロップを食べた二人がハニーシロップ探索のモチベーションを爆上げブンブンさせたことだった。
加工方法は単純に加熱するだけなのだが、かき混ぜながら注意して見ていないとすぐに焦げ付いてしまう。
そこで役に立ったのが『鑑定』さんで、実はハニーシロップの品質が表示されることがわかり、加熱してかき混ぜながら鑑定することによって成功率を上げることが出来た。
確認できた品質は『最低、低、中、高』だったけど、最低もあるなら最高もあるだろうと予測できる。
ただ高品質にするには中々にシビアで、少しでもタイミングがずれてしまうと中を通り越して低品質になってしまう。
なので加工する際には中品質を維持するようにしている。
そうして品質を安定させることが出来るようになってからは、少しだけどハニーシロップの備蓄もできるようになり、
「はふぅ……ハニートースト最高ですぅ……」
「ハニー漬けにしたステーキ、至高……」
なんてミレニアやシオンの蕩けた顔を定期的に見られるようにもなった。
そんなことがありつつも、今日も今日とてハニーシロップの採取に森へと来ていたのだが。
たまにはいつもよりも奥に行ってみようという事になり、薬草やお肉の確保もほどほどに探索していた時のこと。
「・・・・・・なんかあっちに、いつもとは違う、気配がする」
薬草確保に勤しんでいたシオンが不意に立ち上がり、森の奥へと視線を移す。
オレも意識してその方向へと『索敵』を向けてみると、確かにこれまで感じた虫やタスク・ボアーとは違う強さを持つなにかを感じられた。
ぶっちゃけ今までで一番強そうな感じがする。
「あっちは今から行こうとしてた場所だけど、どうする……って、聞くまでもないかぁ」
だって今までで一番目をキラキラさせたシオンがこっちみてるんだもの。
目は口ほどに物を言うとはよく言ったもんだよね。
「行ってみたい、行きたい、行こう」
希望からの最後は確定になってるよシオンさん。
「・・・・・・ちなみにミレニアの意見は?」
「んー、行って見てみるだけでもいいんじゃないでしょうか。
この辺りを探索する以上、危険な魔物がいてもそれを知っておけば、もしもの時に対処ができると思いますし」
おおう。ミレニアには悪いけど、意外にも真っ当な意見が出てきた。
気弱そうな外見からてっきり「危ない事はやめましょう」とか言い出すかと思ったのに。
さすがは異世界の冒険者と言うべきか。
「じゃあ、危ないと思ったら撤退するっていうことで行ってみる?」
「はい、問題ないです」
「うん。危なかったら、そうする」
一応危険なことはやめようねとは言ってみたものの、嬉しそうな顔で双剣に手をかけるシオンだった。
=====
「うわぁ、でっかくてキモーい……」
シオンの『気配察知』とオレの『索敵』を頼りに、森の中を歩くことしばらくして。
魔物はその場から動かなかったので見つけるのは容易だったが、それを離れた場所から隠れ見たオレの素直な感想がそれだった。
草木に溶け込むような深緑色の身体に鋭そうな刃のような鎌状の両腕を持つその姿は、まさに元の世界でもよく知るカマキリさん。
ただし体長は成人男性くらいあってクソでっかいけど。
小さい姿ならカッコイイとかあるだろうけど、あそこまででかくなると最早ホラーでさえある。
「あれはエッジマンティス! 両腕の刃が並の剣より切れるって言われてて、下級冒険者なんかじゃ相手にすらなりませんよ!?」
解説ありがとうミレニア。うん、オレの『索敵』でも少なくてもアレがタスク・ボアーよりも強いってのがわかる。わかるんだけどね。
もう、隣のシオンが嬉々とした表情でわくわくしてるわけよ。
「ちょっと行ってくる」
「ちょちょちょちょちょいまち!」
こらこらこら、散歩でもするかのように自然体で出て行こうとしない! どこぞの地上最強の生物か!!
すぐさま腕を掴んで引き留めると、当の本人から「むぅ」と不満げな声が漏れる。
「なんで?」
「いやなんでって。少しは作戦とか立ててから行こうよ……!?」
「……ガンガン行こうぜ?」
それは初見の敵にやっちゃなんねえ選択肢! せめて『いのちだいじに』とか!!
「シオンさん、さすがにアレに特攻は危険すぎるかと……」
オレとミレニアに窘められたのが効いたのか、大人しく座り込むシオン。
いやそこで地面にのの字とか書かない、いじけない。ちょっと可愛いけど。
「戦うのは百歩譲っていいとして、安全対策とかしてからにしよう? ね?」
「ん、わかった」
「ミナトさん、具体的にはどうするんですか?」
シオンもこくこくと先を促すので、とりあえず思いついている作戦を二人に話す。
とは言っても、先行してオレの魔法を撃ちこんでからっていうのは変わりないけど。
話している間にエッジマンティスをちらみするも、あっちは食事に夢中らしくこっちに気づいていない。
その間に二人に作戦内容を話しておく。
「――――という感じで。あとは自己判断で安全を最優先に動いて欲しいと思うんだけど」
「異議なし」
「はい、それで問題ないと思います」
まあ作戦とは言うものの、いつも通りにオレが魔法で動きを止めたあと、シオンが攻撃してミレニアがフォローというもんなんだけど。
そして作戦開始という事で、オレはエッジマンティスへ射線が通りやすい位置へと移動し、シオンとミレニアは木の影を利用して離れた位置へと動く。
離れた二人から準備が出来た合図を確認し、オレは魔法を撃つべく集中、距離は二十メートルくらい。
今回は強敵ということで手加減せず、魔法の完成と同時に木陰から半身を乗り出してエッジマンティスの背中めがけて撃ちだした。
『凍結球!』
白い軌跡を残して高速で飛んでいく『凍結球』は狙い違わずエッジマンティスを捉える……ことはなく、派手に冷気をまき散らせて木を凍り付かせるだけとなった。
「うそーっ!? 飛んだ!? 避けた!?」
ミレニアが叫んだ通りにエッジマンティスは魔法が当たると思われた瞬間、まるで見えているかのようにタイミングよく上空へと跳びあがり回避してみせた。
……そういえば中学の理科で昆虫の複眼って、視野がほぼ三百六十度あるとか教わったような。
それを証明するかのように地面に降り立ったエッジマンティスは身体ごと後ろを振り返り、かなりお怒りなようで威嚇するように両の鎌を広げて臨戦態勢を取りはじめる。
そしてとある一点にくるーりと顔を向けた瞬間、素早く四本の足を動かしてそこへ一直線に向かっていく。
「え? え? あれえええっ!? なんでこっちにーっ!? 魔法撃ったのあたしじゃないのに!?」
向かって来られたミレニアは驚いてるけど、それって茂みから思いっきり身を乗り出して叫んでたからだと思うぞ。
ちなみにオレは魔法が外れた瞬間にいち早く隠れて、顔の半分だけ覗かせつつ状況を観察していたりする。
「きゃあああああっ!」
慄いたミレニアが悲鳴と共に茂みから飛び出した直後、振り下ろされたエッジマンティスの鎌がバサッという音と立てて茂みの草木を選定されたかのように斜めに刈り取る。
這う這うの体で逃げ出したミレニアだが途中で足がもつれて転んでしまい、振り返った時には追い付いたエッジマンティスが再びその鎌を振り上げたところだった。
「っ!!」
思わず声を上げたくなる場面だが、そこをぐっと我慢する。
なぜならそれと同時に反対の茂みから駆け出していたシオンが飛びあがり、背負うように振りかぶった双剣でエッジマンティスの頭部へと斬りかかっていたから。
ナイスタイミング、シオン!
ガキィィィンッ!
しかし当たったと思ったシオンの双剣だったが、寸でのところで防御に回したエッジマンティスの右の鎌により甲高い金属音をさせて防がれてしまった。
カマキリってほんとに視野が広いのな!
だがシオンの双剣の衝撃は凄まじかったらしく、斬撃を受けたエッジマンティスの鎌の右腕が変な方向に折れ曲がった。
そしてオレだってただ見ていたわけじゃない。
シオンが後方へ飛び退いたのを見計らって、唱えておいた魔法を放つ。
「『凍結球!』
体勢を崩していたせいもあり、今度の魔法は狙い違わずにエッジマンティスの腹部に直撃してその周辺を瞬時に凍てつかせる。
「ギィギャアアアッ!!』
絶叫をあげながら無理矢理に身体を動かそうともがき始めるが、凍り付いた下半身は動きが鈍い。
魔法の着弾と同時に走り出していたオレはエッジマンティスに近づいたタイミングでスライディング気味にミレニアの横で足を止め、『魔操糸』の力を使って両手を掲げて手首の黒革のリストバンドに巻かれていた蜘蛛の黒糸を素早く伸ばし、その両の鎌ごと身体を縛り付ける。
この『魔操糸』で操作している蜘蛛の黒糸は、元が蜘蛛の糸と思えないほどで一度本気で締めつけてみた人の腕程の生木が、ミキャっと音を立てて半分以下の太さに圧縮してしまうくらいに頑丈である。
それを見てたシオンに「人の手足くらいなら、切断できるかも?」なんて怖い事を言われたので、その時は本気で取り扱いに注意しようと思った。
しかし今の相手は狂暴な魔物相手。遠慮なく締め付けているせいか、エッジマンティスはほとんど身動きができない状態。
「シオン! ミレニア! 今のうちに!!」
「は、はい!」
「ん、任せて」
そこから決着が着くのは早かった。
立ち上がったミレニアのフルスイングしたメイスが腹部に命中したエッジマンティスが膝を折り、後ろから迫っていたシオンが片方の剣で後頭部から一突きしたことにより動かなくなった。
「えい。これでちゃんと、倒せた、かな?」
いやシオンさん。突き刺した剣を捻って頭を首ごと折らんでも……。
ともかくも無事に倒すことが出来たので、『魔操糸』のスキルで蜘蛛の黒糸を手首の黒革のリストバンドに巻き付けるように自動回収する。
ロマンスキルとして取ってみたわりには、ちゃんと役に立つようでよかった。
しかし……倒したはいいんだけど、エッジマンティスの亡骸はどうしようか?
「ミレニア。これって特にお金になりそうな部位ってあったりすんの?」
分からないことは現地人に聞くのが一番である。
「あ、はい。えーっとですね……」
エッジマンティスをおっかなびくりとつんつんしていたミレニアがしばし考えこむ。
「確か……背中の羽はなにかの素材になったと思います。あとは両手の鎌と魔石、だったはずです」
「魔石?」
シオンが小首をかしげると、ミレニアが魔物には魔石があってそれを売ればモノによっては結構なお金になるということらしいのだが。
「その魔石ってのはどこにあるの?」
みたところゲームみたいに倒したら自動的に手に入るもんでもないみたいだけど。
すると、待ってくださいね、とミレニアがおもむろにごろんとエッジマンティスを横に転がしてその白い腹部を晒した。
青いローブの袖を捲り上げ、腰元から取り出した解体ナイフを片手にミレニアはエッジマンティスの腹部へ躊躇なく突き立て……って、え、まさか?
ざっくり。ざくざくざくざく。ぐっちょぐちょぐっちょ……。
容赦なく腹をかっさばいていき、流れ出る黄色い体液をものともせずに中身をかき分けてミレニアが取り出してみせたのは手の平に乗るくらいの鉱石のようなもの。
「これが魔石ですね。って、ミナトさんはなんで離れてるんです?」
「あ、あはははは……」
思わず笑って誤魔化すオレ。
いやだって、オレの心の準備が出来ないまま解体しちゃうもんだから、ナチュラルなスプラッタを前にちょっと飛び退いちゃった次第で。
ちなみに現在、両手を胸元で握り内股になった非常に女の子らしい格好なのだが、これは女体化が原因による女性としての自然な反射的なものであり、決してオレの本心ではないと思う。思いたい。思わせて。
なおシオンは平気なようで「中身は、こうなってるんだ」としゃがみこみ、色々とさらけ出されたエッジマンティスの腹部を覗いていたりする。
……なんでこう、女の子って割とグロ耐性が強かったりするんだろうね。
ともかくもミレニアに『浄化』で綺麗にしてもらい、受け取った魔石をちょっと観察した後でマジックバックへとしまい込む。
ついでに三人で話し合った結果、エッジマンティスはミレニアが言っていた部分だけを持ち帰ることに決まったのだが。
そこで再び繰り広げられる解体というなのスプラッタ……。
うん、嬉々として解体するミレニアとシオンを見てて、悪いけどオレには多分無理だなと思った。
まあしかし、異世界にも来てそうも言ってられないので手伝うには手伝ったけど。
「じゃあ、あとはハニーシロップを採取するだけですね!」
「うん。これまでの匂いより、ちょっと濃い感じがする。楽しみ」
「オレもそっちに期待したい」
予想外の戦いと解体に精神的に疲れたし、シロップの採取くらいは平和に行きたい。
まだまだ元気そうな二人と一緒にエッジマンティスが陣取っていた樹に近づくいて行くと、ふわりと甘い香りが漂ってくる。
確かに今までのハニーシロップの香りとは違う気がする。
そして違うのは香りだけじゃなかった。樹に近づいて見てみると、染み出ていたのは今までは半透明だった色合いに対して黄色がかっているシロップ。
「……ん? ん? ……ん~~~~っ!?」
それを見たミレニアが急に近寄り、解体ナイフで適当に樹に傷をつけて染み出た黄色いシロップを小指でひょいぱくして驚きの声なき声をあげた。
なんだなんだ? と思っていると、ミレニアがこちらにばっと振り返り、
「ミナトさん! シオンさん! これヤバイです! ヤバイヤツです!!」
語彙がヤバくなったミレニアが興奮気味に腕をぶんぶんしながらで捲し立ててきたのだった。
小説の参考にカマキリをYoutubeで調べたら『カマキリのお尻からハリガネムシ』という案件が……。
それ見てちょっとエイリアンが人間から生まれてくるシーンを思い出した作者でした。




