王都へ
(この世界での…初めての朝だな)
ベッドから起き上がった俺は、まず分厚いカーテンを開いた。差し込んでくる朝日は、元いた世界と変わりないのだろう。
(取り敢えず着替えて…リビングに向かうか)
服は既に用意されていたので、俺はそれに着替えた。素材はよく分からないが、質素で動きやすい服だった。
リビングに向かうと、既にリリィとその両親は朝ごはんの準備をしていた。どうやら、仁子はまだ起きて来ていないみたいだ。
「おはようございます…」
「よく眠れた?」
「はい…意外と眠れました」
俺は不安で眠れないかと思っていたが、予想以上にぐっすり眠る事が出来た。疲労が溜まっていたから、不安だったとしても深い眠りについたのだろう。
「仁子はまだ起きて来ないな…」
「私が起こして来るよ」
リリィが仁子の部屋に行ってしばらくすると、仁子は起きて来た。彼女はかなり眠そうにしていて、疲れが取れていない様子だった。
「はぁ〜取り敢えず朝ごはん食べたい…」
「もう出来てますよ」
俺もお腹が空いていたので、早く朝食を食べたかった。この日の朝食はスクランブルエッグとソーセージ、パンとミニサラダだった。
(ソーセージ美味いな)
朝から肉を食べられるとは思っていなかったので、普段より美味しく感じられた。質素な村だが、朝から肉を食べる事で働く気力を得ているのかも知れない。
「ちょっと塩っぱい…」
仁子からすれば、このソーセージの塩味は強すぎるらしい。何かと味に文句があるみたいだが、単にわがままなだけだろう。
「洗い物、僕がやりましょうか?」
「あら、ありがとね」
この家にお世話になりっぱなしなのも気になったので、家事の手伝いはしようと思った。そう言えば、元の世界では親の家事を手伝ったことは殆ど無かったな…
「収穫の手伝い?!」
「そんなに力持ちじゃ無くても出来る。頼むから手伝ってくれ」
仁子はジョージさんに、作物の収穫の手伝いを頼まれていた。仁子は露骨に嫌そうにしていたが、渋々承諾していた。
「リリィさん…昨日の、涼子の事なんだけど」
「多分まだ村の中に居ると思うけど…探しに行くの?危険じゃ無い?」
危険かどうかは分からなかったが、彼女からは聞かなければいけない事が沢山あった。少なくとも、俺たちに危害を加える様な真似はしないはずだ。
「このまま放っておくと、村人達に何かあるかも知れない。その前に俺たちで見つけた方が良い」
「うん…そうだね」
俺達は昨日の少女…涼子を探しに行くと、ジョージさんとエリーさんに伝えた。話を聞いたジョージさんは、涼子を探すのを手伝ってくれるらしい。
「そう言えばニコは…」
「収穫の手伝いに向かったぞ」
「今回は連れて行かなくて良いだろ…また文句言いそうだし」
少々冷たいかも知れないが、俺は仁子には声をかけずに涼子を探しに行く事にした。リリィとジョージさんの案内で、食料庫の中も探した。
正午を過ぎても、涼子を見つける事は出来なかった。こうなると、既にライロ村にはいない可能性も高くなってくる。
「ふーむ…こうなると、既に王都に向かった可能性もあるな」
「王都?」
「ここから一番近くて大きい街は王都レウニアスぐらいしか無いからな」
そうだとしたら、涼子を探すのは一度中断した方が良いだろう。この世界についての理解が浅い内に、村の外に出るのは危険だ。
「王都にはこれから向かうところだよ」
「なっ?!」
突然、大きな木の影から涼子の声が聞こえて来た。木の影から影だけ現れた涼子は、平然と実体化した。
「お前…何者なんだ。影に出入りする魔法は余程熟練の魔道士じゃないと使えない筈だ」
「私はこっちに4年くらいいるからね」
4年…確かにそれくらい居れば、こちらの世界にも詳しくなるだろう。やはり俺たちは、彼女に色々と聞かないといけない。
「それだけいるなら、俺よりも余程詳しいだろう。知ってる事全部話してくれ」
今回は涼子から得られるだけ、情報を得るつもりだった。現代人である俺が、この世界で生きていく為には必要な事だった。
「私は願い叶える為にこの世界に来たの、私みたいな人は他にも結構いるよ」
彼女の言う結構はどれ程かどうかは分からないが、日本以外の歪から来た人間も多いと考えた方がいいだろう。そうした人たちとは協力出来るのか、それとも対立関係になるのだろうか。
「色々知りたいなら一緒に王都に来てよ」
「ここで話すんじゃ駄目なのか」
俺としては今すぐ色々な事を知りたかったが、涼子は王都に行きたがっていた。ひょっとしたら王都にも、事情に詳しい者がいるのかも知れない。
「俺も王都に用事があるから行っても良いが…明日まで待った方が良い。一番近いだけで距離はそれなりにあるからな」
(ジョージさんもついて来てくれるのか)
こちらの世界の人間がついて来てくれるとなると、かなり安全だろう。旅慣れているのは涼子の方みたいだが、彼女を信頼する事はまだ出来ない。
「じゃあ、明日まで待つよ」
そう言うと涼子は影の中を移動しながら去って行った。魔法の訓練をすれば、あんな術も使える様になるのか。
「…取り敢えず、昼飯にしましょう」
「仁子には俺から教えておきます」
「ああ、頼む」
仁子の収穫の手伝いも終わっている時間のはずなので、俺は家に向かった。今回の情報は、彼女とも共有しておくべきだった。
夕食を食べ終わり風呂から出た後、仁子に今日得る事が出来た情報を伝えていた。仁子は蚊帳の外にされた事を不満そうにしながらも、話を聞いていた。
「王都に行けば情報を得られるって本当なの?」
「ここより都合が良いかは分からないけど…君もついて来た方が良い」
「大丈夫なの?」
まぁ、この世界で身の安全を気にするのは当然だろう。実際、俺も盗賊に襲われて殺されるかも知れない所だった。
「俺も用事があるから、一緒に行くよ」
「父さん…私も一緒に」
ジョージさんとリリィがついて来てくれるのは頼もしい。特に、リリィが扱う魔法の強力さは、既に知っている。
「今日も早めに寝た方が良いかな」
「そうしてくれ、家を出るのが遅くなって涼子を待たせるのも悪いからな」
ジョージさんの勧めで、俺と仁子はさっさと就寝する事にした。元の世界ではよく夜更かしをしていたが、あれは本当に良くないのだろう。
レイジ達が寝室に行った後、ジョージとエリーは涼子について話をしていた。エリーはあまりにも謎が多い彼女の事を、危険に思っているらしい。
「本当に大丈夫なの?あの子と一緒に王都に行って…」
「奴から深刻な悪意な感じない。それよりも、留守を任せて大丈夫か?」
ジョージは涼子から悪意は感じないと判断していた。それよりも彼はエリーに、急に留守を任せる事を申し訳なく思っていた。
「私なら大丈夫。最近は新山の洞窟に魔物が出るから、気をつけてね」
「ああ、分かっている」
ジョージ達も明日に備えて、寝室のベッドで眠りについた。この世界の星空は、現代よりも明るく綺麗だった。
この世界の朝は早く、俺も早寝早起きをしていた。仁子だけは中々起きて来ないので、リリィが起こしに行っていた。
「今日は王都に行くんだっけ…」
「そうです。朝ごはんも出来てますよ」
早起きするのに慣れていないのか、仁子はかなり眠そうだった。俺も朝から胃腸が活発には動いていないので、朝ごはんの量は少なめにしてもらうつもりだった。
俺は持っていたバッグに最低限の物を入れて、外に出る準備をした。玄関から庭先に出ると、既に涼子が待っている様子だった。
「これでやっと王都に行けるね」
「待たせる事になって悪かった…」
涼子としては早く俺達を王都に連れて行きたかったのだろう。だが俺としては、こちらの世界の人と一緒に行動した方が心強く感じる。
「そう言えばレイジとニコはスマートフォン持ってるよね」
「え…うん」
「それ貸して」
俺はすぐに涼子にスマホを渡して、仁子も仕方無さそうに渡した。涼子は魔法を使って、スマートフォンに何かをしているみたいだった。
「ちょっと何してるの」
「すぐ終わるから」
涼子は俺たちのスマホを魔法で改造しているみたいだった。改造されたスマホがどうなるのか、正直かなり不安だった。
「ほら、終わったよ」
スマートフォンの見た目は変わっていなかったが、画面に表示される情報はかなり変化していた。地図の様なアイコンをタップする事で、ライロ村周辺のマップが表示された。
「おお…これは便利だな」
「でしょー」
こうなれば、RPGと同じような感覚で地図を見る事が出来る。もっともゲームでは無いので、歩くのは自分自身なのだが。
「ちょっと待って‼︎アプリ消えてるんだけど‼︎」
「どうせこっちじゃ使え無いんだから、関係無いでしょ」
「クラウドセーブとかは、してないのか?」
アプリによっては外部にデータを保存できたりするが、仁子はそれを知らなかったらしい。まぁ、今回はご愁傷様としか、言いようが無かった。
「それじゃあ、行こうか」
「ああ、出発しよう!この時間に出れば、正午には王都に着くだろう」
日がまだ低い早朝に、俺達は王都に向けて出発した。この世界にはどんな景色が広がっているのか、俺はそれを見てみたいと思っていた。
やっとレイジの冒険が始まりました。まずは王都へ向かいます。
登場人物
リリィ・ラネーク
身長156cm。誕生日は7月29日。 16歳。レイジが転移した先の異世界に住む、金色の髪のエルフ。王都から離れた位置にあるライロ村の村長の娘で、家族と共に暮らしている。穏やかな性格だがしっかり者で、いざという時には相手に立ち向かう強さも持つ。
ジョージ・ラネーク
リリィの父親。ライロ村の村長。
エリー・ラネーク
リリィの母親。
用語集
異世界
レイジの転移先の世界。文明の発展レベルは一見中世レベルだが、魔法の存在により見た目以上に発展している。中には未知の技術により、現代異常の発展を遂げた地域も存在する。
ライロ村
オリヴェル王国にある、エルフ達が暮らしている村。王都と距離はあまり離れていないのだが、その道中には魔物が棲息する「新山の洞窟」が存在する。